『機』2010年11月号:巨大な歴史学の鉱脈 樺山紘一

前号   次号 『アナール』誌を日本に紹介  それは、ほぼ三〇年も遡る昔のことだった。その当時、(株)新評論の若手の編集者だった藤原良雄氏が来訪し、『アナール』誌の画期的な意義について語った。いまだほとんど暗中模索の状態 […]

『機』2010年11月号:人文科学的な知の転換期 福井憲彦

前号   次号 新版の刊行にあたって  このたび、叢書〈歴史を拓く――『アナール』論文選〉の全四巻が、装いも新たに藤原書店から新版として刊行されることになった。かつて、全体の責任編集にあたった者の一人として、序言をしるせ […]

『機』2010年11月号:モンゴル帝国から大清帝国へ 岡田英弘

前号   次号 朝鮮史からの出発  私は一九四七年、旧制の成蹊高等学校でも理科乙類に進んだ。たまたま成蹊の図書館には、南条文英先生が集めた漢籍と中国文学と東洋史の研究文献の大コレクションがあった。それで、理科系の勉強のか […]

『機』2010年11月号:後藤新平の「世界認識」 井上寿一

前号   次号 後藤新平の対外ヴィジョン  後藤新平の対外ヴィジョンは、一見すると相互に矛盾する複雑でわかりにくいものである。後藤の経歴は近代日本の帝国主義的な対外発展の歴史と軌を一にしている。後藤は台湾の植民地統治に総 […]

『機』2010年11月号:後藤新平の体系知 佐藤 優

前号   次号 帝国主義外交の文法に通暁  帝国主義のゲームのルールは、「食うか食われるか」である。資本主義システムへの転換が後発であったアジア諸国のほとんどが、欧米帝国主義国に食われ、植民地になってしまった。そのような […]

『機』2010年10月号:いまだに続く「琉球処分」 大城立裕

前号   次号 侵略同様の併合  拙著に『小説 琉球処分』というのがあって、一九五九年からほぼ一年をかけて沖縄の新聞に連載し、単行本にもなったが、それほど売れなかった。それが今になって、急遽文庫本になって読まれることにな […]

『機』2010年10月号

目次 前号   次号 「沖縄問題」とは、本土による「沖縄差別問題」である いまだに続く「琉球処分」 大城立裕 詩とはなにか 金時鐘+吉増剛造 異郷と故郷のはざまで 姜尚中+森崎和江 五十四万石の地位に上り詰めた細川家三代 […]

『機』2010年10月号:詩とはなにか 金時鐘+吉増剛造

前号   次号 容易な深さではないところ 【吉増】 藤原書店さんがお出しになった、この『金時鐘四時詩集 失くした季節』に、「沈黙十年のあと――今、その裡に燃える詩」という帯が付いていまして、「八十歳を超えてなお闘いの姿勢 […]

『機』2010年10月号:異郷と故郷のはざまで 姜尚中+森崎和江

前号   次号 【姜】 森崎さんのお父様が熊本でいらっしゃいますね。 【森崎】 父親の先祖が熊本。「たった一人でも熊襲だぞ」と言って追いかけてくるから、熊襲の里を訪ねたくて、熊本に向かったわけです。そうしたらあなたが、今 […]

『機』2010年10月号:細川三代――幽斎・三斎・忠利 春名徹

前号   次号 歴史は人間の営みの総体  『細川三代』という作品で、この一族の歴史をおよそ百年にわたる持続と発展という角度から描いてみた。  百年、とはいうものの、出来上がってから数えてみたら、いつの間にか百年になってい […]

『機』2010年10月号:ブルデューの科学論 加藤晴久

前号   次号 「科学の科学」の意味  「科学の科学」というのはあまり見慣れない表現であるが、普通に使われている「科学哲学」「科学史」「科学社会学」「科学認識論」のことを言っているのだと割り切ることもできるし、それをあえ […]

『機』2010年9月号:阿留辺幾夜宇和 河合隼雄

前号   次号  西川千麗さんの創作舞踊「阿留辺幾夜宇和」を見たときの深い感動は、今も忘れることができない。  この踊りが生まれる基となった書物『明恵・夢を生きる』の著者として、名僧明恵の清々しく、且つ、雄々しく生きる姿 […]

『機』2010年9月号:舞の霊性 鶴見和子

前号   次号  わたしがはじめて西川千麗さんの舞を拝見したのは、「阿留辺幾夜宇和」の東京公演であった。河合隼雄さんがお招き下さった。わたしはこんなに魂をうつ日本の創作舞踊があるのか、と驚嘆した。そこで感心したのは、「舞 […]