『機』2011年6月号:福島原発事故の本質を問う 井野博満

前号   次号 今、ここで起こっている悲劇  怖れていたことが起こった。遠い国の、過去のことだと思っていた原子力発電所の事故が、この国で現に起こってしまった。広島と長崎の原爆による悲劇、南太平洋での水爆実験による被曝に続 […]

『機』2011年6月号:ジャポニズムのロシア V・モロジャコフ

前号   次号 ロシアと日本――遠いか近いか?  地理的に見れば、ロシアは日本の最も近い隣国である。しかし、日本人の大部分は、ロシアを基本的に「遠い・寒い・暗い・危ない」国と見ているのではないか。他方、ロシア人の大部分は […]

『機』2011年6月号:「二回半」読む 橋本五郎

前号   次号 赤線を引きながら  読売新聞の読書委員として、毎週日曜日の読書欄で書評を始めたのは、一九九八年のことである。以来、学術書から小説まで一七〇冊余りの本を新聞紙上で批評してきた。  書評は感想文とは違う。読者 […]

『機』2011年6月号

目次 前号   次号 事故はなぜ起きたのか? その本質に迫る 福島原発事故の本質を問う 井野博満 「ブローデル的パラダイム」が持ち込まれ、巨視的歴史学の誕生 パラダイム転換と一つの歴史学派の形成 L・ヴァランシ ロシアと […]

『機』2011年5月号:金融資本主義の崩壊 山田鋭夫

前号   次号 「『ありえない』はありえない」  「こんな地震は想定外だった、千年に一度のことだ」。大震災による原発事故を前にして当局はこんな弁解を繰り返している。だがこれまで、原発は何と説明されてきたか。いわく、「原発 […]

『機』2011年5月号

目次 前号   次号 大震災を建て直しの機とできるか。今こそ問われる日本の進路。 東日本大震災と新生日本 川勝平太(静岡県知事) “現代史の生き証人”の告白 わが生涯――南北統一の悲願 鄭敬謨 「共生」の思想を高畠の現場 […]

『機』2011年5月号:わが生涯――南北統一の悲願 鄭敬謨

前号   次号 ”四・二南北共同声明”  文益煥牧師一行が平壌を離れたのは一九八九年四月二日の午後だったのですが、その日の朝、文牧師が記者団の前で朗読した宣言文が、今日われわれが「四・二南北共同声明」と呼んでいるものなの […]

『機』2011年5月号:文化としての「環境日本学」 原 剛

前号   次号 一つの時代の終わり  地震・津波による三陸沿岸の壊滅と原発爆発の光景は、一つの時代の終わりを私たちに示唆しているように思える。チェルノブイリ原発事故を取材した私には、福島原発の陥った制御困難な危機が既視感 […]

『機』2011年5月号:広報外交の旗手、鶴見祐輔 上品和馬

前号   次号 パブリック・ディプロマシーとは  パブリック・ディプロマシー(広報外交)とは、ある国が別の国の大衆に対して、講演や新聞・雑誌への寄稿などの方法によって情報を発信して、自国にとって有利なように他国の世論に影 […]

『機』2011年5月号:「私には敵はいない」の思想

前号   次号 【劉燕子】 「劉暁波とは誰か」と問うことは、中国現代史を問うことである。同時代の激烈な状況から逃避せず、これを真摯に直視し、格闘する者においては、その人間性と歴史が鋭く交叉する。劉暁波は、まさにそのような […]

『機』2011年4月号:自由貿易の神話 E・トッド他

前号   次号 自由貿易とは何か 【E・トッド】 まず私が専門家としてお話しできるテーマ、民主主義と自由貿易から始めます。この問題は非常に単純な形で要約できます。労働市場を地球全体で統一すると、ある一定の時間の後には地球 […]

『機』2011年4月号

目次 前号   次号 自由貿易と保護貿易のどちらを選択すべきか? 自由貿易の神話 E・トッド他 民主主義とイスラームは相容れないのか? 欧米の「常識」を覆す 宗教と革命 R・アスラン 『環』45号〈新連載〉 孤独――作家 […]