著者紹介

フェルナン・ブローデル

アナール派を代表する歴史学の巨人

ヨーロッパ、アジア、アフリカを包括する文明の総体としての「地中海世界」を、自然環境・社会現象・変転きわまりない政治という三層を複合させ、微視的かつ巨視的に描ききった20世紀歴史学の金字塔『地中海』を著した「アナール派」第二世代の総帥ブローデル。
戦時捕虜という過酷な境遇の中から『地中海』を立ち上げたブローデルは、1949年にはコレージュ・ド・フランス教授に就任。1956年のリュシアン・フェーヴル死後は雑誌アナール(『社会経済史年報』)の編集長に就任するとともに、高等研究院第6部門の責任者となって、フェーヴル亡き後のアナール学派の中心的存在として数多くの人材を育て、また、歴史学と隣接諸科学の交流に大きな役割を果たす。

イバン・イリイチ

現代文明の根底を問い続けた思想家

カソリックの神父として現代社会に足を踏み出した異貌の思想家イバン・イリイチは、北中米社会の実態を目の当たりにすることやバチカンとの争闘を経て、近代の産業文明が生み出した、教育・医療・交通・エネルギーなどの諸分野において、その過剰適応が、逆生産性をもたらし、人間生活の自立と自存(サブシステンス)の基盤に壊滅的な破壊をもたらすことを告発するに至る。

ピエール・ブルデュー

超領域の人間学者、行動する世界的知識人

「構造主義」と「主体の哲学」の二項対立をのりこえる全く新しい諸概念を駆使して、人文・社会科学のほとんどあらゆる分野を股にかけた「超領域の人間学」者。
50年代末にアルジェリア大学で助手に就任以降、パリ大学助手、リール大学助教授を歴任。1964年には社会科学高等研究院の教授に就任、やがてコレージュ・ド・フランス教授の地位に就くが、ブリュデューの業績はそれらの地位を超えて広く奥深い影響を及ぼしていく。社会学の共同研究はもちろん、自ら編集した雑誌『Actes』、自律的出版活動〈レゾン・ダジール〉、「ヨーロッパ社会運動協会」の組織などを通して、世界的な知識人として行動し、八面六臂の活躍を示す。

後藤新平

「百年先を見通し、時代を切り拓いた男」

医療・交通・通信・都市計画等の内政から、対ユーラシア及び新大陸の世界政策まで、百年先を見据えた先駆的な構想を次々に打ち出し、同時代人の度肝を抜いた男。
水沢藩(現・岩手県奥州市)の医家に生まれる。福島の須賀川医学校で医学を学び、弱冠23歳で同病院長兼愛知医学校長に。
総督児玉源太郎のもと台湾民政局長(後に民政長官)に抜擢され、足かけ9年にわたり台湾近代化に努める。
1906年、児玉の遺志を継いで満鉄初代総裁に就任、2年に満たない在任中に、満洲経営の基礎を築く。
関東大震災直後、第二次山本権兵衛内閣の内相兼帝都復興院総裁となり、大規模な復興計画を立案。
政界引退後も、東京放送局(現NHK)初代総裁、少年団(ボーイスカウト)総長を歴任。また最晩年には、二度の脳溢血発作をおして厳寒のソ連を訪問、日ソ友好のためスターリンと会談した。

アラン・コルバン

感性の歴史という新領野を拓いた新しい歴史家

「においの歴史」「娼婦の歴史」など、従来の歴史学では考えられなかった対象をみいだして打ち立てられた「感性の歴史学」。さらに、いっさいの記録を残さなかった人間の歴史を書くことはできるのかという、逆説的な歴史記述への挑戦をとおして、既存の歴史学に根本的な問題提起をなす、全く新しい歴史家。

イマニュエル・ウォーラーステイン

〈世界システム〉概念で社会科学の全領野を包括

地球上のすべての地域を関係づける〈世界システム〉という概念で、20世紀社会科学の全領野を包括する新たな認識論を提示してきたウォーラーステイン。「資本主義世界経済」と「リベラリズム」のイデオロギーに支えられた「近代世界システム」が終焉を迎えつつある現在、19世紀以来の学問の専門分化は解体し、地球社会全体を見渡す新しい科学が求められている。

一海知義

1929年、奈良市生まれ。京都大学文学部中国文学科に進学し、高橋和巳らとともに吉川幸次郎に師事。専攻は中国文学。2015年歿。
中国古典詩を扱った『陸游』『陶淵明――虚構の詩人』(岩波書店)『史記』(筑摩書房)や、広く大人にも読まれている『漢詩入門』『漢語の知識』(岩波ジュニア新書)の他、河上肇の漢詩に初めて光を当てた『河上肇詩注』や『河上肇そして中国』(岩波書店)『河上肇と中国の詩人たち』(筑摩書房)など一連の河上肇論でも名高い。

石牟礼道子

ことばの奥深く潜む魂から“近代”を鋭く抉る鎮魂の文学

1927年、熊本県天草郡に生れる。詩人。作家。2018年歿。
1969年に公刊された『苦海浄土』は、水俣病事件を描いた作品として注目され、第1回大宅壮一ノンフィクション賞となるが、辞退。1973年マグサイサイ賞、1993年『十六夜橋』で紫式部文学賞、2001年度朝日賞を受賞する。2002年度は『はにかみの国――石牟礼道子全詩集』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

エマニュエル・トッド
歴史観・世界像に革命をもたらした家族人類学

世界中の家族制度の緻密な歴史的統計調査にもとづいて、従来の「常識」を覆すかずかずの問題提起をなす、今もっとも刺激的な知識人。
 共産主義はなぜ先進資本主義国でなく、ソ連・中国……で実現したのか? マルクス主義が説明できないこの事実をトッド理論はこう説明する。――共産主義革命の成立した地域はいずれも「権威主義的な親子関係と平等主義的な兄弟関係」を価値とする《共同体家族型》の地域だからである、と。この価値観はまさに共産主義を支えたものではないか?……
 実証的知見に裏づけられた分析から、ヨーロッパ統合・グローバリゼーションなどのアクチュアルな問題にもシャープに回答し、ジャーナリズムの論客としても活躍中。

エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ
アナール派第三世代の最重要人物

アナール派第三世代の最重要人物
アナール派第三世代の総帥として、人類学や、気象学・地理学を初めとする自然科学など、関連する諸科学との総合により、ブローデルの〈長期持続〉を継承し、人間存在の条件そのものの歴史を構想する。

エミール・ゾラ
1840~1902年。フランスの自然主義文学者。22歳ごろから小説や評論を書き始め、また美術批評の筆も執り、マネを擁護した。1871年、ライフワークたる「ルーゴン・マッカール叢書」第1巻『ルーゴン家の繁栄』を出す。自然主義文学の総帥として論陣を張り、『実験小説論』(1880年)を書いた。プルードン、マルクスらを読み、社会主義にも関心を示している。ドレフュス事件ではドレフュスを擁護し、「われ弾劾す」という公開状を発表、そのため、イギリスへの亡命を余儀なくされた(1898年)。翌年6月に帰国、空想社会主義的な『豊穣』『労働』などを書いたが、1902年9月29日、ガス中毒により急死。遺骸は1908年にパンテオン廟に葬られた。

オルハン・パムク
2006年ノーベル文学賞受賞! 現代トルコ文学の最高峰

“東”と”西”が接する都市イスタンブールに生まれ、3年間のニューヨーク滞在を除いて、現在もその地に住み続ける。
異文明の接触の只中でおきる軋みに耳を澄まし、喪失の過程に目を凝らすその作品は、複数の異質な声を響かせることで、エキゾティシズムを注意深く排しつつ、ある文化、ある時代、ある都市への淡いノスタルジーを湛えた独特の世界を生み出している。作品は世界各国語に翻訳されベストセラーとなっているが、2005年には、トルコ国内でタブーとされている「アルメニア人問題」に触れたことで、国家侮辱罪に問われ、トルコのEU加盟問題への影響が話題となった。

岡部伊都子
「加害の女」として生きる

1923年大阪に生まれる。随筆家。相愛高等女学校を病気のため中途退学。1954年より執筆活動に入り、1956年に『おむすびの味』(創元社)を刊行。美術、伝統、自然、歴史などにこまやかな視線を注ぐと同時に、戦争、沖縄、差別、環境問題などに鋭く言及する。

金子兜太

1919年生まれ。2018年逝去。俳人の父、金子伊昔紅の影響で早くから俳句に親しむ。27年、旧制水戸高校に入学し、19歳のとき、高校の先輩、出沢珊太郎の影響で作句を開始、竹下しづの女の「成層圏」に参加。
著書に、句集『蜿蜿』(三青社)『皆之』『両神』(日本詩歌文学館賞。以上、立風書房)『東国抄』(蛇笏賞。花神社)『日常』(ふらんす堂)の他、『金子兜太選集』4巻(筑摩書房)がある。近著に、『金子兜太養生訓』(白水社)『小林一茶――句による評伝』『語る 兜太――わが俳句人生』『いま、兜太は』(岩波書店)等、多数。

金時鐘

植民地下朝鮮から在日を生きぬく詩人であり思想家

1929年(旧暦1928年12月)朝鮮釜山に生まれ、元山市の祖父のもとに一時預けられる。済州島で育つ。48年の「済州島四・三事件」に関わり来日。50年頃から日本語で詩作を始める。
主な作品として、詩集に『地平線』(ヂンダレ発行所、1955)『日本風土記』(国文社、1957)長篇詩集『新潟』(構造社、1970)『原野の詩――集成詩集』(立風書房、1991)『化石の夏――金時鐘詩集』(海風社、1998)『金時鐘詩集選 境界の詩――猪飼野詩集/光州詩片』(藤原書店、2005)『四時詩集 失くした季節』(藤原書店、2010、第41回高見順賞)他。

ジュール・ミシュレ

アナール派に影響を与えた大歴史家

フランス革命末期、パリの印刷業者の一人息子に生れた。独学で教授資格取得、1827年エコール・ノルマル教師(哲学・歴史)、38年コレージュ・ド・フランス教授。二月革命(1848)で共和政を支持し地位剥奪。普仏戦争(1870)に抗議。著作に『フランス革命史』の他、自然史や『女』ほか。現代のアナール学派に大きな影響を与え、歴史学の枠を越えた大作家としてバルザック、ユゴーとも並び称せられる。

ジョルジュ・サンド

19~20世紀の文学に影響を与えた女性作家

1804年、パリに生まれる。中部フランスの田園地帯ノアンの祖母のもとで育つ。1841年、P・ルルー、L・ヴィアルドとともに『独立評論』誌を創刊。1843年、大作『コンシュエロ』を完成。1847年、家族の前史まで遡る自伝『わが生涯の歴史』の執筆に着手(54年連載開始)。1848年二月革命勃発、臨時革命政府メンバーの傍で積極的に活動。1849年『捨て子フランソワ』がオデオン座で大成功を収める。1864年『ヴィルメール侯爵』がオデオン座で大成功。この頃デュマ・フィス、フロベール、ツルゲーネフらと交流。1876年死去。

竹内浩三

戦争の渦中で渾身の生を刻んだ詩人

「ぼくはぼくの手で/ぼくの戦争がかきたい」……
太平洋戦争のさ中にあって、時代の不安を率直に綴り、戦後の高度成長から今日の日本の腐敗を見抜き、23歳で比島山中に消えた“天性の詩人”。
泣き虫で笑い上戸、淋しがりやでお姉さんっ子、「よくふられる代わりによくホレる」……天賦のユーモアに溢れながら、人間の暗い内実を鋭く抉る言葉が、現代の我々の胸をうつ。少年時代は手作りの回覧雑誌にユニークな“マンガ”も描いた、多才な青年。

多田富雄

自然科学・人文学の統合を体現した「万能人」

1934年、茨城県結城市生まれ。
東京大学名誉教授。専攻・免疫学。元・国際免疫学会連合会長。
1959年千葉大学医学部卒業。同大学医学部教授、東京大学医学部教授を歴任。71年、免疫応答を調整するサプレッサー(抑制)T細胞を発見、野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞など多数受賞。84年文化功労者。

ダニー・ラフェリエール

「日本人が私の本を読むとき、私は日本作家になっているのです」

1953年、ハイチ・ポルトープランス生まれ。小説家。4歳の時に父親の政治亡命に伴い、危険を感じた母親によってプチコアーヴの祖母の家に送られる。彼にとっての「最初の亡命」であり、創作の原点と後に回想。若くしてジャーナリズムの世界に入るも、23歳の時に同僚が独裁政権に殺害されたため、カナダ・モントリオールに亡命。

鶴見和子

“異なるものが異なるままに”ともに生きる―

1918年生。上智大学名誉教授。専攻・比較社会学。1966年プリンストン大学社会学博士号を取得。1969年より上智大学外国語学部教授、同大学国際関係研究所員を務める(1982―84年、同所長)。1995年南方熊楠賞受賞。1999年度朝日賞受賞。15歳より佐佐木信綱門下で短歌を学び、花柳徳太郎のもとで踊りを習う(20歳で花柳徳和子を名取り)。

森崎和江

朝鮮、炭坑、性とエロス……真正面から向き合う詩人

1927年朝鮮大邱に生まれる。詩人、作家。17歳で単身九州へ渡り、47年、福岡県立女専を卒業。50年、詩誌『母音』同人となる。58年、筑豊の炭坑町に転居し、谷川雁、上野英信らとサークル交流誌『サークル村』を創刊(~60年)。59~61年、女性交流誌『無名通信』を刊行。

ロベール・ボワイエ
レギュラシオン理論の旗手

1943年生。パリ理工科大学校(エコール・ポリテクニック)卒業。数理経済計画予測研究所(CEPREMAP)および国立科学研究所(CNRS)教授、ならびに社会科学高等研究院(EHESS)研究部長を経て、2010~11年はベルリン高等研究院フェロー。