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書評・紹介情報(2004年) 1月6日更新
1998年分  1999年分  2000年分  2001年分  2002年分  2003年分
 
12月
わたしの名は紅
12/27 毎日新聞(夕刊)
 物語は1591年、雪の9日間。時のスルタン・ムラト3世が、帝国の威容を内外に示そうと細密画師・エニシテに祝賀本の作成を命じるところから始まる。ベネチアで見た遠近法や写実的手法を用いた肖像画が「絵そのものが描かれた人物の物語」になっていることに感銘を受けていたエニシテは、伝統の型を破る新しい西欧的手法を試みる。
 「多様で異質な文明が交じり合う所から優れた芸術が生まれる。変化を恐れることなく、文明のよいものを選択して受け入れることが、硬直化した文明の危機を抜け出す方法だ。西側でいう文明の衝突という考え方にはついていけない」
 哲学や宗教論などやや難解な主題を扱っているが、各章ごとに語り手が代わる構成から事件の犯人像が浮かび上がる物語なので、読みやすい。締め付けが厳しい時代に恋愛の仲立ちをする女性や、ハッカやナッツたっぷりの菓子など、当時の暮らしについての豊かなディテールも魅力だ。
 「小説に思想を持ち込みすぎてはいけない。東西文明や芸術論にも触れているが、私がもっとも力を注いだのは、美しい文章でおもしろい物語を描くこと、人々の日々の生活を描くことだった」
 9・11事件直前に出版されて話題となった英訳版は16万部のベストセラーとなった。中国やインドを含む32カ国で翻訳が進んでいる。
石牟礼道子全集 不知火
12/26 読売新聞 「2004年 読書委員が選ぶ『私の3冊』」欄【橋本五郎氏】
 「釜鶴松のかなしげな山羊のような、魚のような瞳と流木じみた姿態と、決して往生できない魂魄は、この日から全部わたくしの中に移り住んだ」(苦海浄土)という石牟礼道子が紡いだ世界は「人間の原罪」にまで思いを馳せずにおかない。
哲学宣言
12/26 東京新聞 「2004年 私の3冊」欄【加々美光行氏】
 哲学が終焉を遂げ無思想時代が到来して既に久しい。脱構築が支配するそうした状況下に、バディウは「哲学の再開と新しい主体性の理論」をあえて構築的に宣言する。この三十年バラバラに展開してきた詩的伝統と数学的伝統の分解を結合し直す結節点に、その突破口を見る。
石牟礼道子全集 不知火
12/19 毎日新聞 「2004年『この3冊』」欄【森谷正規氏】
 『石牟礼道子全集』の刊行が始まった。まずは「苦海浄土」からだが、チッソ水俣工場が犯人とおよそ分かっていながら、地元を支える大企業であるから告発できない哀しさと憤りに満ちている。
黒いアテナ 上
12/19 毎日新聞 「2004年『この3冊』」欄【富山太佳夫氏】
 バナールの本は、よくぞこんな危険な本を訳したなあと言いたくなるもの。出版当時アメリカの学界が騒然となったのもうなずける。ギリシャのアテナはもともと色が黒かったというのだから。
自然の男性化/性の人工化
12/19 毎日新聞 「2004年『この3冊』」欄【左近司祥子氏】
 著者の意図とは関係なしに、読者が勝手に重ねて読むと、違った味わいを見せる本たちがある。
 一冊目は、「自然」概念の、ラディカルフェミニズムからの見直し。
(中略)
 その対象は異なるが、両者の、重い批判の基礎は共通である。推論を旨とする理性的思考至上主義への異議を申し立てだ。
脱商品化の時代
12/17 週刊読書人 「印象に残った本」欄【高橋洋児氏】
 イマニュエル・ウォーラーステイン『脱商品化の時代――アメリカン・パワーの衰退と来るべき世界』(山下範久訳、藤原書店)にとって、9・11は「アメリカン・パワーの衰退」(=世界変動)過程で起きた一現象にすぎない。資本主義システムは、利潤獲得と資本蓄積のために無際限の商品化をグローバルに追求してきた。その挙げ句、世界資本主義は一九七〇年代以降、構造的危機にある。商品化が問題の根源をなすからには「脱商品化」が、市場原理に代わる財・サービス生産のNPO化が、「反システム運動」の基本方向となる。長らく「左翼」の眼中になかった諸イッシュー(ジェンダー、人種、等々)も直視するなど、重厚な問題提起書として優に経済学書の「収穫」三点分に値する。
時代の先覚者・後藤新平
12/12 奈良新聞
 初代満鉄総裁、外相、東京市長などを歴任し大陸進出を鼓吹した政治家、後藤新平の生誕150周年を前に「時代の先覚者・後藤新平」(御厨貴編)が出版された。
 本書は、戦後60年を迎え制度や組織の疲労―見直しが指摘されるなかで、「ワクワクするほどの仕事師で骨太の人物」後藤を、21世紀の創造的なリーダーシップを考えるうえで重要な人物ととらえ、各方面からのアプローチを試みている。
 「今、なぜ後藤新平か」をテーマにした座談会では孫の鶴見俊輔、御厨貴、青山やすし、粕谷一希らが人物像や植民地経営の才、都市計画、政治認識、外交手腕などについて興味深い検討を加えている。
 さらに大隈重信、渋沢栄一、伊藤博文、桂太郎、小玉源太郎、寺内正毅、山本権兵衛、犬養毅らゆかりの人物を紹介して後藤の人脈を立体的にあぶり出しており、大杉栄を鎌田慧、正力松太郎を佐野眞一が、そぞれ後藤に絡むエピソードを寄せている。
 時代の行き詰まり感が重い現在、一時代を風びした巨頭の思想と行動が一冊にまとまった意義は大きい。
わたしの名は紅
12/9 東京新聞 「書物の森を散歩する」欄
 パムクさんは現代トルコ文学を代表する作家。海外でも高く評価され、英国オブザーバー紙の、21世紀を担う21人の世界の文学者の一人にも選ばれた。本書も32ヶ国語、23ヶ国で翻訳されている。このたび、翻訳出版を機に駐日トルコ大使館と出版社の招きで来日した。
 「(宗教問題などを扱っているため)トルコで出版されるに8年かかりました。一番難しかったのがトルコで、二番目が日本。イスタンブールがまだ東の文明の影響下にあった16世紀末のオスマン・トルコを舞台に、イスラム芸術の伝統を担う細密画師たちが西洋文明に出会った時の苦悩を描きました。しかし、単にトルコの物語としてではなく、西洋文明の外にあって、西洋文明の影響下にある世界で生きる創造的芸術家たちの物語として読んでほしい」
(中略)
 「画家たちは西洋画にひかれながら技術的にかなわず、政治や文化環境もそれを許さなかった。私自身、小説を書き始めた22歳まで、画家になりたいと思っていましたから、絵や色についての芸術論、あるがままに見る喜びを、この小説で思うままにつづりました。小説という西洋の芸術の技法を習得し、自らの伝統文化を素材にした作品を生んだ。小説の中の細密画師ができなかったことを実現した幸せな芸術家と言えます」
11月
獣人
11/25 朝日新聞 「BOOK FROM くまもと」欄
 フランスの作家エミール・ゾラ(1840-1902)の「獣人―愛と殺人の鉄道物語」が、藤原書店刊行の選集「ゾラ・セレクション」の第6巻として、発行された。翻訳したのは熊本大学文学部の寺田光徳教授(フランス文学)。「『名訳』よりも、わかりやすい訳文になるよう心がけた」と寺田教授。
 原著は1890年に発効された。鉄道の機関士ジャックが車中で殺人を目撃するが証言を拒否し、事件を機に自分の愛人となった女性を後に殺してしまう。寺田教授によると、この作品の特徴は、文明や進歩の象徴である鉄道と、殺人を引き起こす人間の衝動を対比させた点にある。
 「社会が進歩する一方で、人間には殺人を引き起こす野蛮な性質が潜んでいることを描き、社会批判に結びつけた」と寺田教授は分析する。ゾラは百貨店を舞台にした作品も書いており、最新の技術や流行を小説に取り入れる、鋭い感覚の持ち主だったという。
 寺田教授は19世紀後半のフランス文学が専門。文章の軽快なリズムを保つよう文章を短めにするよう気をつけ、硬い印象の鉄道用語をカタカナに置き換えるなど工夫したという。
時代の先覚者・後藤新平 1857-1929
11/21 毎日新聞 「本と出会う」欄【森谷正規氏】
 後藤新平のようにとても多彩な仕事をした政治家は、他にいない。しかもその大半が、新しい発想で創造的な大事業に取り組むものであった。日本の停滞を突破するために、いまこそ後藤新平が欲しい。
 新平は医学を学び、病院長を経て内務省衛生局長になって手腕を発揮したテクノクラートであるが、政治の世界に入って、外交では親英米路線ではなく、アジアの平和を重視して日中露(ソ連)の提携を主張するなど常に独創的で雄大な政策を志向した。
(中略)
 その後藤新平を40人ほどの学者たちが論じている。生涯はあまりに多彩で一人の手には余るのであり、大勢の人が各自の専門を基に深く突っ込んでこそ、人物と事業が明かになる。
 後藤新平は、首相にはなれず、政界での力も強大ではなく、大成したとはいえない。それは政党政治の壁にぶつかったためであり、情実によって離合集散を繰り返す政党は、実力を持って断行するのを第一とする新平には合わなかった。
 いまの政治情勢の中で、新平のような真に創造的な国のリーダーが生まれるのか。なんとか現れて欲しいのだが、ともかく、新平を知悉することから始めねばならない。
 後藤新平の多彩ぶりをさらに加える。台湾協会学校から出発した拓殖大学の学長になって、大学昇格に尽力し、ラジオ放送の開始に力を注いで東京放送局の初代総裁になり、ボーイスカウトを育てて総裁になった。白いあごひげの威厳が、子供と同じユニフォームを着てニッコリとした笑顔に変わった写真がある。井深大、本田宗一郎も同じ姿をした。真に偉い人達に共通の稚気である。
脱商品化の時代
11/14 日本経済新聞 「この一冊」欄【川北稔氏】
 そもそも彼の世界システム論の意義は、それが、ベルリンの壁崩壊の遙か以前に、近代の世界史を、社会主義圏を含む単一の世界システムの展開として描き出した先見性にあった。本書に収録されている文章の多くも、9・11以前のものであるが、以後に書かれたものと一書に編まれても、論理的破綻がなく、その立場が基本的に変わっていないことは、まず、高く評価されるべきである。
 従来の彼の主張からすると、本書には二つの特徴がある。ひとつは、これまであまり語られなかった具体的な行動指針を語っていることである。「社会」運動と、「ナショナル」な運動を、「反システム」運動として統合するという戦略はかねていわれてきたが、本書ではそれがより詳細なかたちで提示された。
 また、その前提として、世界システムのゆくえについての見通しをかなり明確に示したことも、もう一つの特徴である。
 従来、併置されてきた二つの見通しのうち、「ポスト・アメリカ」の世界でも現行の世界システムが継続し、中国なり、日本なりが新たな覇権国家となるかもしれないという見通しは後退し、近代システムは死滅して、新たなシステムに移行するという見通しの方が前面に出ているからである。
 細かい史実に立ち入ったり、難解な理論を振りかざしたりする代わりに、平易な言葉で、具体的に未来像を示している点で、読者の知的関心を大いに刺激する一書である。
ジョルジュ・サンド セレクション
11/10 朝日新聞 【持田明子氏】
 今年は、『魔の沼』や『愛の妖精』などの作者として、あるいは「ピアノの詩人」ショパンの恋人としてわが国では語られることの多いジョルジュ・サンド(1804-76)の生誕200年にあたる。。フランス政府は、国家を代表する偉大な作家として、また女性の解放、共和国確立のために闘ったその行動をたたえた。世界中でさまざまな記念行事が開催され、関連の出版物も枚挙に暇がない。まさにまばゆいほどの光が今、サンドにあてられている。
(中略)
 サンドが手紙を交わした相手は、ショパンは言うに及ばず、バルザック、ユゴー、ハイネ、ドラクロワ、リスト、マルクス、ナポレオン3世・・・と19世紀を代表する作家、芸術家、思想家、政治家、革命家らである。文壇や芸術の域をはるかに超えて、ほとんど全領域にわたる第一級の人々との交友、それだけでなく後進の芸術家や文学を志す労働者、農民たちとの深い交わりにこそ、サンドの豊かな感性や知性、多様な意見に耳を傾ける精神の柔軟さ、あらゆる階層の人間存在への深い共感、そして何より、サンドという人間の愛情豊かな魅力を伝えて余りある。
バルザック「人間喜劇」全作品あらすじ
ダ・ヴィンチ 11月号 「エンタメの王道」欄
 いわゆる「あらすじ」本が流行りだが、『人間喜劇』全100編のすべてを収録する本書こそ、最強のあらすじ本と言えよう。可能な限り語りの順序や場面の雰囲気を再現するように努めたという忠実な要約。未邦訳の作品も多く、これで一気に『人間喜劇』が見渡せる。
10月
脱商品化の時代
10/13 アサヒ・コム 「ニュースの本棚」欄【高成田亨氏】
 米国の社会学者、イマニュエル・ウォーラーステイン著『脱商品化の時代 アメリカン・パワーの衰退と来るべき世界』(山下範久訳、藤原書店)は、世界の資本主義構造が労働や環境コストの上昇によって、利潤の低い方向へと変質するなかで、米国のパワーも衰退するしかないとみる。イラク戦争は、衰退に危機感をもった「右翼」保守派の悪あがきということになる。
 悲観論のようにみえるが、著者の構想する社会は、「真のシステムの構造的危機」にある資本主義を「企業の非営利化」(誰にも配当を払わない自己維持的な組織)によって変革していくことだという。社会の総NPO化とでもいおうか。「左翼」による民主主義の徹底と、広範囲の人々の結集によって、それは可能だと言う。「相対的に民主的で、相対的に平等主義的な世界の実現を知的かつ戦闘的に追及する」というわけで、現代資本主義の衰退の向こうに、明るい未来も見えてくると言う。
 グローバリゼーションは、世界を市場経済に引き入れることによって、労働コストを最小にし、販路を最大にする試みだが、いったん、その波が世界を覆ってしまえば、膨張本能を持つ資本主義は、フロンティアを失った米国のように行き詰まる。その予測が正しいとするなら、利潤を最大化しようとする資本の本能は、その機会が減少するなかで、これまで以上に激しい収奪を繰り返すだろう。
エカテリーナ二世 上・下
10/15 週刊読書人 「学術恩想」欄【栗生澤猛夫氏】
 『崩壊した帝国』や『奪われた権力』などソ連史の諸問題を鋭く追求した著書で名高いカレール=ダンコースが、今度はロシア帝国の女帝エカテリーナ二世について書いた。ロシア皇帝を扱ったものとしては、『甦るニコライ二世』に次ぐ著書である。
(中略)
 本書がエカテリーナ女帝の人と業績についての良質な概説書であることは疑いない。抑制された筆致で、女帝の全存在をあますところなく描ききっている。とりわけ、農奴制・農民問題に対する女帝のアンビバレントな態度、ポーランド分割問題と女帝の立場、女帝の知的生活、そのヴォルテールとりわけディドロとの関係、愛人オルロやポチョムキンとの関係についての著者の分析は出色である。
9月
石牟礼道子全集・不知火
国立能楽堂 9月号 【鶴見和子氏】
 わたしは脳卒中の後遺症で、重度身体障害者となった。8月28日の石牟礼道子さんの新作能「不知火」をぜひ観にゆきたいと思っても、ゆくことができない。そこでDVD(2002年7月の国立能楽堂の公演)で拝見した。
 人間のたれ流した毒によって生命の根源である海は滅びた。竜神の娘のしらぬいと息子の常若の姉弟がひとたび死んでから後に隠亡(じつは菩薩)の力によって再生して結婚し、新しく海の生命をよみがえらせるという物語は、実は水俣病で悶死した人々とその家族、そして水俣の海辺に生きていたあらゆる生きものたちの切実な願いである。この切実な願いを、天草ことばの語り口であらわしたこの能「不知火」を、ドラム缶につめて埋められた魚たち、狂い死にした猫たち、そして悶死した人間たちの埋められたヘドロの海の埋立地で、奉納される所を患者さんたちとその親族が、ここで観る、聴くことはどれほどの感動と、未来にむかっての希望を呼び起すことであろうか。わたしは、その感動を共にしたいと切に願う。そして元気な身体で聞き書きをしていたころの、あの患者さんとわたしの間に吹いていた隙間風を吹きとばしてしまいたい。これが私の幻想である。
 能は難しく高嶺の花と思っていたが、実はその時代時代の民衆の最も切実な願いをその人々の語り口であらわした芸術であったのではないだろうか。
 石牟礼道子さんはそのことを、実に生き生きと再現してみせてくださった。
石牟礼道子全集・不知火
9/29 朝日新聞  
 水俣病被害の原点の海を望む地で8月下旬、日没に合わせて奉納された能「不知火」。「いわれ深いこの浜辺に集った霊たちをしのびたい」と、水俣病で犠牲になった生命の鎮魂と再生への思いを語る石牟礼道子さんの書き下ろし作品が東京で再演される。(中略)東京公演では、上演前に石牟礼さんが自ら朗読する詩とともに、華道家工藤和彦さんがささげる花の儀式が披露される。
満洲とは何だったのか
週刊朝日 9/24号 「週刊図書館 耳より本」欄
13年で幕を閉じた「満洲国」の「それ以前」と「それ以後」を、地名の由来に始まり、満洲移民の背景・「満鉄」の果たした役割・引き揚げ者の証言など、さまざまな角度から照射した意欲的な一冊。日本から移民した27万人のうち8万人が死亡したことなど、満洲をめぐる日本政府の失策がもたらした犠牲の大きさにも言及する。
満洲とは何だったのか
週刊ポスト 9/17号 「味わい本 発見!」欄【川村湊氏】 
 「満洲とは何だったのか」という本書のすべての文章は、満洲国は滅ぶべくして滅んだ、というメッセージを発している。大義も名分もない戦争と侵略と占領とは、決して長続きしないことを「満洲国」の全過程は如実に示している。残念ながら、それは実に多くの犠牲者を出した上でのことだったが。
石牟礼道子全集・不知火
9/16 毎日新聞 「人・模・様」欄【明珍美紀氏】 
 「水俣の浜辺は、かつてどんなに豊かな渚であったことか。この切ない場所で新作能の後援をしてくださったことに感謝しています」と話すのは、作家の石牟礼道子さん。水俣病の悲劇をモチーフに台本を手がけた新作能「不知火」がこの夏、熊本県の地元水俣湾の埋め立て地で初演。全国から約1300人が集まり、水俣の海にささげる「奉納」の舞台に見入った。
(中略)
 患者の受難を世に問う『苦海浄土』を69年に出版しこの春、第二部が完結。先に発表した第三部と合わせ三部作が仕上がった。「ひとつの区切りとしたいけれど、それでもなお戦争は続き、生命が軽んじられる世界。これからは心温まる物語を書いていきたい」と話していた。
黒いアテナ (上)
9/15 毎日新聞(夕刊) 「考える耳」欄【渡辺裕氏】 
 マーティン・バナールという学者の書いた『黒いアテナ』 という本の翻訳が出た。10年以上も前に出た本の、しかもごく一部の翻訳なのだが、ギリシアに関するわれわれの「常識」となっているイメージを根底から覆す衝撃的な本である。何しろ、古代ギリシアは実はエジプトの植民地であり、黒人文化が支配的だった、極端に言えばソクラテスだって実は黒人だったかも知れない、というような話なのである。それがあたかもヨーロッパの白人文化のルーツであるかのような言説が支配的になったのは、白人中心主義的な考え方が強まった19世紀になってからのことだというのだから驚きだ。
(中略)
 歴史の中で作られ、変化してゆくものこそが「真実」なのであって、そういう偏向や誤解を取り去ったところに客観的な「真実」が現れるなどというものではないのである。そういう事態を否定的に捉えるのではなく、むしろわれわれにとっての「常識」や「真実」自体がそのようにうつろいゆくものであることを認識した上で、その中に交錯する人々の思いや願望を解きほぐしてゆこうというのが、最近の文化研究の考え方なのである。ギリシアやドイツだけの話ではもちろんない。他ならぬ日本だって、明治以後の近代国家形成の過程の中で、自らの歴史や文化の像を作り上げてきた。「日本音楽」の概念を筆頭に、われわれが素朴にイメージする「日本的な文化」や「日本らしさ」の大半はその産物であると言っても過言ではない。もちろん、それらは一概に捏造として切り捨てられるべきではないが、「日本的なもの」が失われてゆくことを嘆き、それが諸悪の根元だと言わんばかりに、日本の「伝統文化」をきちんと教育しろとか、挙げ句の果てには、憲法を改正して十七条憲法の原点に戻るべきだなどという、「日本文化」をめぐるあまりにも素朴すぎる暴論が出てくる状況をみていると、文化研究で周到な議論との乖離に愕然とするとともに、この国がまたもやとてつもない暴走をはじめるのではないかとういう危惧を感じずにはいられない。
満洲とは何だったのか
9/5 北海道新聞 「書評」欄【合田一道氏】 
 本書は二〇〇二年の日中国交正常化三十周年を機に、学芸総合誌・季刊「環」(第十号)が企画した特集「満洲とは何だったのか」をまとめたものである。  著者は中見立夫氏ら四十人余。日本人の学者、作家、評論家らのほか、中国、韓国、欧米人らの識者も含まれている。「満洲」(現・中国東北部)という一つのテーマにあらゆる分野から切り込んだ試みは評価できよう。
(中略)
 満洲に関するいわば論文の寄せ集めなので、読み物としての連続性がなく、重複する部分も目につくが、反面、多様な満洲が描かれているといえる。どこからでも読みだせるので、近現代史が苦手という人にも取っつきやすい教科書といえるだろう。
 満洲をめぐる研究はなお続いている。その意味から言えば、このテーマは決して過去のものではない、とする編者の意気込みが行間から伝わってくるようだ。
石牟礼道子全集・不知火
9/5 読売新聞 「空想書店」欄【田口ランディ氏】 
 ・・・こちらはついに藤原書店から刊行された石牟礼道子全集「不知火」。収録作の「苦海浄土」は自然と共に生きる人間の尊厳を描いた名作です。・・・
鳥よ、人よ、甦れ
9/5 しんぶん赤旗 「読書」欄【丸茂勇夫氏】 
 開発を予定した大井埋め立て地には、いつの間にか草地ができ、汐入の池にはバンなど野鳥が渡ってくるなど自然の力が回復していました。しかし、そこには、築地市場を含む五卸売り市場を移転させて東洋一の規模を誇る大田市場の建設が計画されていました。一九七五年、著者をはじめ自然観察会の人々が、ここを自然観察園として残し、飛来する渡り鳥を現状のまま保護してほしいという運動をおこします。
 本書は、その手探りから始まった運動の記録。都市に自然を回復させることの意味を考えさせる好著です。「結果を予想してひるむよりまず実行」という常に前向きに困難に立ち向かう生き生きとした運動が伝わってきます。署名運動を積み上げた自身、議会への請願を採択させただけでなく、自らのプランを作りさらにPR作戦を展開する。住民運動の先駆性を感じます。粘り強い運動を積み重ね、経験した著者の思いが伝わってきます。
日露戦争の世界史
9/5 毎日新聞 「今週の本棚」欄【五味文彦氏】 
 本書の特徴の第一は、列強の思惑や動きが極めて詳しく記されている点である。なかでも日本の対戦国であるロシアと、日本を後押ししたアメリカの動きとが詳細に描かれているのは特筆されよう。
 国益を求める外交の動きと国内情勢との内的な関連が生き生きと描かれており、一転二転三転する国際情勢とはこういうものかと思わされた。
(中略)
 第二は、日露戦争が実は韓国の保護権を争う戦争であったことを特に主張しており、それもあって日本の韓国併合までを扱っているが、その主張が本質をよくいいあてている点である。
 これまでは日本が満州の獲得を主目的としたことから帝国主義的と見なされ、韓国の保護を主張する論者の場合は、そうでないと主張することが多かった。しかし著者は韓国保護論そのものが本質であり、帝国主義的であったとする。
 日本が韓国を併合するのに最後まで障害になったのはロシアの動きであったことを指摘するとともに、本の最後では「日本の韓国併合は列強がそれぞれ自国の利益のため日本の野望を黙認した帝国主義的侵略実態を見せているのである。そこに、合法性や正当性が存在し得ないのは言をまたない」と結んでいるのが印象的である。
1. ディスタンクシオン
2. 声の文化と文字の文化
3. 地中海
ダカーポ 9/15号  
 こんな難解な書物を読む人いるの? と心配になるほど堅〜い学術書を手がける藤原書店。社長の藤原良雄さんにもあり余る余裕が感じられた。
 「売れる売れないは二の次。大事な本、紹介するに値する本かの見きわめが肝心なんです」
 1.は趣味と階級の関係を分析した社会学的名著。2.はマクルーハンにも影響を与えたメディア論の古典。ともに、原本が出版されてから約10年を経て日本で読めるようになった。
 「1. 2.、そして49年にフランスで出版されたアナール派歴史学の大作3.も、それぞれ主著といえる作品なのに、翻訳されてこなかった。既存の出版社の見識を疑いますね。机上の採算にとらわれて多くの良書が埋もれている。たとえ3000社出版社が存在しても顔が同じでは意味はない。実質は6〜7つの個性しかないんじゃないですか」
 藤原社長の自身は数字にもしっかり裏付けられている。3冊とも15〜20刷を数え、読者層すら広げているのだ。
 「専門家だけでなく一般の人が買い求めている。日本の知的水準は決して低くないし、多様化が進む社会では、今後ますます自社の書籍のような本物が求められる。読む者、読まない者の差はどんどん広くなっていく」
 売れる本ではなく、必要な本を出版することが編集者の使命だと、力説する藤原さん。この当たり前のことができていないのが出版界の現状で、反抗するように藤原書店の出版点数は年ごとに増えているという。
8月
朝鮮母像
8/31 週刊 民団新聞 「読書」欄
 「渡来人の技術、宗教などが息づく京都からやって来た」著者は、古い時代の交流の歴史を踏みにじった植民地支配下での暴虐の事実を、日本が敗戦になり、軍国主義から解放されることで初めて知るようになった。それが一般的な当時の日本人の状況だった。
 本書は日本の美術・文芸の中に、「母なる朝鮮」を見出す著者の半世紀にわたる随筆を集めたものだ、著者はまた、自由もなく、国民に真実を知らせない、かつての号令一下の時代には絶対反対の立場から、憲法9条を「改正」し、戦争ができる国にしたいという日本に警鐘を鳴らす語り部でもある。
環18号〈特集・「帝国以後」と日本の選択〉
8/30 朝日新聞 夕刊 「私が選んだ3点」欄
 E・トッドの著作をめぐる特集は、米国中心の世界政治経済の不安定性と米国の衰退を見据え「帝国以後」を模索する者に指針を与える。
石牟礼道子全集・不知火
8/29 熊本日日新聞  
 水俣病の被害者や失われた自然に鎮魂と回生の願いを込めてつくられた新作能「不知火(しらぬい)」の水俣奉納公演が28日夜、水俣市の水俣湾埋立地に観客約1300人を集めて開かれた。
 「不知火」は、熊本市在住の作家石牟礼道子さんが書き下ろした作品。すべての生命の母・海霊の宮の娘で、人によって汚染された海や陸を浄化する役目を負った不知火と弟・常若の死と再生を描き、観世流シテ方の梅若六郎さんが不知火を演じた。
 2002年の東京、03年の熊本公演を経て今回は、公式確認(1956年)から半世紀を迎える「水俣病50年の法要」と位置付け、被害者や支援者、市民らが主催団体「水俣奉納する会」を結成。約170人のスタッフが準備を進め、原因企業のチッソにも協賛を求めるなど注目を集めた。観客は、かつて水銀汚染が広がった水俣病原点の地で、静かに奉納の舞台を見守った。
石牟礼道子全集・不知火
8/29 毎日新聞  
「熊本/くまもと」欄
 生命の受難に鎮魂と再生の祈りをささげる新作能「不知火(しらぬい)」の奉納が28日夜、熊本県水俣市の水俣湾埋め立て地であった。観世流の梅若六郎さんらが水俣の苦悩や未来への希望を優美な舞で表現し、立ち会った観客らを魅了した。
 「不知火」は熊本市の作家、石牟礼道子さんが書き下ろした。竜神の娘、不知火とその弟、常若(とこわか)が自らの命と引き換えに海陸の毒をさらう物語。水俣病の原因物質の水銀を封じ込めた埋め立て地に舞台を設け、約13000人が来場。月明かりに舞が浮かび、朗々と歌うような声が海風に乗って響き渡った。
石牟礼道子全集・不知火
8/29 西日本新聞  
 水俣病の痛苦を描いた作品で知られる作家石牟礼道子さんが書き下ろした新作能「不知火(しらぬい)」が28日夜、熊本県水俣市の水俣湾埋立地の特設舞台で奉納公演された。
 全国から約1300人が集まり、あらゆる生命への鎮魂と地域回生の祈りをささげた。
 1956年の水俣病公式確認からあと2年で半世紀。水俣病の原因物質・水銀を含むヘドロを埋めた“苦海の地”で、法要と位置付けた後援が実現した。
 この日、不知火海に落ちる夕日を背景に、原作者の石牟礼さんが「足の下は27年前まで豊かな渚だった。大方のモノは死に絶えましたが、ここに新作能を奉納してもらいます」とあいさつ。「繋がぬ沖の捨小舟、生死の苦海果てもなし」の謡が響く中、梅若六郎さん演じる不知火が登場。魂に見立てた球体和紙の灯明を持つ白装束の「コロス」が舞い、幻想的ムードを醸し出した。
 患者たちは精霊舟三隻に“魂”を載せて水俣の海に送り出し、厳粛に幕を閉じた。
石牟礼道子全集・不知火
8/29 朝日新聞  
 水俣病などを題材に創作活動を続ける作家石牟礼道子さん原作の新作能「不知火(しらぬい)」の奉納公演が28日、熊本県水俣市であった。
 舞台は、水俣病の原因となった水銀ヘドロを封じ込めた水俣湾の埋め立て地。竜神の娘「不知火」と、弟の「常若(とこわか)」が命を懸けて海と陸の毒をさらう物語だ。
 「繋がぬ沖の捨小舟、生死の苦海果てもなし」
 恋路島を背に、地唄が響き、約1300人が鑑賞した。
石牟礼道子全集・不知火
8/28 毎日新聞 「ひと」欄
【緒方正人さん
(新作能「不知火」水俣奉納する会代表)】
 水俣病発生から50年。犠牲になった多くの生命に、鎮魂と再生の祈りをささげる「奉納」を「区切りの法要」と考え、準備に奔走してきた。
 「不知火(しらぬい)」は、「苦海浄土」など水俣病を題材にした作品で知られる熊本市在住の作家、石牟礼道子さんが書き下ろした新作能。竜神の娘と弟が命と引き替えに海中の毒をさらうという物語で、熊本県水俣市の水俣湾埋立地に舞台を設け、28日夜、梅若六郎さんらの出演で奉納される。
 舞台となるのは、原因となった水銀を含む汚泥を封じ込めた場所で、まさに水俣病の“爆心地”。
 地球規模の環境汚染が進む中、生活の利便性がなお追求される現代社会で「生命受難の記憶は失われている」と言い、「不知火」水俣奉納がその記憶を呼び覚ますことを願う。
石牟礼道子全集・不知火
8/26-27 西日本新聞 【編集委員・松尾孝司氏】
 作家の石牟礼道子さんが書き下ろした新作能「不知火」が28日夜、熊本県水俣市の百間埋立地で上演される。チッソが垂れ流した水銀入りの廃液で、水俣病となり底知れぬ苦しみの世界へと突き落とされた患者の心を照らし学ぶ、という、深い慈しみの情念が漂う作品。水俣病という近代の受難を乗り越え、亡くなった患者の魂を「極限の美へと昇華させよう」という願いが込められている。熊本市の石牟礼さんの仕事場を訪ね、その「不知火」に込めた思いと、刊行が進む「石牟礼道子全集」について聞いた。……
環境問題を哲学する
8/25 読売新聞 夕刊 「環境と文明の間」欄
 将来の危機を考える一つの視座として、環境倫理がある。
 『環境問題を哲学する』は「生活の快適さ、利便性という〈よいこと〉と、自然環境の保全という〈よいこと〉。文明の規模が大きくなりずぎた結果、この二つが衝突を起こし、両立しないという事態にいま我々人類は直面している」と問題の所在を定義する。
朝鮮母像
8/22 日本農業新聞 「こころの一冊」欄【増田れい子氏(ジャーナリスト)】
 私たち日本人、当然私自身もそうなのだが、「冬のソナタ」のとりこになってヨン様やチェ・ウジュさんの美しさにボウッとなりながら、歴史的につくられ、注ぎ込まれてきた隣国朝鮮韓国に対する偏見のくびきから自由になろうとしていない。偏見に気づこうともしていないし、それを積極的に追い出そうともしていない。ただ怠慢にうやむやな態度を続けている。
 岡部さんは違う。進んで内なる偏見を発見。摘出するという荒行を課す。
 「下駄の音」という文章がある。大正生まれで着物を常着にしている岡部さんは下駄が好き。下駄のおしゃれを楽しんできた。しかしあるとき金達寿さんの小説を読んで、この大好きな下駄のからころいう音が、朝鮮人にはどれほど恐怖を呼ぶ増悪の音であり、許せぬものだったかを知る。
 1910年の力ずくでの日韓併合の結果、ヒト、モノ、カネは朝鮮の民衆の手から日本という支配者の手に移され、日本上位、朝鮮下位の徹底した民族差別と利用が始まった。土地は収奪され、日本語の強制、姓名の変更、本土への強制連行……と、苦難は1945年の日本の敗戦による朝鮮全土の解放まで間断なく続いた。
 「下駄の音」は生活の基盤を奪われた人々がすがる金貸しが、とりたてにやってくる時の音、絶対者のたてる不気味な音だったのだ。
 「知らなかった」。岡部さんはしかし「知らなかった」自分を甘やかさない。同時に「知らそうとしなかった」支配者も許さない。その剛毅な精神に学びたい。
多田富雄全詩集 歌占
現代詩手帖 8月号 「Book」欄【城戸朱理氏】
 表題作にもなっている「歌占」は、死んで三日後に甦った伊勢の神官が、歌占いで未来を予言し、地獄の様を語り舞い狂うという凄絶な謡曲「歌占」に材を取り、死んだ男が甦って、地獄を語るというもの。それは、倒れて三日間、死線をさまよったという著者の経験と二重映しになるものでもあるわけだが、決して、それだけの作品ではなく、著者が若いころに親しんだというエズラ・パウンドの『詩篇(キャントーズ)』の地獄下りのイメージも重層化されているように思われる。
 どの詩も言葉は平明であるが、鬼気迫るものがある。それは、「おれは新しい言語で/新しい土地のことを語ろう」(「新しい赦しの国」)という意志から生まれたものだからなのか。それとも著者が、倒れてのち、新たに獲得した視力のためなのか。なかには、入沢康夫『漂う舟』の諸篇と比肩できるほどの作品も見受けられる。
 倒れてのち、確かに異様な出来事が起こったのだろう。それは紛れもない詩神の誕生であったことは疑いを入れない。その姿は、あたかも老いて盲いた後、稀代の名人と謳われた能役者、友枝喜久夫のごときである。
環18号〈特集・「帝国以後」と日本の選択〉
アサヒ・コム 「ニュースの本棚」欄 高成田亨氏
 季刊『環』(藤原書店)の最新号は、「『帝国以後』と日本の選択」と題して、トッドの『帝国以後』について、さまざまな読みとり方を特集している。唯一の超大国として、かつてのローマ帝国のように振る舞う米国に対して、もうあなたの時代は終わっている、と宣言したトッド氏の著書は世界に衝撃を与えたが、イラク戦争後の展開はまさに米国が「裸の王様」状態になっていることを示した。イラク戦争は、米国の転落の道標であり、そこに置かれる象徴がブッシュ像となるのは確かだ。
 いまの時点で、トッド氏の著書を読み直してみようという企画は、なかなか刺激的である。私も小論を書かせていただいたが、それは除いて、トッド氏のインタビュー、榊原英資、佐伯啓思、西部邁各氏らのトッド論は、読み応えがある。
日露戦争の世界史
8/16 朝日新聞 夕刊 「単眼/複眼」欄【四ノ原恒憲氏】
 崔文衡・漢陽大名誉教授の『日露戦争の世界史』は、欧米列強のアジア政策に目を向ける。膨大な外交文書を分析し、「日露戦争は世界戦争だった」と説く労作だ。(中略)最終章で10年の「日韓併合」を取り上げているように、「日本は非常に早い時期から、韓半島と満洲は一体の問題ととらえており、そこの利権を巡る日露戦争は、後の日韓併合につながる大変大きな問題だ」と語る。
 欧米列強は当時残された大きな利権の地である東アジアに進出するため、様々な外交政策を駆使し、日本を利用しようとした。「もちろん、日韓併合はゆるせない行為です。でも、日本も単に利用されただけでなく、欧米列強の争いを逆に利用し、欧米の政治状況にまで影響を与えながら、結局、多くの国際世論を味方につけ、日露戦争に踏み切った。その意味で、世界戦争だし、そのしたたかな外交能力は認めざるをえない」と語る。
黒いアテナ
8/15 奈良新聞 「書評」欄
 著者は、広範囲な学問分野から証拠を集め「古代ギリシア人が黒人だった」という結論を導き出した。それだけでも衝撃的なのに加えて、「古代ギリシアは白人」という考え方は、現在のヨーロッパ文化の原点であるギリシア文化が黒人によってもたらされたものであってはならないという思いからの確信犯的な「歴史の偽造」であることを強烈に主張した。
 考古学と当時の文書を情報源に青銅器時代のギリシアとその他の東地中海地域との関係が考察の中心となっている。論考が深まるごとに、パズルを埋めるように少しずつ現出する古代の世界に心躍らされる。
黒いアテナ
8/15 毎日新聞 「書評」欄【三浦雅士氏】
 1987年、ニューヨークの書店で『黒いアテナ』という本を見つけ、表題と目次に惹かれて買い求めた。ざっと眼を通したにすぎないが、たいへん興奮した。古代ギリシアは古代エジプトの植民地だったという仮説が提唱されたのである。驚きはしなかった。出るべくして出る本が出たと思ったからだ。
(中略)
 常識的に考えて、古代ギリシアが古代エジプト文明から生まれたことは疑いない。むしろこの事実を200年のあいだ否定しようとしてきたヨーロッパの、科学的と称する歴史学や考古学のあり方こそが問題とされるべきだろう。古代史ファンには堪えられない夏休みの贈り物だが、歴史学者や考古学者にはちょっとした夏休みの宿題といったところだ。
多田富雄全詩集 歌占
8/14 東京新聞 夕刊 「土曜訪問」欄【久間木聡氏】
 「私はいま170歳の老人です」
 『免疫の意味論』『生命の意味論』などの著書で知られる世界的免疫学者にしてエッセイスト、能楽評論家の肩書きも持ち、自ら脚本も手がける多田富雄さん(70)は、自身の置かれた境地をこう表現する。「丸3年の間に100年がたってしまったようです。170年間に起こったこと、過去も未来も見えるような気がします」
 ことし5月に発表した詩集『歌占』のあとがきが、「丸3年」を次のように説明している。
 「2001年の5月、旅先で脳梗塞の発作を起こし…突然金縛りにあったように体が動かなくなり、3日あまり死線をさまよった。目覚めたときは右半身が麻痺し、驚いたことに私は声を失っていた。叫んでも声は出ず、訴えようとしても言葉にならない恐怖。…だが脳梗塞の経験は、私に何か不思議な能力を与えたような気がする。…何か新しい回路が生まれたようだ」
 その意味をもっと知りたくて、取材申し入れの手紙を書き送り、事前に電子メールで行った何度かのやりとりを経て、東京・本郷の自宅を訪ねた。
……
歴史人口学と家族史
家族社会研究 vol.16 no.1 2004 「文献紹介」欄
【岡田あおい氏(帝京大学)】
 本書は、「ユーラシア社会の人口・家族構比較史研究(EAP)」の成果の一つとして出版された、歴史人口学と家族史の基本論文をまとめた、いわば個別論文集の邦訳である。本書は4部で構成され、巻末には訳者による解題があり、それぞれの論文の概要と学問的位置づけが丁寧に記されている。
日本が見えない 竹内浩三全作品集
・ 8/8 読売新聞

・ YOMIURI BOOKSTAND
「本のよみうり堂」欄【稲泉連氏】
「著者来店」欄【稲泉連氏】
 当時の読書委員で詩人の平田俊子さんが取り上げたのは小林察編『日本が見えない 竹内浩三全作品集』竹内浩三?だれだそれは――早大の“5年生”だった新進ライターは首をひねったが、書評を読むとすぐ本屋へ向かった。700ページ余の分厚い本は8800円。「よく買ったなあと思います」。23歳で戦死した無名の詩人は今も「知る人ぞ知る」存在だろうが、平田さんの書評は「部分的に竹内浩三を利用するのではなくどうか丸ごと受けとめてやってほしい」と訴えている。稲泉連(れん)が「丸ごと受けとめ」た。例えば〈街はいくさがたりであふれ/どこへいっても征(ゆ)くはなし 勝ったはなし/3ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど〉。この・けれどのつよい共感を覚えたという。
「骨のうたう」の竹内浩三 戦中の鋭き詩 歌に乗せ響け
8/10 朝日新聞 (東京面)

 おおらかな精神と鋭い言語感覚を持ちながら若くして戦死した詩人、竹内浩三の作品を紹介する催し「骨のうたう 歌と詩の会」が終戦記念日の15日、杉並・西荻窪のライブハウスで開かれる。浩三の作品にほれ込んだ横浜市の団体職員、小園弥生さんらが、浩三が学生時代を過ごした地に「歌をとどけよう」と企画した。詩や日記を、朗読や歌、ギターや二胡(にこ)の演奏で伝える。
スコットランドルネッサンスと大英帝国の繁栄
社会経済史学 Vol70,No1 「書評」欄【林明音氏】
 本書は時空ともスケールの大きい書物である。文中にはスコットランド京急の第一人者こそ洞察できた論点が多く含まれている。その意味でスコットランドという地域が持つ学問的魅力を存分に味わうためには、本書は最も適切な書物になるだろう。
朝鮮母像
未来 8月号 「わたしの[暗黒日記]」欄く
【本田雅和氏(朝日新聞社会部記者)】
 6月20日(日) 岡部さんの123冊目の著作『朝鮮母像』をむさぼり読む。自宅に届いた朝鮮新報6月16日号には朴日粉記者の秀逸な書評が載っていた。
日露戦争の世界史
8/5 読売新聞 夕刊 【時田英之記者】
 日露戦争開戦百年にあたる今年、内外でこの戦争の意味を問い直そうという動きが出ている。そんな中で、『日露戦争の世界史』を刊行したばかりの韓国・漢陽大名誉教授の崔文衡氏が出版元の藤原書店の招きで来日した。
 新著は20年がかりで準備してきたものが偶然、開戦百年とぶつかるタイミングもあり、日韓両国で出版されることになった。
 その狙いは「日露戦争を世界史的な視野からとらえ直すこと」だったと言う。「日本を含め、多くの研究は日本とロシアの関係にばかり注目してきた。しかし実際は日露と米英独仏、それに清、韓国を加えた8ヶ国の相互反応の結果が日露戦争だったのです」
(中略)
 「日本にしても、狡猾な欧米列強に踊らされた面がある。もっとも、“踊りつつ踊った”ことも忘れてはならない。だから日本の韓国併合が正当だったなどとは決して思わないが」
 新著は学術書ながら本国での評判もまずまずとのこと。「これを機に日韓の歴史研究者の対話が深まれば」と、新著に込めたもう一つの狙いを語っていた。
朝鮮母像
8/1 長崎新聞 「新刊コーナー」欄
 はんなりとした繊細な言葉遣いで、多くの愛読者がいる著者。だがその文章には、時に激烈なトーンが加わる。加害者であること、あったことに鈍感な者への、真っすぐな怒りゆえである。
 朝鮮をめぐる45年前からの文章を集めた本書は、隣人への細やかな心遣いと、歴史への内省的な態度で満ちている。
 柔らかくも、透徹したまなざしが、ここにある。
石牟礼道子全集 不知火
8/1 公明新聞 「文化」欄【高田宏氏(作家)】
 石牟礼道子のエッセーには、読む者の胸の奥にとびこんで、まるで火傷のように焼きついてしまう場面が多い。『苦海浄土』は、いまさら言うまでもなく、チッソ工場が排出した有機水銀が海を汚染し、魚介類に濃縮され、それを食べた人間の多くに重篤をな症状を引き起こした「水俣病」についての、地道な調査と悲痛な叫びの記録である。レイチェルカーソンが農薬による環境汚染のおそろしさを訴えた『沈黙の春』と共に、20世紀の人類が手にした最重要な2冊であると思う。石牟礼道子もレイチェルカーソンも心やさしいだけではこれらの本は書けなかっだろう。燃え上がる炎を内に抱えていた。たった一人ででも、世界に向き合う気迫がなければ、こんな本は書けない。石牟礼道子は「切腹いたしやす」の気概と気力と、そして燃える優しさを素にしてこの本を書いている、と思う。石牟礼道子全集の刊行が始まった。全17巻と別巻(自伝)。その世界は深く、広い。ぼくの好きな1冊に『常世(とこよ)の樹』(第6巻所収)がある。九州・沖縄の巨樹を訪ねあるいた紀行文集なのだが、この本の冒頭に、こんな1行が書かれる。すなわち、「海が声明の母であるのを物語っているのは樹たちである」と。そして、九州南部や沖縄諸島の海岸で潮を吸って生きているマングローブを語るとき、「生命が海から陸へ揚がってゆくさま」を、石牟礼道子はありありと見る。彼女の五官が、生命の長大な歴史に共感し、共振し、歓喜の声を挙げてゆく。ためらいなどのない、まっすぐな喜びが語られる。気迫みなぎる文章だ。
帝国以後
週刊東洋経済 7/7・14合併号 「2004年夏休みに贈るベスト経済書
50人が選んだ100冊」欄
【井上礼之氏(ダイキン工業代表取締役会長兼CEO)】
 フランス、ドイツを中心とする「大陸ヨーロッパ」がアメリカという覇権国家をどのようにとらえているかがわかる。イラク問題をめぐるアメリカと仏独の外交的確執の思想背景も垣間見え、日本が国際社会に対してどう立つかという視座を提供する。
「オリエント」とは何か 別冊『環』8
しゃりばり 8月号 「ブラキストン線」欄
【粕谷一希氏(評論家)】
 『環』の特集は、むしろ、今日の紛争を超えて、歴史の奥に垣間見えるオリエントという、東西文明の原点を見据えようとするものである。西洋文明と東洋文明が共にそこから誕生したオリエントを問題にしている。それはイスラム教以前の世界であり、話である。
 特集自体は、オリエントの風土と歴史、宗教、諸文化の交流と融合という三部門に分かれ、20数人の学者が動員されている。
 これは今日のメディア状況のなかで、きわめて異常で、例外的で、そして新鮮な試みである。メディアが商業的成功を追うあまり、本来の言論の意味を見失い賭けている今日、初心に返った、素人くさい書生議論である。しかし、こうした問いがメディアとして成立することが証明されるなら、これほど喜ばしいことはない。
 と同時に、これまでの日本の歴史学が、日本史、東洋史、西洋史に分かれ、その枠組みのなかで、研究テーマや叙述の形式が決められてきたことを考えると、西洋文明、東洋文明を共に誕生させたオリエントという視点は、新しい歴史学の誕生にとってきわめて刺激的といってよい。ギリシア・ローマにはじまる西洋史も、支那・印度に属する東洋史も、それぞれにバイアスがかかっている。
7月
南方熊楠の曼荼羅/異なるもの異なるままに  社会学者 鶴見和子
7/31 京都新聞 「明日への視座」欄
パリ・日本人の心象地図1867-1945
7/31 図書新聞 「2004年上半期読者アンケート」欄
【小倉考誠氏(フランス文学・文化史)】
 明治から昭和初期にかけてパリに暮らした日本人が形成した独特の心象地図を、文学作品、回想録、手紙、日記、新聞などにもとづいて丹念に跡づけてみせる。著者たちがみずからパリに何度か足を運んで、主な界隈を歩きつくした体験が生かされている。都市を理解するためには歩かなければならないのだ。

ボヌール・デ・ダム百貨店
7/31 図書新聞 「2004年上半期読者アンケート」欄
【高山宏氏(英文学)】
日露戦争の世界史
7/30 週刊読書人 「43人へのアンケート
2004年上半期の収穫から」欄
【斎藤貴男氏(ノンフィクション)】
 崔文衝『日露戦争の世界史』が、近頃はやりのたわけた日露戦争バンザイ史観をたたきのめしてくれた。次は武士道ブームをどうにかしたい。
 なぜなら何もかもが新たな戦争への道行きに通じさせられてしまう。
石牟礼道子全集・不知火
7/30 週刊読書人 「43人へのアンケート
2004年上半期の収穫から」欄
【金森修氏(科学論)】
 待望久しい石牟礼さんの全集が今年から刊行が開始された。素晴らしい! の一言に尽きる。「水俣学」が取り沙汰される今日、あの大規模な公害とそれへの社会的、政治的反応の軌跡は、いまなおわれわれに極めて多くの思索の材料をもたらしてくれる。その膨大な関連資料のなかでも、石牟礼さんの一連のお仕事は最も貴重なものの一つだ。
黒いアテナ
7/30 週刊読書人 「ベストセラー告知板」欄
【松下康子氏
(リブロ池袋店人文書担当)】
ジョルジュ・サンド
7/29 聖教新聞 【持田明子氏(九州産業大学教授)】
 2004年は、19世紀ヨーロッパで最も社会の注目を集めた女性作家ジョルジュサンドの生誕200年にあたる。
 本国フランスでは、国会の上院、下院での記念行事をはじめ、全国各地で、シンポジウム、講演会、展覧会など、文字通り、枚強にいとまがないほどのイベントが次々に催され、時代にはるかに先んじた、自由な、そして社会に積極的にかかわったその生き方とペンに託した思想に、まばゆいほどの光があてられている。
(中略)
 ペンを手にした人間がその時代の中で果たすべきことは何かを常に考え、近代社会が抱えるさまざまな問題――不平等と貧困、搾取される労働者や女性の解放、死刑と牢獄等々――を作品に投入し、読者に精神的糧を与え、「感動を引き起こし、心を揺り動かす」作品を書こうとした。
 ほぼ同時代を生きた作家ヴィクトル・ユゴーは、最晩年のサンドに宛てて、「芸術的見地から、あなたは現代のみならず、あらゆる時代において、最も優れた女性です……あなたがかくも気高い魂をお持ちであることに感謝します」と書き送った。
 さらにその死を悼んで「私は死せる女性に涙し、不滅の女性をたたえる…この女性のなしたことが偉大であるゆえに、私は彼女を称賛し、なしたことが高潔であるゆえに、彼女に感謝する」と述べたのだった。
愛と文体
7/28 BOOK asashi.com 「ニュースの棚」欄
【中川謙氏(朝日新聞編集委員)】
 仕切りを取り払おう。壁をなくそう。「グローバル化」がこうささやく。つまり経済・政治分野で盛んな規制緩和。同じ現象が男女の仲でも起きているらしい。携帯のボタン操作ひとつでカップルが誕生する。様々な壁の向こうにいる異性に工夫を凝らして呼びかける必要がない。愛の言葉が貧しくなっていく道理である。
 ルイ・アルチュセール『愛と文体 I、II』(藤原書店)を読み、その意を強くする。フランス構造主義の旗手とうたわれた男が人妻に宛てた500通の恋文をまとめた。
 「フランカ、フランカ、フランカ……」。厚く高い壁の向こうに届とばかり、想う女性の名を狂おしいほどに連ねる文面の、ほんの1箇所だけ紹介しよう。
 「僕らは2人とも悲劇を紡ぐ糸に絡め取られて、その悲劇を僕らはさまざまなシンボルを使ってしか、沈黙、苦しみ、惑乱を盾にしてしか生きることができなかった」
 これが出会い系で知り合った二人の間に交わされる、携帯メールだったらどうだろう。「フラちゃんへ、ルイですぅー」。「僕たちちょっとめんどいことになったね。でも、難しく考えず適当にやろう、ってことかな」。って、ことなのか。
 目を見張る情報技術(IT)の発展は、なるほど経済の世界化に多大に貢献している。瞬時の情報の伝達には、偏在する有形無形の規制の壁をたちどころに吹き飛ばしてくれる。
 これが男女関係に適応された場合、カップルを絡め取る「悲劇を紡ぐ糸」もかき消される。存在はするはずだが、少なくとも目には見えにくくなる。
歌占
7/25 北海道新聞 「読む」欄【野沢啓氏(詩人)】
 免疫学の権威でもある多田富雄氏が脳梗塞で倒れたのを機に刊行された全詩集「歌占」に惹かれるものがあった。病で倒れたあとのリハビリ中に書かれたものもふくめ若いときからの作品を集めたものだが、これがなかなかいいのである。とくにリハビリ中のものは声を失った代償として書かれたものだけに切実だ。おりにふれて書かれたものばかりとはいえ、地雷で脚を失ったアフガニスタンの少年に思いを寄せる作品などが印象に残る。
鳥よ、人よ、甦れ
7/24 読売新聞 「こころの四季」欄
【聞き手・松本由佳氏】
 住民の保護運動によって東京湾野鳥公園が生まれて15年。運動の中心にいた芥川賞作家は今も、人と自然の未来を見つめている………
朝鮮母像
7/18 佐賀新聞  

 はんなりとした繊細な言葉遣いで、多くの愛読者がいる著者。だがその文章には、時には激烈なトーンが加わる。加害者であること、あったことに鈍感な者への、真っすぐな怒りゆえである。
 朝鮮をめぐる45年前からの文書を集めた本書は、隣人への細やかな心遣いと、歴史への内省的な態度で満ちている。
 柔らかくも、透徹したまなざしが、ここにある。
朝鮮母像
7/18 週刊 京都民報 「ブックエンド」欄
 70年代の作品「差別と美感覚」では、「体制の悪と闘う勇気を持たぬ者が、美をたたえることは悪を温存することである」と初心を明らかにし、朝鮮の磁器の「美」を愛でながら、生み出された土地や歴史を知ろうとしない日本人の「醜」をえぐります。ソウル延世大学の講演では日本での改憲の流れを批判し「仲良く人類愛を味わえる、そういう世界に」と締めくくっています。
 志を貫き、韓国・朝鮮との文化交流に尽くしてきた著者の足跡を知る書です。
完本 狭山裁判
7/18 東京新聞 「『今』がわかる名著」欄
【飯田正剛氏(弁護士)】
 鎌田慧『狭山事件――石川一雄、41年目の真実』(草思社)は、石川氏へのインタビューなど新しい材料で、狭山事件が冤罪であることを明らかにした力作である。私たちは、既に狭山事件については、野間宏『狭山裁判』(藤原書店)という大労作を持っているが、先週の紙面で橋本克彦氏が「事実を屹立させ司法を撃つ」と書評しておられる通り、膨大な記録・資料を読み込んだ鎌田氏が、具体的な事実をもって冤罪を明らかにしている。
 貧困と無知と非識字により冤罪を押し付けられた石川氏が、奪われた文字を獲得し、検事や判事の論理を批判することによってその恨みを晴らしたことを論証し、「学ぶことの勝利」と明言するところは、感動的である。
日露戦争の世界史
7/18 毎日新聞 「本と出会う―批評と紹介」欄
 日露戦争を、帝国主義国の利害が複雑に絡み合った〈世界大戦〉ととらえた興味深い内容です。
 韓国併合に突き進んだ日本への批判は当然としても、印象的だったのはアメリカに対する手厳しい叙述です。
 アメリカの支援が日本の開戦を後押ししたこと。旧満州(中国東北部)の利権から、戦後は日本への圧力に転じたこと。「その行動は徹頭徹尾、国益に基づいていた」と断じています。
 さらにアジアの戦争は、ヨーロッパでの勢力争いにつながったというのです。
 「研究は国際情況の推移の中で客観的に進めるべきです。感情を爆発させては歴史ではない」と崔さんは言います。日露戦争の再考がいま盛んですが、こうした巨視的なアプローチは日本人にもほしいところです。
石牟礼道子全集・不知火
7/17 熊本日日新聞 【岩岡中正氏
(熊本大法学部教授・俳人)】
 本年4月より『石牟礼道子全集・不知火』の刊行が始まった。これによって、単なる反公害運動家でもアニミズムの巫女でもない、最も深いところから時代をリードする現代思想家・石牟礼道子の全貌が明らかになるだろう。いわゆる「石牟礼ワールド」を超えた、豊かな「石牟礼コスモロジー(宇宙論)」が見えてくるだろう。
(中略)
 今日、自然科学から人文科学まであらゆる分野で、近代知から脱近代知へのパラダイム転換が進行している。認識主体が対象を分析、分類、要素還元し推理、法則化し再構成する、二元論的で機会論的な近代知ではとらえられない、生や生命の全体を把握する新しい知が、いま求められている。
 石牟礼文学は、この脱近代の知という点で、実は最先端の科学であって、それを解く鍵は私たちの生命の不思議の中にこそある。
 水俣病が提起した文明史的課題もまだ終わっていない。それどころか、「近代の終わり」である今日、この課題は私たち自身の「内なる近代」の問題としてますます重いものになってきた。『苦海浄土』三部作にはじまる全集の刊行を機に、私たちは石牟礼が示すこの新しい知の世界へ向けてさらに新たな巡礼を続けなければならない。
朝鮮母像
7/17 沖縄タイムス 「今週の平積み」欄
【高良勉氏(詩人)】
 岡部伊都子は日本の朝鮮民族に対する植民地政策と差別の歴史的責任を問い続けていた。
 46年余、その問い続けた時間の重さを思う。その思想と視線の先駆性。岡部が提起した問題に、ようやく日本社会が追いついてきた事例も多い。
 なぜ、日本人の朝鮮民族に対する歴史的責任を問い続けるのか。「日本人はまともな人間であってほしい。自分もそうなりたい」(「朝鮮のみなさまへ」)これが伊都子の祈りだ。私や、我が琉球民族はどうだろう。岡部の文章は柔軟で詩的に美しいが、その問いは鋭く重い。
日露戦争の世界史
7/16 週刊読書人 【大谷正氏(専修大学教授・日本近代史専攻)】
 本書の特徴はなによりも、多角的な国際関係の中で、日露戦争と日本の韓国併合を論じた点である。資料収集と研究に費やされたであろう膨大な時間と忍耐には敬意を表する他はない。また、1898年から1910年にいたる、朝鮮問題と関連したアメリカの東アジア政策の分析と体系的な叙述は本書の骨太な骨格をなし、この労作の価値を高めている。(中略)崔氏は日本の研究に注目し、森山茂徳氏や千葉功氏の研究を批判的に紹介しているので、今度は日本側の研究者からの忌憚のない反論や論争が期待される。そしてそのことが「日韓両国の若い研究者たちの間で日露戦争研究の共同の場」(本書序文)が作られること、ひいては両国の国民の間の相互理解の前進につながるのではなかろうか。本書は研究者のみならず、広く日本の読書人が読むべき本である。
歌占
7/14 東京新聞 「詩の月評」欄【井坂洋子氏(詩人)】
 詩とは本来そうしたものであるのだと感じた。詩とは何かが、これほどはっきりとした掴みやすい文脈で語られたことはあっただろうか。表題作は、能の「歌占」を下敷きにしている。伊勢の神職の身であった男が神罰により頓死する。3日めに蘇生して、以後短歌の書かれた短冊占いをして諸国を渡る。この謡曲は,男の3日間の地獄めぐりという点が著者の体験と重なっている。男の口を借りて、著者はこう書く。「そこは死の世界なんかじゃない/生きてそれを見たのだ/死ぬことなんて容易い/生きたままこれを見なければならぬ/よく見ておけ/地獄はここだ」別の詩ではアフガニスタンの悲劇に触れてもいるが、今ここの地獄界に、見て見ぬふりをしていられないと詩人たちは語りだすようである。
朝鮮母像
7/14 聖教新聞  
 人気俳優の動静から外交交渉まで、朝鮮半島の出来事がこれまでになく身近に感じられる今、韓日交流を考える上でひとつの視座を与えてくれる本が出版された。
(中略)
 「戦前の教育をうけ、戦争に協力し、敗戦で価値観を逆転させ、失敗を重ねながら生きてきた自分の心を書いてきた」著者は、日本統治下で朝鮮の人々が名前も言葉も、生存権さえ奪われ強制連行されていた事実を知って戦慄する。
 本書巻頭に収録された韓国の延世大学での講演ではそのことに触れ「くりかえしておわびしても、おわびのしようがありません」と。その一人の日本人女性としての率直な姿勢から、友好の輪は韓国の、また在日の人々へと広がっていく。
 著者は怒りを隠さない。「高麗青磁や李朝白磁、井戸茶碗などに垂涎の好事家が、現実の朝鮮人を蔑視迫害する例はよくある。(略)どうして、美しき仕事をする人への敬意とならないのか」
ジョルジュ・サンド 1804-76
7/11 しんぶん赤旗 「ほんだな」欄
 女性解放、社会問題をテーマに100に及ぶ小説を執筆したジョルジュ・サンドの評伝。詩人ミュッセ、作曲家ショパンらとの恋を通した内面の変化と、第一帝政から普仏戦争、パリ・コミューンと続く19世紀フランスの歴史的事件を経て女性の政治的権利を求め、精神的自由を追求した姿がいきいきと浮かびます。本人の手紙や広い交遊を表す歴史的写真が豊富。
終わらぬ苦海から、浄土を拝む
『苦海浄土』 三部作完結
石牟礼道子に聞く
サンデー毎日 7/11号 【聞き手・葉上太郎氏】
 熊本県在住の作家、石牟礼道子さん(77)が水俣病をテーマに書き続けてきた小説『苦海浄土』の三部作が完結した。政治の場では“解決”がなされ、社会の記憶から日々遠ざかりつつある水俣病だが、実は問題は終わっていない。
 「繋がぬ沖の捨て小舟 生死の苦海果てもなし」。水俣病患者を舟になぞらえたかのような短詩から始まる『苦海浄土』は、石牟礼さんが生涯をかけて水俣病を書いてきた作品だ。1969年に第一部が刊行。先に第三部が完成し、第二部はこのほど刊行が始まった『石牟礼道子全集 不知火』で半分近く得お書き下ろすことで、完結した。
帝国以後
7/10 朝日新聞 「ランキンブック」欄
 Amazon.co.jp調べ(03.12.16.-04.06.15.の集計)
「外交・国際」部門
E・トッド『帝国以後』が第一位に。

ソ連崩壊を予言した著者が、イラク攻撃以降に「EU・ロ・日vs米」という新たな世界構造ができると予言し、フランスでベストセラーになった書。
仏歴史学・社会人類学者
エマニュエル・トッド
「主権移譲」は現実と乖離
7/9 日本経済新聞 「イラク再建と世界」欄
【聞き手・奥村茂三郎氏】
 ――イラクに主権が移譲された。
 「本当にそうだろうか。言葉と現実が乖離しているのではないか。米国はイラクの広範な地域で実家王的な支配力を失っていた。主権なるものを移譲された相手は米国の傀儡政権ではないのか」
 「政治的なスローガンと現実の乖離は全体主義的な国家の特徴だ。現在の米国は旧ソ連とよく似ている。旧ソ連は東欧を次々に『民主化』し、『人民のために』東欧に軍隊を派遣した。それとどこが違うのか。米国の多くの知識人やマスコミまでがこれを『主権移譲だ』という」
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石牟礼道子全集 不知火
週刊朝日 7/9号 「週刊図書館」欄
【森谷正規氏(放送大学教授)】
 患者の痛み苦しみの凄惨、市を支える大企業が犯人である不条理、美しく穏やかであった自然と人情の三つが、巴になって語られていいく。
 現代を心底から問う希少の文学作品が全集になって残るのが嬉しい。
多田富雄全詩集 歌占(うたうら)
7/8 毎日新聞 「私の3冊」欄
著名な免疫学者が病に倒れたのち、学生時代に親しんだ詩が蘇った。生と死を見つめる最新作に、江藤淳らと交友のあったころの初期作品などを収録。
朝鮮母像
7/4 京都新聞 【虫賀宗博氏(論楽社協同代表)】
 韓国のテレビドラマや映画で心が動きはじめたひとが『朝鮮母像』を手にするとびっくりするはずであるだ。金時鐘(キムシジョン)さん、徐勝(ソスン)さん、徐俊植(ソジュンシク)さん、その母の呉巳順(オギスン)さん、鄭詔文(チョンジョムン)さん…という朝鮮人の師友が岡部さんにとって、いかに大切で、いかに愛(いと)しい導き手であったかを知ることになるからである。岡部さんは婚約者を殺してしまったという加害の重いから再出発している。自らの人生の中心軸にいのちを置いた。その中心軸はぶれることなく、いのちへの旅が深まっていることを『朝鮮母像』が示してくれる。
 和解はわが日本社会のためである。誠心に和解し、自らのしばりを解き放つ道を『朝鮮母像』は示している。
水俣学研究序説石牟礼道子全集 不知火
7/4 毎日新聞 「今週の本棚」欄
【中村達也氏】
 「水俣病は鏡である。この鏡は、見る人によって深くも浅くも、平板にも立方体にも見える。そこに、社会のしくみや政治のありよう、そしてみずからの生きざままで、あらゆるものが残酷なまでに映しだされてしまう」。(中略)水俣病が公式に発見されたとされる1956年は、ちょうど日本経済が高度成長の道筋をたどり始めた頃。それからほぼ半世紀が過ぎた。経済が低迷していて公害や環境どころではない、水俣病はすでに過去のものといった空気さえ漂っている。そんなときだからこそ、「水俣学」の提唱が格別の意味をもつ。
(中略)
 水俣病問題はまだ終わっていない。この半世紀の経緯の中で、医学の狭い領域だけではなく、政治、経済、社会、歴史など領域を越える研究が不可欠であることが確認されてきた。毒物は胎盤を通さないという医学の定説を覆したのは被害児をもつ母親の言葉であった。専門家と素人との境界を越えた共同作業もまた不可欠なことが分かった。そうしたバリアフリーの研究が「水俣学」の目指すところでもある。ほぼ時を同じくして原田正純他編『水俣学研究序説』が出たし、『石牟礼道子全集』も刊行が開始された。「水俣学」は、これから創造され続けてゆく学問として誕生した。
石牟礼道子全集 不知火
週刊東洋経済 7/3号 「Books in Review」「注目の一冊」欄
【田中秀臣氏
(上武大学ビジネス情報学部助教授)】
 今、目前に、石牟礼道子氏のあまりにも圧倒的な全集が刊行されはじめた。まさになにものかが憑依し、生み出したという表現がふさわしい。(中略)全17巻は、読者に物言えぬ深い沈黙を強要するであろう。感動というよりも畏怖という沈黙を。
 水俣チッソ工場から排出された有機水銀汚染によって、脳を、神経を、肉体を、想像と現実が許す限り無惨に破壊された彼と彼女が、作者にまさに憑依することで、人と人とが共感するために生み出した言語を超える、常ならざる情念と怨呪の世界を築き上げた。逝ったものたち、これから逝くであろうものたちに送る鎮魂の書である。
帝国以後
週刊東洋経済 7/3号 「Books in Review」「テーマ書評」欄
【奥村宏氏(経済評論家)】
 「帝国論」ばやりである。書店の店頭には政治、経済、社会、歴史のそれぞれのコーナーに「帝国」と題された本がたくさん並べられているし、いろいろな学会で帝国が論題として取り上げられている。
 湾岸戦争、アフガニスタン攻撃のころから帝国に対する関心が世界的に高まっていたが、イラク戦争によってそれが一気に盛り上がった。
(中略)
 しかし、現状では、「帝国」の規定はまさに百家争鳴、百人百様である。
 現在の帝国論の関心は何よりもアメリカ帝国だが、アメリカ帝国は強いという常識に対して、その通念を徹底的にぶち壊しているのが、E・トッドの『帝国以後』である。
ゾラ・セレクション
週刊読書人 7/2号 「的場昭弘の読書日録」欄
【的場昭弘氏
(神奈川大学教授・社会思想史専攻)】
 最近小説をほとんど読まなくなった私が今夢中になって読んでいるのは、藤原書店が配本している『ゾラ・セレクション』である。19世紀に興味がある人間にはゾラはたまらない魅力を持っている。同じ藤原書店から配本された『人間喜劇セレクション』のバルザック同様、19世紀の社会生活を微妙な筆致で描くゾラもはやり月並みな作家ではない。
 『パリの胃袋』では、1850年代のパリ中央市場の様子が描かれている。『愛の一ページ』には、クリミア戦争当時まだパリの郊外であったパッシーが登場する。『ボヌール・デ・ダム百貨店』は文字通り百貨店の話である。この百貨店はボンマルシェ百貨店を髣髴させる。ゾラの作品は、19世紀のパリの様子を知る上には欠かせない一級の資料とも言える。
 これまで配本された作品の中で、とりわけ私の興味を引く作品は、『金』である。この作品の舞台はパリの証券取引所である。
6月
朝鮮母像
6/27 琉球新報 「本 BOOK」欄【東えりか氏(書評家)】
 日本がまだ倭(わ)であったころ、朝鮮は文化や芸術の手本であり、さまざまなことを学んでいたのだ。古代から往来があった狭い水道を越えて侵略し、非道なことを行ったのは日本の方なのだ、と岡部は繰り返し書く。
 加害者は忘れる。あるいは少しずつ正当化していく。しかし被害者の傷は癒えることなく、年を経るごとに沸々と怒りを増していくのかもしれない。そういう人々を思いやり、尊敬し、時には批判も恐れないそれぞれの随筆を一作読むごとに、私はしばし目をつむって考えてしまう。無知であることは恥ずかしいことなのだと思い知らされる。
 韓国の美しい青年が日本の婦人を熱狂させ、彼の一挙手一投足が注目される今、二国の関係を正確に知るために、本書をひもとかれるのがいいだろう。
朝鮮母像
6/27 共同通信配信 「新刊」欄
 はんなりとした繊細な言葉遣いで、多くの愛読者がいる著者。だがその文章には、時に激烈なトーンが加わる。加害者であること、あったことに鈍感な者への、真っすぐな怒りゆえである。
 朝鮮をめぐる45年前からの文章を集めた本書は、隣人への細やかな心遣いと、歴史への内省的な態度で満ちている。
 柔らかくも、透徹したまなざしが、ここにある。
哲学宣言
図書新聞 6/26号 【松本純一郎氏(フランス文学・思想)】
 「理念」や「真理」が相対化されあるいは崩壊したかに見える今日、哲学は可能なのか。諾、とバディウは応じる。では哲学の使命は何か。それは自らのテーゼを客観的なものとして主張するのでも、あるいはかつてのマルクス主義政治がそうであったように進歩主義的必然史観へと「縫合」された上で抹消されるためのみ存在するものでもなく、科学、政治、芸術、愛という四つの真理の共存する場を提示し保護することにある。また真理は既存の共存する場を提示し保護することにある。また真理は既存の知に穿たれた穴として状況へと到来する出来事から練り上げられる過程であり、ゆえに出来事に対して忠実であり続け得る/を耐え凌ぐ強靱な主体をこの過程は要請する。その意味でわれらは依然としてデカルト的近代の途上にあり、問題はポスト近代ではなく、むしろさらに近代(へ)の一歩を進めることだとバディウはわれらに檄を飛ばす。
(中略)
 言葉の権能が衰退しているという歴史認識に立ちつつバディウは論理の復活を、諸領野からの哲学の「脱−縫合」において/よって敢行する。だから彼にとって数学は「文字機能の空虚な権能」を担う哲学素なのだ。それは文字の上に(みえ)ないものをみる実践である。詩がそのような権能を担った時代もたかしかにあったのだが、ハイデガーはそれとは別に、「技術」との対質において詩を哲学に「縫合」したとバディウは言う。そのとき詩と哲学が混交し、逆説的にも哲学の場は、詩もろとも否定される。これに対しバディウは哲学の場を宣言し肯定しようとするが/ゆえに、そのとき哲学はイデアルな〈一〉、否定されるのではなく、ただ何処にも場を持たぬ場であ(ったことにな)るだろう。哲学を愛してやまぬアラン・バディウの、哲学という肯定の挙措のための〈宣言〉=肯定に向けた不可視の挙措のひとつひとつが、そのとき〈思考〉として肯定され明からしめられる。〈一〉の不可視の生起において、まさに〈今〉この書物を読みつつあるわれら(があること)を〈純粋な多〉として肯定する、その手つきの大胆さをこそ〈此処〉=本書にみて(よみ)とらねばならない。それが哲学の挙措なのだ/から。
日露戦争の世界史
6/23 BOOK asahi.com 「ニュースの本棚」欄
【論説委員・高成田享氏】
 日露戦争を欧米列強の東アジア分割ゲームという視点から捉え直している。日露戦争は、中国や朝鮮半島での支配地域をふやしたいという日本とロシアとの争いであったが、それは同時に、植民地獲得という意味で遅れてきたドイツ、フィリピン領有を目立たせたくない米国、日本を使ってロシアを牽制したい英国など、列強の戦略ゲームのなかで、日露が踊ったともいえる。
  日露戦争の調停役を買って出たセオドア・ルーズベルト米大統領は、戦争継続の限界にあった日本を助ける救世主であったが、一方的にどちらかを勝たせたくないという米国の戦略からみれば、まさに日本は踊らされたのかもしれない。戦争は政治の道具だという意味をなかなか理解できない日本人にとって、頭の体操にもなる好著だ。
日露戦争の世界史
6/20 奈良新聞 「書評」欄
 世界的に見れば、日露戦争は初の本格的な帝国主義戦争であった。これは単に日本・ロシア両国が帝国主義段階に入っていったということにとどまらず、両国を取り巻く世界列強の利害が、東アジアはもちろん地球規模でぶつかり合ったという意味で、文字通りの世界戦争だったのである。そして、著者の祖国はやがて植民地化の道を歩むことになる。
 本書は、日露戦争を世界史的視点からとらえ直し、日露両国のほかにイギリス、フランス、ドイツ等とりわけアメリカの対外戦略を克明に分析し、日露戦争=世界戦争論の実証に努めた労作である。
 とかく「戦勝の栄光」だけを追求する傾向にある日本の読書界において、本書が提起した課題は大きい。一世紀前の歴史的な事件の再検討を通じて、日本のあり方を考える貴重な一冊といえるだろう。
苦海浄土  石牟礼道子全集 第2巻第3巻
週刊ポスト 6/18号 「味わい本」 発見!欄
【編集委員・原田正純氏(熊本学園大教授)】
 私の“水俣通い”は1960年から始まっている。当時の水俣患者は、悲惨というか絶望というか、救いがないと思える状況にあった。孤立無援のなかでこの世の病を引き受けた患者たちは、苦海に沈みゆく無抵抗の稚魚のようであった。私たち医学はもとより、政治も、まして文学や芸術が彼らの何の役に立とうかと思った。
 そう思っていた頃、読んだのが石牟礼さんの『苦海浄土』であった。(中略)優しく、美しく、決して煽動することなく、それでいて激しい告発・怒りを伝える執筆は、悶々としていた私には衝撃的であった。同時に、これほど的確な症状描写とこころの語りを、過去の医学書の中に見たことがなかった。しかも、不思議なことに、実に客観的・医学的な記述であるのに、そこには、現世と霊界をも自由に行き来し、さまざまな小さいいのち、生類と語り合える“もう一つの娑婆(世界)”があった。(中略)
 水俣病は人類の「負の遺産」であり、患者は人類の「宝」である。今回、その「宝」を書き綴った『苦海浄土』の三部作が完結したことに、深い感慨を禁じ得ない。
複数の東洋/複数の西洋 ――世界の知を結ぶ
6/16 毎日新聞 「ブックウォッチング」欄
 違う文化、違う発展経路をもっていることがいいのだ(武者小路)/人間が可能性を十全に発揮できる社会の形は一つではない(鶴見)――世界を舞台に知的対話をリードする国際政治学と社会学の二人が「東洋vs西洋」という単純な二元論を批判し、多様性を尊重する世界のあり方と日本の役割を徹底討論する。乱世を生きぬく思想とは何か。
随筆家・岡部伊都子さんの「朝鮮母像」
6/16 朝鮮新報 【朴日粉記者】
 一人の女性として、日本の侵略戦争の原罪を背負い、そこから決して目を背けず50年あまり執筆し、発言し続けてきた随筆家・岡部伊都子さん。このほど半世紀にわたる「母なる朝鮮」への思いを込めた随筆集「朝鮮母像」を出版した。
 岡部さんの文章を貫く太い幹。それは日本文化の祖流こそ「母なる朝鮮」であるという深い思いであり、それを蹂躙し、ねじ伏せた日本への強い怒りであり、差別への悲しみである。
 岡部さん言葉、文章には、最初から、戦争に夫や恋人を奪われた被害者としての自己ではなく「加害者」としての「私」と徹底的に向き合い、その心の痛みをさらけ出し、差別の根源と真正面から闘おうとする迫力がある。
石牟礼道子全集 不知火
6/5 日本経済新聞 「文化」欄
【編集委員・内田洋一氏】
 水俣病の発生から、およそ50年。水銀の海だった熊本県水俣市の埋め立て地でこの夏、鎮魂の能「不知火」が上演される。海辺にの野仏を刻む運動を進めてきた患者たちは苦痛を超え、自然と共に生きる祈りの文化を築き始めた。


――石牟礼道子さんに聞く
 水俣病の受苦の歴史を記録した「苦海浄土」三部作が個人全集(藤原書店)刊行とともに完結した。作者の石牟礼道子さんに聞いた。

 「まだ書いていないことがある。患者さんも亡くなるし、更に書き継ぎたい。」
 「水俣の漁師はふだんから、よか役者じゃなあ、などと言うし、日常に演劇性がある。ところが水俣病になったら泣く場所もない。泣く場所をつくって差し上げたのです。民衆の根っこ、芸能に結実していく情念を書きたいと思った。」
 「チッソの人たちも会社としてでなく人間として水の神にお祈りしてほしい、とおっしゃいます。水俣の漁師は生命への慈しみがどうしようもなくある。人間も風土の中の草や魚のようなものと感じる。魚と同じくイキがいいから、生命の感覚が衰えていない。原初的で健やかな表現力を持った大切な人たちを滅ぼし続けてはいけません。」

多田富雄さんに聞く
邂逅歌占
6/1 毎日新聞 夕刊 【内藤麻里子記者】
 3年前の5月、脳梗塞で倒れた免疫学者、多田富雄さんが社会学者、鶴見和子さんと『邂逅』(藤原書店)、遺伝学者、柳澤桂子さんと『露の身ながら』と続けて往復書簡を刊行した。右半身のまひや、舌などのまひでしゃべれないという障害が残るが、2冊を通じて、「生」に挑戦する姿となお深まる思索が浮き彫りになっている。(中略)
 2冊の書簡集ではこうした多田さんの変容の過程がつづられる一方で、クローンや内分泌かく乱物質などさまざまな生命科学について論じられている。そこから人間の社会活動そのものにも言及する。例えばイラク戦争について「生命から抑制の原理を学ばねばなりません」と訴える。(中略)
 能への造詣も深く、依頼に応じて広島と長崎の原爆を題材に新作能を2本書いた。死線をさまよっているあいだ、夢の中で詩を書いていた。以前から書いていた詩をまとめ、『多田富雄全詩集 歌占』(藤原書店)を出した。
 「露の命ながら生き延びてしまったからには、死ぬまで積極的に生きるつもりです。やるべきことはもうしましたが、まだ何かが創造できそうです。これから起こることに期待します」。この2冊の本は、生きてゆくことへの戦闘宣言ともいえそうだ。
5月
石牟礼道子全集 不知火
5/29-31 共同通信配信  

 代表作「苦海浄土」をはじめ、名もなき人々の思いを詩的な物語に結実させてきた作家、石牟礼道子さん。初の全集の刊行が始まった。志村ふくみさんのデザインで清楚に彩られた全17巻・別巻一は“魂の言葉の集大成”という趣のある作品群だ。
 熊本市の仕事場を訪れたときは、6月刊の第一巻が校正段階。徴兵された教師の穴埋めに小学校の代用教員を務めた、16歳のころからの手記など初期作品を収める。(中略)
 「人間とは何だろう、どうしてこんなに、私のような小さな人間が苦悶するんだろうって考え始めた」。自己体験と熊本・不知火の風土に根差した言葉の探究は、短歌に、詩に、散文になった。そして、「風土を体現する精霊のような、内面の豊かな人たち」である不知火の漁民らが、水俣病に苦しみながら生き、闘う姿を描いた「苦海浄土」が生まれた。
 全集を機に、未刊だった第二部「神々の村」を書き上げ、「苦海浄土」三部作が完成した。(中略)
 だが「完結ではない」。水俣病の加害者も被害者も救われるための道をいま模索している患者たちを、描きたいのだという。自然との共生を忘れた人間の原罪を問い、もやい(共助)の精神を社会に取り戻すために。
 「二十世紀を支えた哲学は壊れましたが、それに代わる哲学が一番受難の深い人たちから生まれつつある。それを書きたい。書かないと、何のための受難だったか、皆さんが浮かばれない」
苦海浄土  石牟礼道子全集 第2巻第3巻
5/30 毎日新聞 「本と出会う―批評と紹介」欄
【中村桂子氏】
 本来被害者であり、弱者であったはずの人々が人間として大きくなり、加害者、被害者という形ではなく、皆が救われなければならない状態にある現代に気づいていく。そのような動きが生まれる原動力は、「苦海浄土」を核にした著者の行動にある。大げさなことなど何もしないのに。
 それにしても、石牟礼道子という人はふしぎな人だ。「親の出てきた島にある無縁墓を拝んでいると、そう遠くない渚から、まるで永遠のように、静かな波の音が聞こえる。その音のような文章を書きたい」とはこの全集への著者への思いだが、この人がいなかったら水俣の地で起きた事柄は、環境問題、告訴という次元で終り、これだけ多くの人々に深く人間を考えさせはしなかっただろう。文学作品としても高く評価されるこの著書を若い人に読んで欲しい。そして、これだけの体験をしながらなお未だに普通に生きることが難しいこの世界に向けて、たくさんの問いを発して欲しい。
アフガニスタン 戦禍を生きぬく
5/22 図書新聞  
 昨日まで戦場だった国の現在をとらえている。女や子どもたち受けた被害は痛々しい。しかしこの大地で生きるしかない人たちは廃墟から立ち上がっている。大石さんは時間をかけて子どもたちが次第に明るさを取り戻していく姿をとらえている。
イバン・イリイチ『「平和」の贈りもの』
5/20 毎日新聞 「有閑コラム」欄【諏訪正人氏】
 ウィーン生まれの歴史家・思想家イバン・イリイチのエッセー「『平和』の贈りもの」(「環」春号、藤原書店)を読んで仰天した。
 ドイツ語には直訳して「きみのにおいをかぐことができる」という言い方があるという。「きみといるとほっとする」という意味だそうだ。(中略)
 イリイチは「ひとを信頼するためには、自分の鼻を信じることができなければなりません。つまり、その人のにおいをかぐということができるかどうか、ということです」と公園の犬のようなことを言っている。
 イリイチによると、ラテン語の「コンスピラチオ」(たがいの息をまぜあわせること=息の共有)に平和の土台があるという。鼻をくっつけ、息をまぜあわせる――なんのことはない、仲良しの犬同士がやっているようなことだ。
 かつて欧州にパクス・コンスピラティワ(息をともにする平和)という言葉があったが、その後、使われなくなった。みんな、鼻が悪くなったせいだろう。
石牟礼道子全集発刊に寄せて
5/19 西日本新聞 【光岡明氏(作家)】
 石牟礼さんはこの困難な思索の方法を、確かに水俣病を「独占資本のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうか知れぬ」が、それではなにも言ったことにはならず「私の故郷にいまだに立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得て」「私のアニミズムとプレアニミズムを調合して近代への呪術師とならねばならぬ」と、行方不明になるかもしれない危険を冒して呪術師たることを宣言する。呪術師の資質は感応であり、世界全体の丸ごとの抱えこみである。現実的にはうわの空、うっぱずれ以外のなにものでもない。
 こういう資質は磨けば生まれるというものではない。石牟礼さん生得のものだ。そしてその感度は鋭い。それは今回完結した「苦海浄土」に登場する患者、支援団体やチッソの会社人間をはじめとする人物、水俣の自然描写に見られる一言半句たりとも加除を許さぬ精確な文章を一読すればわかる。石牟礼さんは人ばかりでなく、天を驚かし地を動かす字義どおりの驚天動地の文学を書こうとしたのだと思う。
石牟礼道子『苦海浄土』3部作完結
5/18 朝日新聞 「文化」欄【編集委員・福島建治氏】
 作家石牟礼道子さんが、水俣病患者の苦境を、この世から反り返る孤絶感と重ね合わせて書いた『苦海浄土』の第2部『神々の村』が完成、先に発表した第3部『天の魚』から30年ぶりに3部作が完結した。石牟礼さんは「人間というのは改めて尊いというのが実感ですね」と語る。この3部作を皮切りに藤原書店から『石牟礼道子全集 不知火』(全17巻・別巻1)の刊行が始まった。
きものは“変容自在”  社会学者 鶴見和子
5/16 京都新聞 「明日への視座」欄
「苦海浄土」三部作完結
石牟礼道子全集 不知火
5/13 新文化 「ニュー・パブリケーション」欄
 石牟礼道子の文学の起点は、主婦業の傍ら励んだ作歌であった。水俣の土壌に育まれ、培われた自然観・世界観が水俣病の衝撃と出会い、不朽の名作「苦海浄土」として花開いたのは1969年、42歳の時である。
 それから35年を経て、「苦海浄土」第二部に当たる『神々の村』が紆余曲折のすえに完成。先に単行本化されていた第三部『天の魚』も、著者による全面改稿が施され、三部作として完結した。これを機に、初の全集「石牟礼道子全集 不知火」(全17巻・別巻一)が藤原書店から創刊された。
(中略)
 かつて「苦海浄土」を書いた石牟礼氏は、水俣病闘争の象徴的な存在となり、行動の一端を担った。また作品は1970年、第一回大宅壮一賞に選ばれたが、作者自身、ノンフィクションではないとして受賞を辞退した経緯もあった。現在、「苦海浄土」は、大きなスケールと高い完成度をもった文学作品としての評価が定まり、いまなお読み継がれている。
 現在と太古、現世と幻世の境を自在に行き来するかのような、独自の世界観と詩情に満ちたその作品世界を、社会学者の鶴見和子氏は「独創的な巫女文学」と評し、出版元の藤原良雄社長は「またとない日本の宝」と語る 。
多田富雄全詩集 歌占
5/13 読売新聞 「文化」欄【時田英之 記者】
 脳梗塞で三年前に倒れた世界的免疫学者で、エッセイストでもある多田富雄さん(70)が、往復書簡などを相次ぎ出版、健在ぶりをみせている。半身不随の身でありながら「書くこと」に意欲を燃やすその胸中には、今どんな思いが去来しているのか。都内の自宅に多田さんを訪ねた。  ……
 来週には青春時代から現在まで書き続けてきた作品をまとめた詩集「歌占(うたうら)(藤原書店)も店頭に並ぶ予定。
複数の東洋/複数の西洋
5/9 奈良新聞 「書評」欄
 9・11以後、世界は「乱世」に突入したと、本書で国際社会学者の鶴見和子氏と国際政治学者の武者小路公秀氏が述べている。
 西洋対東洋という図式を超えられる存在は、実は一神教の神を持たない日本だった。冷静な目でこの世界的乱世を見据え、古来の日本的精神に基づく価値判断で、今を打開することができるはずなのに。
 古来の日本精神、いやアジア的精神というのは何か。それは仏教の文明である。西洋が行ってきた覇権的近代は、もう犠牲を生んでしか進むことはできないだろう。今こそ仏教思想の原点に立ち返り、すべてを人間の判断で支配しようとする考え方を捨てることだ。それがこの日本の立場を生かすことのできる第一歩に違いない。それしか、もう残されていない。
4月
世論をつくる
週刊 読書人 4/30号 「書評」欄
【評者・浅見克彦氏(和光大学教員・社会理論専攻)】
 重要なのは、「真の世論」の歪曲を弾効することではなく、むしろ世論調査の隆盛の背景と、それによる社会システムの変化への自覚をうながすことである。著者は、世論調査の隆盛は、投票意志の決定に関する分析に端を発し、世論調査の社会的有用性を広く承認させ、自らの事業を拡大せんとした調査会社の経営努力を背景としているという。一つの人工物である「世論」を重視して、自らの社会的行動を決定してゆくコミュニケイションのゲームが、主体による「世論」の意図的な誘導を意味しない。調査機関、政治家、回答者といった多様な当事者間のコミュニケイションが織りなす「世論」は、どの当事者も統御できないものであり、あえていえば、このゲームそのものが「世論」をめぐる支配者だといえよう。「権力の座にある強者への服従は、経済市場の非人格的―匿名的な法則への服従にとって代わられた」と書く著者は、事態の核心を誤りなくとらえている。
政 治
4/26 公明新聞 「どくしょ」欄
【三浦信孝氏(中央大学文学部教授)】
 本書のキーワードは代理という表象を意味する「リプリゼンテーション」だ。近代の民主主義は普通選挙を実現するまでにずいぶん時間がかかったが、皆に選挙権があるいま、選挙にいく人は逆に減っている。代議制民主主義では政治のプロが選挙民の信任を受け市民の声を「代表」するはずだが、委任者と受任者のあいだには大きなギャップがある。ひとたび選ばれれば政治家は政治という特殊な「界」の住人として行動するからだ。
 そこに参入するには独特の資本と能力が必要とされ、そこで争われる権力は象徴であり表象という意味での「リプリゼンテーション」である。
 イメージや評判をつくるメディアや、イデオロギー的に大衆を左右する評論家の役割は大きい。体制の番犬的評論家に批判的だったブルデューは、研究活動と知識人の仕事を分け、集会で発言し大衆の手に届く批判的分析道具を生産しつづけたのである。
『石牟礼道子全集 不知火』刊行始まる
風土に培われた魂描く
4/24 熊本日日新聞 「文化生活」欄
【文化生活部・三國隆昌氏】
 「石牟礼道子全集 不知火」(藤原書店)の刊行が4月から始まった。2006年12月に終了予定。代表作の「苦海浄土」を中心に、作品に込めた思いを石牟礼さんに語ってもらった。
 全集では、水俣病患者たちの受難を描いた「苦海浄土」の第二部「神々の村」が書き下ろされ、三部作が完結した。第一部「苦海浄土」の出版が1969年。翌年、同人誌「辺境」に第二部の連載を始めたが、水俣病患者支援のため中断。チッソとの自主交渉の現地報告として書いた第三部「天の魚」が74年に出版された。それから30年。三部作は第二、三巻として初回配本となる。
立教大学大学院教授 伊勢ア 賢治さん(46)
4/19 日本経済新聞 「日本の実力派たち」欄
 本職は大学教授だが、武道で鍛えた体で世界の紛争地を駆け回り、国づくりを手助けする別の顔を持つ。外務省幹部が「外務省にもいない貴重な人材」と一目置いているのは、特異な仕事の経験があるからだ。
 「DDR」。兵士を武装解除して、社会復帰させること。知力、体力、胆力が要求される。
 表舞台に出たのは四年前。独立を目指す東ティモールで、国連暫定統治の県知事に任命された。治安維持、社会基盤の復興、武装解除を統括した。
(中略)
 三十代の大半をNGOで費やし、開発に取り組んだが、戦火が次々に噴き出す。「十年かかった開発の成果が一つの内戦でパーになる。紛争予防を頭に入れない開発は意味がない」と悟った。日本のシンクタンクで予防外交を研究。これが外務相の目にとまった。
 「現地の人に感謝される国際貢献」という考え方に異を唱える。「外国人の支援は口で歓迎されても、心では歓迎されていない。『もう自分たちでできる。出ていけ』と追い出されるのが理想」
 しばらく教壇に立つが、いつでも紛争地に行く準備はできている。
〈インタビュー〉水俣病50年
 ――作家 石牟礼道子さんに聞く
4/11 聖教新聞 「文化」欄
 世界最大の公害事件と言われる「水俣病」の第1号患者認定(1953年12月)から、すでに50年が過ぎた。2006年には「水俣病公式確認」から50年を迎える。この節目に、水俣病とは何だったのかを振り返る機運が高まっている。1969年、水俣病患者の極限の苦しみと祈りをつづった『苦海浄土』を出版し、公害問題を世に問い続けた作家の石牟礼道子さんにインタビューした。
バルザック「人間喜劇」セレクション
4/11 日本経済新聞 「芸文百話」欄【編集委員 浦田憲治氏】
 日本では『人間喜劇』では“かなわぬ恋”の情熱を描く『谷間の百合』や愛する娘たちに捨てられた父親を描いた『ゴリオ爺さん』に人気があるが、「経済小説」の先駆けといえる作品群も実に魅力的だ。
 (中略)
 バルザックの偉大な点はいまの純文学作家が敬遠しがちな法律、経済、政治などの通俗的な事柄を含めて人間にかかわるすべてのものを91篇、二千人以上の登場人物で描き尽くそうとしたことだろう。この志はゾラやドストエフスキーにも継承された。バブル経済やイデオロギーが崩壊して欲望がぎらついている今こそ「物欲」「虚栄」を見つめるバルザックの「経済もの」が読者を魅了するのだ。
ゾラ・セレクション
文學界 5月号 「共和国の視点/唯物論の美
――『パリの胃袋』『ボヌール・デ・ダム百貨店』を読む」【工藤庸子氏】
 若やいだゾラ――まずは、そう形容しておこう。没後百年を記念するこの出版企画は、代表作『居酒屋』と『ナナ』を回避して、批評やジャーナリズムでの活動にも照明をあてることにより、文学史の称える「自然主義の文豪」という厳めしい相貌に、思いがけぬ活力と輝きをあたえることに成功した。
 あらてめて一連の作品を繙読し、切実に感じたことがある。そもそも小説を「学際的」に読み解くことが新機軸だと思いこむほうが、本末転倒の勘違いなのであり、もともと小説家にとって、思考すべきは世界の全体だった。「社会学」「歴史学」「心理学」などと「文学」とのあいだに分離壁を立てたのは、制度的な学問のなせる業。いま、せっかくゾラを読むならば、伝統の枠組みから身をかわし、作家のゆたかな表情と向きあってみよう。
不知火
4/7 読売新聞 夕刊 「本 よみうり堂」欄
 『石牟礼道子全集』刊行のプレ企画。藤原良雄氏によるインタヴュー「鎮魂の文学」、水俣をうたった「しゅうりりえんえん」、新作能「不知火」には、輪廻する宇宙を共にする、魂の古層からの叫びと病める近代文明を抉るメッセージが響く。渡辺京二、大岡信、志村ふくみ、イリイチ氏らの文や対話は石牟礼さんの幾重にも折り畳まれた思いを語っている。
ボヌール・デ・ダム百貨店
4/4 毎日新聞 「本と出会う―批評と紹介」欄【清水徹氏】
 ゾラはこの小説のためのデッサンのなかで、こう書いている。「私は『ボヌール・デ・ダム百貨店』において、近代の活動の詩を作りたい。もはや、生の愚かさと憂鬱へと結論づけるのではなく、逆に生の絶えざる労働と、その生産の力の強大さ、陽気さへと結論づけること。」つまりここで彼は、ひとりの個人の憂鬱や不幸の物語よりはむしろ、まさしく近代資本主義の発達期に最盛期を迎えた「デパート」という機構そのものがこの小説の主人公なのだ。
(中略)
 巨額を投じた広告につられたお客たちが押し合いへし合いし、店員たちは駆けまわる。そういうデパート全体は、ほとんど巨大な機械あるいはむしろ機関車そのもので、その機関車のさまざまな様態が、朝の店員たちの出勤時、大売り出しの最盛期、熱気のさめやらぬ閉店間際、店員たちの食堂風景、そして棚卸し時の大騒ぎというふうに描かれてゆく。消費社会の活動、それを支える投機という競争と思惑。資本主義興隆期の商業のありようが、このデパートのなかに凝縮されている。まったくゾラは力強い。
ゾラ・セレクション
4/4 日経新聞 「芸文百話」欄【編集委員 浦田憲治氏】
 この叢書(『ルーゴン・マッカール叢書』)の中でゾラは人間の偉大さと悲惨、善行と悪行、情熱と野心、個人と集団、政治経済から恋愛や犯罪まであらゆる悲喜劇を描いた。その中では『居酒屋』や『ナナ』が知られているが、ほとんど問題にされてこなかった『パリの胃袋』『ボヌール・デ・ダム百貨店』『金』などの経済活動を扱った作品が新たに『ゾラ・セレクション』に収録されて脚光を浴びている。
 とくに資本主義の原点である株式市場をめぐる壮絶なドラマを描いた『金』は魅力的だ。(中略)
 投機にまみれた市場の狂騒ぶりや金銭欲にとりつかれた人々の姿を生き生きと描いている。(中略)
 ただし現実主義のゾラは株式市場が経済のエネルギーで、人間社会に豊かな恩恵をもたらす面をきちんと見ている。この小説は第二帝政下のパリが舞台だが、バブル崩壊後の日本の状況や金融界の矛盾を深く考えさせる。金融を通して人間社会を深くとらえている。
物理・化学から考える環境問題
4/4 朝日新聞 「書評」欄
 デカルト以来の近代科学は「分析的方法」によって大きな成果をあげたが、「全体的な理解」は見落とされがちだった。(中略)環境政策を通じ、ものごとを総合的に考えようという趣旨のもとに、環境放射能、原子力研究、公共政策のあり方などにも論及している。
パリ・日本人の心象地図
4/4 読売新聞 「読書」欄【三浦篤氏(東京大学助教授)】
 中心になるのは1920年代、30年代。公官吏や実業家など裕福な滞在者の住むパッシー地区。画家たちがたむろしたモンパルナス(藤田嗣治や佐伯祐三)。留学生の居場所であるカルチェ・ラタン等々。日本人に及ぼすパリという磁場の多彩な魅力が浮かび上がってくる。
 だた、「花の都」「芸術の都」という華やかなパリ・イメージはむしろ短期旅行者のもの。長期在留者には現実との格闘がある。「巴里は花の都だなんて、それは滑らかな仏語と、あり余るほどの黄金とがあって始めて許される一面だ」とは、画家小杉未醒の苦みを帯びた言葉。パリ日本人社会は本国の縮図でもあり、光と影が苛酷に交錯するのである。
3月
ボヌール・デ・ダム百貨店
週刊朝日 04.04.09.号 「週刊 図書館」欄【評者:松原隆一郎氏(社会経済学者)】
 とりわけ『ボヌール・デ・ダム百貨店』は、百貨店の誕生および巨大化と、それによって没落し消え去る零細な専門商店の対置を縦糸に、遣り手社長と貧乏な売り子の恋愛や従業員たちの熾烈な競争、さらには顧客たちの狂騒ぶりを横糸に配して、消費社会の幕開けと流通の近代化を活写している。
 興味深いのは、日本のそれとは異なり当時の百貨店は、スーパーマーケット的な値引きと大量販売を商法の軸としていたという点。そのうえ「百貨」を扱い、広告を派手に打ち、商品を光り輝くショーウィンドウに飾るのだから、店舗も貧弱で暗い老舗は職人肌でも掛散らされるしかない。顧客や許婚者である職人に去られ、娘が悶死する「エルブフ本舗」は悲惨そのものだ。
 ここで起きたのは今で言う「流通革命」だが、同時に従業員には「成果主義」が課されている。売り子たちは歩合制で容赦なくリストラされるため、顧客を求めて互いに足を引っ張り、出し抜く競争に疲れ果てている。まるで構造改革下の我が国経済を見ているようだ。
(中略)
 今日の日本経済に対しても、暗示するものが多々ある傑作といえよう。
不知火 石牟礼道子のコスモロジー
週刊朝日 04.04.09.号 「週刊 図書館」欄
 万物の魂を狐の言葉で書こうとした散文や、海霊(うなだま)を題材にした新作能「不知火」のほか、石牟礼へのインタビュー、有識者の評論などから、水俣の地に深く根ざしたひとりの作家の像を描き出す。「太古から遠く遠く続いてきた妣(はは)の眼をもった人」による大地との対話に、揺らぎのない土俗信仰の世界がある。
ボヌール・デ・ダム百貨店
3/28 読売新聞 「読書」欄【荻野アンナ氏
(作家、慶應義塾大学教授)】
 百貨店という商業形態は、当時の最先端だが、今は古典となった。しかし百貨店を描くゾラの筆は、古典と呼ぶには生々しすぎる。薄利多売の大型店舗が商店街を滅ぼす。従業員は出世競争に神経をすり減らす。客は買い物依存症や万引きに走る。
(中略)
 非人間的なシステムの中で、人間よりも生き生きと、商品が輝いている。システムを断罪するのは簡単だが、その輝きに魅惑されるのもまた人間の本性である。反発しつつ溺れている点で、ゾラは新しい。本書は「ゾラ・セレクション」の一点。ゾラが次々と訳される今の日本が、彼に追いついただけかもしれないが。
世論をつくる
3/14 産経新聞 「読書」欄
 利害のために闘われる現代政治が、社会技術を駆使する象徴闘争となっていることを検証して、マスメディアを媒介とする世論調査とこの象徴闘争とのかかわりに問題提起する書。
(中略)
 世論とは、民主主義とは何か、の問いかけが本書の核心をなす。政治とは、民衆が世論調査の形式でしか存在せず、民衆の名における闘争を民衆がテレビで見るだけという小宇宙であってはならないのである。
フェルナン・ブローデル
3/8 東京新聞
「ブローデルの今日的意味」
「文化」欄
【榊原英資氏
(慶應大教授・元大蔵省財務官)】
 1997-98年の東アジア危機、2001年から今だに続いているウォール街のスキャンダル、アメリカ経済の力強い回復のなかでの継続的ドル安等を見ていると、循環的景気回復の背景に構造的危機が潜んでいるのではないかというブローデル的分析には説得力があるように思われます。ちょうど世界―経済の中心がヴェネツィア、ジェノヴァからアムステルダムへ移行していったように、世界―経済の中心は今、アメリカから中国を軸とするアジアへ移り始めるようなのです。レパントの開戦からブローデルが世界―経済の構造変化を透し見るように、私たちもイラクの奇妙な戦争から21世紀の世界―経済の大きな流れを読みとることができるのではないでしょうか。
(中略)
時代が大きく変わろうとしている今、学問的「身持ちの悪さ」なしに現実を意味ある形で分析することはできません。伝統的理論に固執する禁欲主義的経済学者たちに「経済学をもう一度学んでください」などといわれるとぞっとします。そういう時は「是非、ブローデルを読んでみてください」と答えることにしています。西洋近代が音をたてて崩れている今だからこそ、ブローデル的「身持ちの悪さ」で正確に事件史の裏にある構造変化を透かし見るべきなのでしょう。
来るべき〈民主主義〉
3/8 公明新聞 「BOOKS」欄
【石崎晴己氏
(青山学院大学文学部教授)】
 アメリカ独立革命とフランス大革命という、同じく近現代民主主義の歴史の出発点を画する革命によって建国したアメリカとフランスの二国は、とはいえその民主主義のあり方において、かなり対蹠的である。このことはフランス人自身が、自覚化しつつあることでもあるのだが、「欧米先進国」という言葉を無造作に用いてきた日本人としても、看過し得ないはずである。政治制度をめぐるフランス自身の自問自答は、日本人にとっても参照対象として重要性を増しているのである。
 本書はそのような問題意識から編まれたもので、グローバリズムと民主主義をめぐる多くの示唆に富む論文の集成であるが、同時に、これまでフランス思想を代表して来たポストモダンの潮流以降の、現代フランスの思想状況の好個の紹介書となっており、ルノー、トッド、バダンテールなど、比較的知られていない思想家たちに出会うことができる。
ブローデル歴史集成 I
 地中海をめぐって
3/7 朝日新聞 「読書」欄
【池上俊一氏
(東京大学教授)】
 二十世紀の歴史学の巨人、フェルナン・ブローデルの論文集が出版されはじめた。『地中海』『物質文明・経済・資本主義』など、長年にわたって書き継がれた浩瀚な著作群の、いわば余滴ともいうべき論文や講演記録、序文や書評を集めた書物であるが、この余滴には、大著にはない、そのときどきの情況と結びついた勢い込んだ語り口の妙味がある。
(中略)
 また本書は、ブローデルの歴史学のベースに、経済動向の数量的把握があることを改めて教えてくれる。世界経済をあたかも生き物のように看做し、その呼吸の小さな揺らぎ、あえぎをも見逃さずに、信頼できる史料の分析をもとにグラフや図表を作成、変動局面を掌を指すように証示してゆく。その鮮やかな手際が幾度も披露されると、仮説は事実の重みをまとい、その積み重ねが、時代の大きな転換点を照らしだしてゆく。
 「フランスのアイデンティティ」に執着した晩年の祖国回帰への身振りは、本書にはまだ微塵も見られない。世界のあちこちに並び立ち、互いに共振しながら複合的な時間を生きている帝国なり都市なりの姿を、構造と出来事の関係の中で捉えようとしているからである。
 ブローデルと地中海の歴史に興味のある人はもちろん、研究方法に思い悩み、足場を決められずにいる歴史学徒にも是非奨めたい、珠玉の論集である。
環境ホルモン 4号
3/2 毎日新聞 「生活・家庭」欄
【小島正美氏】
 環境ホルモン(内分泌攪乱物質)問題を追及している国立環境研究所の堀口敏宏・主任研究員ら3人の専門家が中心となって、子どもの行動異常や免疫の疾患に焦点を当てた雑誌「環境ホルモン」の特集号(第4号)をまとめた。
 環境ホルモンの問題が大きな関心を集めたのは97年。当時はコイの雌化など生殖機能への影響が話題になったが、最近は子どもの行動異常や免疫疾患とのかかわりが注目を集めている。
 今回の「環境病」と題した特集号はそうした流れを受けたもので、かつて変圧器などに使われたPCB(ポリ塩化ビフェニール)や害虫駆除に使われる殺虫剤のペルメトリンなどが子どもの行動異常に結び付く可能性を指摘した報告が掲載されている。・・・・・・
2月
フェルナン・ブローデル
2/25 読売新聞 夕刊 「4SITES」欄
【榊原英資氏(慶應義塾大学教授)】
(聞き手:泉田友紀記者)
・・・・・・
 1960-80年代、優れた分析能力を発揮して世界経済の発展に寄与したマクロ経済学の枠組みが、時代遅れになってしまったと指摘する。「権威として確立する中で、時代の変化に適応できなくなってしまったんです」それに気付かず、従来の枠組みに乗っかる「エコノミストの発言は、害が多い」。刺激的な発言が飛び出した。
 では、どのようにして経済の現状を把握し、将来を展望すれば良いのか。「複雑になった経済をとらえるには、単に経済学の枠組みだけでなく、社会学や政治学など、広く他の学問分野と連携、総合的な見方をしていくことが必要」だと考える。念頭にあるのは、歴史学を中心に学際的な研究を行ったフランスの歴史家、フェルナン・ブローデルの思想だ。「ブローデル風に言うと、これからは『身持ちの悪い学問』を作っていかなくてはならないのでしょう」
・・・・・・
帝国以後
週刊文春 04.02.26.号 「私の読書日記」欄
【米原万里氏(作家)】
 ×月×日
 すでに1976年刊行の『最後の転落』で、ソ連の乳児死亡率の上昇からインフラ弱体化を見抜いてソ連崩壊を予言した人口学者&歴史学者のエマニュエル・トッドが、今度はアメリカ社会の貧富の格差拡大と低所得者層の乳児死亡率の異常な高さからインフラ弱体化→体制そのものの衰退を予測しているのが、『帝国以後――アメリカ・システムの崩壊』(石崎晴己訳 藤原書店 2500円+税)。
 世界最強の軍事力と経済力を誇るアメリカが、アフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮などの軍事的にも経済的にも政治的にも弱小な二流国を「悪の枢軸」とか「世界的脅威」などと買いかぶり、目には見えない敵なる「国際テロリズムの脅威」を言い立てるのは、強大なアメリカという幻想を維持するための神話に過ぎないと、トッドは考える。
・・・・・・
吉田茂の自問政 治
2/19 朝日新聞 「天声人語」欄
 「事と次第では生命の危険にさらされる海外派兵を行うのであれば、その責任者自らも生命を投げ出すほどの覚悟がなければならないであろう」▼きのうの党首討論で、民主党の管代表が手にして小泉首相に迫った本『吉田茂の自問』(藤原書店)の一節だ。日中戦争から太平洋戦争までの外交を吉田元首相が若手外交官らに検証させた機密報告書を小倉和夫・前仏大使が読み解いた▼いったん兵が派遣されると「事態の急変や相手の挑発によって『自衛のために』戦闘行為に走ることはとめられない」との記述もある。もちろん当時といまとを同列に論じることはできない。しかし、いまたどっている道が果たしてこれでいいのかとひとたび「自問」する事の大切さに変わりはないだろう▼米英のイラク開戦を支持し、自衛隊派遣を決めた小泉首相も、きっと自問を繰り返したにちがいない。しかし、管代表への追及への答えは、これまで何度も聞かされたことの繰り返しがほとんどだった▼「政治闘争は知的な争点、見方・分け方の原理を持っている」というのはフランスの社会学者P・ブルデュー氏だ(『政治』藤原書店)。政治は、これまでとは別の新しい見方を示して、従来の見方に取って代わろうとする闘争だ、と。小泉首相の「繰り返し答弁」を突破できない民主党は、強力な「別の見方」を示すことができないでいるということか▼日本外交の失敗を反省する先の著書に戻れば「すべて根本が大切であるということである」という。「根本に誤りがないこと」だ、と。
政 治
2/15 朝日新聞 「読書」欄
 本書では、政治は「界」という物理学的な力の場にたとえられる。その視点から、政治のプロの世界が「大衆」「門外漢」に対して閉鎖的であることが浮き彫りになる。その閉鎖性を助長し、政策の片棒をかつぐジャーナリズムの「共犯性」さえ見えてくる。代表民主主義が抱える疑問について、改めて考えさせられる本。
〈FS版〉赤ちゃんは知っている
週刊朝日 2004.2.20号 「週刊図書館」欄
【評者:高橋源一郎氏(作家)】
 今回は『赤ちゃんを知っている』と『0歳児の心の秘密がわかる本』の二冊を紹介したいと思う。
 (中略)
ああ、なんということだ、とわたしは思った。こちらの二冊こそ、「理論編」の『知っている』、「実践編」の『0歳児』として、同時発売すればよかったのに!――そう思えるほど、この二冊は、「赤ちゃん」を巡り、きわめて明快な役割分担を果たしている。
 認知科学を駆使して、赤ちゃんがどのように認識を獲得していくか、いいかえるなら、どのように人間になっていくかを分析するのが『知っている』、その基礎に立って、赤ちゃんの育児に役立てていこう、というのが『0歳児』だ。
帝国以後
2/10 東京新聞 「大波小波」欄
・・・・・・
 フランスの人口学者エマニュエル・トッド氏の『帝国以後』(藤原書店)の骨子だが、ここから連想することがある。つまり、もし世界全体が一国だとすると、アメリカは「軍部」だ。軍部はつねに紛争を欲し、国民経済に寄生しながら、政治的経済的特権を維持しようとする。
 イラク戦争で、フランスもドイツも、その「世界的軍部」に異を唱えたが、日本にはそれができなかった。これもまことに演劇的な「北朝鮮の脅威」に過剰反応して、アメリカ追従に走る。「踊らされている」と思う。
シラク仏大統領のブレーンエマニュエル・トッド氏に聞く
2/5 東京新聞 「CULTURE」欄
【三品 信氏】
 現代フランスを代表する論客の一人エマニュエル・トッド氏がこのほど来日した。歴史学と人口学を融合した独自の視点に立ち、すでに1970年代に超大国・ソ連の崩壊を予言。今日では「旧ソ連のアフガニスタン侵攻と同時に、イラク戦争はアメリカ破綻のきっかけとなる」と警告する。その世界観を聞いた。
・・・・・・
「弱い」アメリカを問う 『帝国以後』 トッド氏来日
2/4 しんぶん赤旗 「断面」欄
 イラク戦争開始の半年前にフランスで出版した『帝国以後』(日本語版・藤原書店、石崎晴己訳)で、「アメリカの弱さ」に本質を見てその行動を批判したエマニュエル・トッド氏(仏国立人口学研究資料局長)が来日。このほど記念シンポジウム「『帝国以後』と日本の選択―対米従属からの脱却は可能か」が東京・渋谷区の青山学院大学で開かれ、約二百人が参加しました。
・・・・・・
 トッド氏の『帝国以後』はフランス、ドイツでベストセラーとなり、シラク大統領にも影響を与えたといわれます。アメリカの一国主義的軍事行動の異常さを率直に指摘するトッド氏の言葉を、日本で私たちがどう受けとめるのか、今ほど問われている時はありません。
フランスの人口学者 E・トッド氏に聞く
2/4 毎日新聞 「文化 批評と表現」欄
【佐藤由紀氏、岸 俊光氏】
 米国の脆弱性を鋭くついた『帝国以後――アメリカ・システムの崩壊』(藤原書店)の著書でも知られるフランスの人口学者、エマニュエル・トッド氏が来日した。巨額の貿易赤字などに着目し、「帝国」支配を強める米国が、実は世界に依存している仮説を唱えている。アメリカ中心の議論からはうかがえない世界をトッド氏に聞いた。
・・・・・・
アメリカを問い直す 欧州から
2/4 朝日新聞 「オピニオン」欄
【聞き手 編集委員・中川謙氏】
 米国のイラク攻撃に対し、フランスやドイツはどうしてあそこまで強硬に抵抗したのか。米欧間に生まれた深い亀裂は何を意味するのか。フランスの人類・歴史学者エマニュエル・トッド氏は、近著「帝国以後」などで超大国の弱点の分析を続けている。欧州の視点に立つと、米国の意外な側面が見えてくる。
・・・・・・

1月
帝国以後
1/27 公明新聞 「北斗七星」欄
 ブッシュ米大統領の一般教書演説を聞きながら、今月中旬、都内で聞いたフランス国立人口統計学研究所資料局長のエマニュエル・トッド氏の講演を思い返していた。『帝国以後――アメリカ・システムの崩壊』(藤原書店)は一昨年出版されるや、28カ国語に翻訳されて話題となっただけに待ち望まれた来日だった◆氏が注目されたのは1976年、人口統計学や人類学の視点から当時まだだれも予想しなかったソ連の崩壊を予言してから。その彼が同じ手法で今回はアメリカの衰退を指摘し、アメリカはもはや世界にとっての回答ではなく問題、などと論じているのだ◆そのような厳しい見方の氏は講演で「反米からでもないし、アメリカが悪の根源だという主張でもない」と断り、自説を展開した。今回、アメリカ観を直接耳にして、日本はよくアメリカのフィルターを通して世界を見ているといわれるが、小生自身も世界を見るのに圧倒的にアメリカ発の情報を基にしていると自覚させられた◆「アメリカ時代の終わり」にいついては議論があるだろう。その一助に同書は参考になる・・・・・・
環 Vol.16 〈特集〉「食」とは何か
1/29 読売新聞 夕刊 「よみうり寸評」欄
 アジアに広がる鳥インフルエンザの脅威は感染拡大の阻止が何よりも第一の課題だが、同時にわれら一人ひとりの「食」のあり方についても考えさせられる◆〈身土不二(しんどふじ)〉とは、身体と土(風土、環境)は一つのもので、分けることはできないということだ。生まれ育った土地の三里四方でとれるものを食べていればよいなどという話にも通じるだろう◆この言葉、季刊誌「環」の最新号(藤原書店)で知った。特集の〈「食」とは何か〉はタイムリーな企画だ。「三里四方」は昔の話にしても、今の日本の食料自給率は極めて低い・・・・・・
帝国以後
週刊金曜日 04.1.23.号 「風速計」欄【筑紫哲也氏】
 冷戦が終わって「主敵」を失ったアメリカは無理矢理、「悪の枢軸」などの敵を作り、絶対に負けない弱い相手を選んで軍事行動を起こしているにすぎず(「演劇的小規模軍事行動主義」)、武力で世界全体を思いのままに動かすことはできない。国力を結局は決定付けるのは経済力だが、アメリカの経済の実態は健全とは言えず、世界中の資金フローの中心であることで支えられているにすぎない。「日本と中国の“点滴”でたもっているようなものだ」。
 民主主義は“本場”のはずのアメリカで、とくに9・11以降、下降線を辿っているのに対し、ユーラシア全域では上昇方向に在る。
 何よりも重要な点は、アメリカが市場やその主導するグローバリズムから言って世界を必要としているのに対し、世界は必ずしもアメリカを必要としないことだ――。
 トッド氏はソ連の崩壊をいち早く予言したことで知られる歴史家、社会人類学者。
 自分は「反米」でなく、むしろ「親米」だったと言うが、欧州人、特にフランス人のバイアスはあるかもしれない。が、「ドルと核(軍事力)と民主主義」の“三種の神器”を掲げて輝くしく見えた戦後のアメリカのイメージが、唯一の超大国になった今、むしろ色褪せて見えることは否定できない。
帝国以後
週間文春 04.1.29.号 「宮崎哲弥謹製 宮崎学習帳」欄
 E・トッド『帝国以後』(藤原書店、2500円+税)、M・イグナティエフ『軽い帝国』。どちらも「帝国未満」の脆弱性を指摘する。ところがアメリカへの提言は対照的。前者が「帝国化を諦めて、単なる超大国に戻れ」と諫めれば、後者は「もっとしっかりした帝国に成長せよ」と励ます。両者ともにリベラル派の論客というのが面白い。
人口学者E・トッド氏が見る イラク戦争後の世界
1/26 読売新聞 夕刊 【泉田友紀 記者】
 「アメリカは崩壊する帝国である」と論じた著書『帝国以後』(石崎晴己訳、藤原書店)で、大きな論創を巻き起こしたフランスの人口学者、エマニュエル・トッド氏(52)が来日した。「アメリカはもはや国際秩序の安定要因ではなく、秩序破壊の要因である」という論客の目に、イラク戦争後の世界はどのように映っているのだろうか。
・・・・・・
金(かね) 〈ゾラ・セレクション〉7
1/25 朝日新聞 「書評」欄
【中条省平氏
(学習院大学教授)】
 ゾラの小説は、19世紀ヨーロッパの百科事典だ。最も高度にして卑賤な文明の実態をつぶさに描き、その巨大なエネルギーの渦巻きを追いかける。本書は、この百科事典の「経済」篇である。
 ・・・・・・(中略)・・・・・・
 悪も善も生命も死も、金から生まれてくる。金の狂乱を中心に、人間にかかわるあらゆる悲劇とグロテスクな喜劇が、暴風雨のような荒々しさと顕微鏡で覗くような細密さで活写されてゆく。
 バブル経済は現代に限った話ではなく、人間の欲望という飽くなきエネルギーに根ざしていることがよく分かる。そして、金と同じ力で、愛も性欲も社会正義も向上心も人を破壊させる。その群像劇の苦い後味もじっくりと味わいたい。
 日本で87年ぶりの新訳であり、一度スピーディーな訳文に乗ったら、圧倒的な勢いで物語に運ばれてしまう。通俗小説なんか軽く蹴ちらす勢いで、19世紀の仁義なき戦いが繰り広げられるのだ。
 19や20歳の娘が芥川賞をとったと浮かれている場合ではない。若き小説家たちよ、ゾラを読め!
吉田茂の自問
週刊エコノミスト 04.01.27.号 「歴史書の棚」欄
【加藤哲郎氏
(一橋大学大学院社会学研究科教授)】
 小倉和夫『吉田茂の自問――敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』(藤原書店、2400円)は、21世紀の行方が見えないまま自衛隊のイラク派遣が強行される今日、二重の意味で、貴重な自己反省となっている。
 ・・・・・・(中略)・・・・・・
 戦前の悲劇を軍部の暴走に矮小できないとした「過誤」調書を受け、著者は戦後日本の「脱亜入米」外交にも危うさを見る。日華事変についての「海外派兵の意味」や、終戦時自己欺瞞外交の帰結など、ブッシュホン風「国際貢献」で憲法前文を誤読し暴走する小泉首相に、ぜひ読ませたい。
竹内浩三全作品集 日本が見えない
1/15 北海道新聞 「卓上四季」欄
〈日本よ/オレの国よ/オレにはお前が見えない/一体オレは本当に日本に帰ってきているのか/なんにもみえない〉三年前、偶然発見された竹内浩三の詩「日本が見えない」(藤原書店)の一節だ
竹内は一九四五年春、フィリピンのルソン島バギオで二十三歳で切り込み隊員の一人として戦死した。日本に帰ってきたオレは「白い箱にて故国をながめる」主人公の霊そのものだ
・・・・・・
歴史人口学と家族史
1/18 読売新聞 「書評」欄
【佐藤俊樹氏
(東京大学助教授)】
 人口と家族の歴史を数量的に研究した論文集である。多産多死から少産少死への転換、農村と都市のちがい、北西ヨーロッパ型結婚(いわゆる「核家族」)の期限、子どもの産み方の変遷、研究史と将来の展望など、重要なテーマごとに代表的な論文が翻訳されており、研究成果を一望できる形になっている。(中略)少子化や晩婚化が話題になる昨今、私たちはつい子ども評論家や家族評論家をやってしまう。だが、現実には家族も人口も一筋縄ではいかないものらしい。過去の事実の積み重ねの上に、私たちの足下を静かに照らしだす本でもある。
フランスの歴史学者 エマニュエル・トッド氏に聞く
1/16 共同通信社配信 【聞き手:共同通信 軍司泰司氏】
 イラク戦争を経て世界はどう変わるのか。米国を中心とした世界システムの衰退を描き世界的ベストセラーとなった『帝国以後〔アメリカ・システムの崩壊〕』(藤原書店)の著者で人口統計学を専門とするフランスの歴史学者エマニュエル・トッド氏に聞いた。
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来るべき〈民主主義〉
週刊エコノミスト 04.01.20.号 「新刊早読み」欄
 グローバリゼーションと新しい「戦争」が広がりを見せる現在、民主主義はどこへ行くのか。80年代以降のフランスの政治思想をあとづけ、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本を考える。
吉田茂の自問
1/1 朝日新聞 「社説」欄
 いまの米国はおかしい。イラク戦争は性急すぎた。内心はそう思いつつ、しかし「米国を支持しながら、陰で忠告していくしかない」とは、政府内から聞こえ続けた声だ。北朝鮮の脅威もある、いざというとき頼れるのは米国だけだ、米国を怒らせるのは得策でない、という発想である。
 戦後、吉田茂首相に命じられて若手外交官らが作った報告書『日本外交の過誤』が昨春、外務省から公開された。軍部の独走をなぜ抑えられなかったのか、外交関係者の聞き取り調査でまとめたものだ。
 これをもとに『吉田茂の自問』を出版した前仏大使の小倉和夫さんは、近衛文麿首相や広田弘毅外相の頭には「軍部に真っ向反対していたのでは全く相手にされなくなる、むしろ軍の機先を制す位の態度をとりつつ必要に応じて軍の暴走を制御してゆこう」という考えがあったと指摘した。
 そのため日中戦争の引き金となった盧溝橋事件の時でさえ軍の暴走に抵抗せず、政府も強硬姿勢を表明する。それが裏目に出て逆に言質をとられたというのである。
 当時の日本軍と一緒にするつもりは毛頭ないが、いま米国に対し、日本政府は似た過ちを犯していないだろうか。「イラク戦争は正しい」とひたすら弁護しつつ、「忠告」の実をあげぬまま、ずるずると深みにはまっていく図である。
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