社主の出版随想
▼元旦早々、日本列島に大地震が襲いかかった。能登半島に震度7強の凄じい地震。津波や火事の被災もあり、今のところまだ明確な状況は把握されず1週間が過ぎた。地震・火山列島である日本は、いついかなる場所で災害が起きるやもしれない。防災対策を一人一人の民が気をつけておくしかないのだろう。かつて能登に二、三度足を運んだことがある。輪島塗の取材も兼ねて。朝市通りの近くにあったその工房はどうなっているだろうか、能登の宿の女将は元気だろうか、と心馳せる。
▼輪島といえば、学生横綱から大相撲の横綱に唯一昇進した輪島がいる。黄金の「左」といわれ、左で下手廻しを取ると無類の強さを発揮した。今号は、相撲協会が関東大震災で、館も部屋も全焼、力士も帰郷し、これからの興行不能に直面した時、どのような経過で再興したかという秘話を巻頭に紹介した。大正14年1月30日の『九州日報』(現・『西日本新聞』)には、現在も残る五大部屋一門(出羽海・高砂・二所関・時津風(井筒)・立浪)の親方が連署連判して、杉山茂丸に、東京大相撲協会の革新を一任する、ことが描かれている。杉山茂丸と入間川(春日野)が、今日の相撲協会の中興の祖といってもいいかも知れない。しかも、戦後「栃若時代」を作った横綱栃錦が、春日野理事長として(財)日本相撲協会の発展に尽力したことは記憶に新しい。今や相撲は、「国技」として一般のスポーツとは一線を画し、日本の神事とも繋がり一つの形をなし、「相撲道」としても受け継がれてきている。杉山が元横綱常陸山に相撲道を訓え込んだ逸話もある。今日、日本の相撲界にも多くの外国人が入り、力士の体格もどんどん大型化してきている。今後、何を変革してゆかないといけないかの議題は俎上に上っているのだろう。
▼「医療とは、病を患う人のいのちの声を聴くことである」という一文を、目にした時、思わずこの作者に電話した思い出がある。こういう詩的発想をする医者が居たことに驚いた。北海道の奈井江という小さな町に住む「町医者」方波見康雄さん。齢九〇の頃か。医療が、白い巨塔で制度化され、医者と患者の関係は、強弱、上下の関係になってしまった。最近では、患者の顔色も見ない、脈も取らない、コンピュータの画面だけを見ている医者も現れてきている。このたび97歳の方波見康雄先生の遺書とも言うべき書が今月出版の運びとなる。(亮)
1月号目次
■壊滅寸前の相撲界を救った男が居た!
杉山満丸 「かくして、相撲協会は誕生した」
■「医療とは、病を患う人のいのちの声を聴くことである」
方波見康雄 「97歳の現役医師が語る 医療とは何か」
■日本・イタリアでの事例研究の最新成果
大石尚子 「食と農のソーシャル・イノベーション」
■ヨーロッパ近代への批判に導く大地母神
清 眞人 「新ランボー論」
〈連載〉山口昌子 パリの街角から13「パリはパリ」
田中道子 メキシコからの通信10「災害大国メキシコ」
宮脇淳子 歴史から中国を観る49「満洲国崩壊後の朝鮮人」
鎌田 慧 今、日本は57「いま、何故か 永山則夫」
村上陽一郎 科学史上の人びと10「チャールズ・ダーウィン」
小澤俊夫 グリム童話・昔話10「南ドイツの謝肉祭」
方波見康雄 「地域医療百年」から医療を考える32「実地医家のための会」
黒井千次 あの人 この人10「中年の踏切番」
山折哲雄 いま、考えること10「河上肇と老子」
中西 進 花満径94「目の話(11)」
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