前号 次号 ドキュメント・沖縄 1945 編集部 1945年3月23日の米艦隊の沖縄本土攻撃から始まった沖縄戦は、三ヶ月以上にわたり、一般住民九万四千人を含む二十万人余が犠牲となった。その4月1日から戦闘終結の日とさ […]
お知らせ
前号 次号 終戦の虚脱から敗戦処理内閣へ 1945年8月15日が革命であったかどうか、そもそもそこから議論は始まるわけですけれども、多くの日本の国民にとって8月15日というのは、いろいろな受け止められ方は確かにある […]
前号 次号 「戦争は悪の豪華版である」と竹内浩三は書いた。大人が頭で考えた戦争で、生命を失うのは若者、という不条理。人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシと悩んだ日々も多々あったであろう。自殺のマンガはその心理状態の […]
前号 次号 辻井喬の「鏡としての金時鐘」 鶴見 辻井喬の文章で「鏡としての金時鐘」というのにとても感心したんですね。金時鐘の作品は、日本の一人の詩人が全力を挙げて論を展開した例がないというんですね。金時鐘の作品は我が […]
前号 次号 留学生たちの恋愛体験 明治の初め、海外の新知識をもとめて海を渡った日本人留学生の中には、異国の女性と恋愛関係をもった若者が大勢いる。恋が実をむすび国際結婚にゴールインした例もある。ロンドンに留学した山城 […]
目次 前号 次号 『サルトルの世紀』、『世紀の恋人』、今月刊! 新たなサルトル像 澤田直 時代を駆け抜けた二人 門田眞知子 私は「Denker」と呼ばれたい 粕谷一希 音楽の「意味」の多層性 前島良雄 ゾラの現代性を […]
前号 次号 サルトル・リバイバル ジャン=ポール・サルトルの生誕100年にあたる今年、フランスでは国立図書館(BNF)で開かれている大規模なサルトル展が多くの観客を集め、大小様々のシンポジウムが各地で開催され、満を […]
前号 次号 共に自由に生きた二人 サルトルとボーヴォワール。二十世紀のフランスにおいてこれほど話題になり、また話題にされねばならなかったカップルはいなかったと思う。行動する(アンガジェ)作家として歴史の渦中に果敢に […]
前号 次号 編集や出版について哲学する 生涯、編集や出版と関わりをもって生きてしまった私には、編集や出版と学芸との関係、また、政治や官僚、企業や実業との関係について(あるいは違いについて)考えこんでしまうことが屡々 […]
前号 次号 日本のマーラー受容の危うさ 1990年ごろをピークに、マーラー・ブームといわれるものがあった。コンサートで盛んにとりあげられ、CDは次から次へと新しいものが出され、さらには女性誌までもが、「マーラー特集 […]
前号 次号 ゾラの多様な世界 作家の没後百年という節目に合わせて、2002年から藤原書店で「ゾラ・セレクション」(全巻・別巻一)の刊行が始まった。これまで小説七巻とジャーナリスティックな著作一巻が出版され、あとは文 […]
目次 前号 次号 ブローデル歴史学の宣言 モーリス・エマール 『「アジア」の渚で』、今月刊! 〈対談〉「モスメから娘へ」 高銀+吉増剛造 月影の長い橋がかり 石牟礼道子 〈鼎談〉子守唄よ、甦れ 松永伍一+市川森一+西 […]
前号 次号 誤解と錯覚の中から咲き出した花 吉増 高銀先生の「バダクチから私へ」という言葉の衝撃、そして「モスメから娘へ」という御発声の、それこそ生々とした架け橋の出現に驚いて、驚愕したところから高銀先生の非常に深い […]
前号 次号 人の心のかそけきところを見落しては来なかっただろうか。かそけき声を聴き落しては来なかっただろうか。既成の浅薄な世界観にすっぽりとらわれてはいなかっただろうか。 そんな気持をずうっと持ち続けていた。さかの […]
前号 次号 有史以来、唄い継がれてきた子守唄は、人々の暮らしや生活の中から生まれた「心の唄」であり「魂の伝承」でもあった。その子守唄が、なぜ喪失してしまったのか。子供たちの未来に向けて、人と人との温かく豊かな関係を築 […]
