2023年07月25日

月刊PR誌『機』2023年7月号 巻頭「存在の根源を問う」

 

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社主の出版随想

▼「一に人、二に人、三に人」は、後藤新平の至言である。この世は、すべて人の行動、言動によって生まれる。人が人を生みかつ育てる。すべての営為が人によって構成される。だから、人づくりが大切なのである。と、かつて、教育学者の大田堯は、「ひとなる」という言葉を使った。「人づくり」ではなく「ひとなる」と。人は、人との関係の中で生まれる、作られてゆくもの。己れだけで成るものではない。
▼世は不思議なことでいっぱいである。今から100年余り前、後藤新平は、台湾の民政長官、満鉄の初代総裁を終え、逓信大臣の頃か。台湾の頃に罹患した発疹チフスの影響か、腹の具合いをはじめ躰の調子が良くない状態が続いていた。同郷の実業家、十文字大元が、「先生、私の知人で面白い男が居るので紹介したい」と全盲の中井房五郎なる男を紹介した。かつて大元は、自分も体調不全の時、房五郎の手技で元気を取り戻したことがあった。大元はこの房五郎の手技を「自彊術」と命名し、それを後藤によって世間に広めてもらおうとした。後藤は、房五郎の手当で一気に元気になった。
▼その頃、後藤の娘愛子は、流産を繰り返し、なかなか孫の顔が見られなかった。そこで、娘愛子を房五郎に診てもらい、手当を受けたところ、立ちどころに孫が生まれたと。これは、誰のことかと思いきや、愛子さんの初の子、鶴見和子である。この話は、大正14年(1925)に出版された十文字大元著『自彊術の真髄』の中の一節にあるが、事の真偽を、妹の章子さんに確かめたところ、相違なしと。しかも1歳の頃、和子さんは、腸が捻れる病に冒され、数人がかりの医師もあきらめたほど。その時、後藤は、房五郎のことを思い出し、手当をしたところ立ちどころに良くなった、とある。これも章子さんに確かめた。
▼人の出会いとは、不思議なものだ。中井房五郎、十文字大元と後藤新平が出会ってなければ、後藤の後の業績はなかっただろうし、鶴見和子という秀れた国際的社会学者も生まれなかった。後藤が、遺言で、「一に人、二に人、三に人」と言ったといわれるが、この言葉は、古今東西、今もわれわれの心の中にどっかと据えておかねばならぬ至言だと思う。(亮)

7月号目次

■軽やかで深い、作家と画家の本音の対話
村田喜代子木下 晋 「存在の根源を問う」

■“いのちの根源にあるもの”としての芸能
笠井賢一 「「芸能の力」とは何か」

■映画『大地よ アイヌとして生きる』

■『反戦平和の詩画人、四國五郎』

〈連載〉山口昌子 パリの街角から7「パリは自転車天国」
    田中道子 メキシコからの通信4「汚職と腐敗の撲滅」
    宮脇淳子 歴史から中国を観る43「朝鮮に手を伸ばすロシアと鉄道」
    鎌田 慧 今、日本は51「「水に流す」思想」
    村上陽一郎 科学史上の人びと4「デカルト(2)」
    小澤俊夫 グリム童話・昔話4「メルヒェン百科事典」
    方波見康雄 「地域医療百年」から医療を考える28「後藤新平「生を衛る」の萌芽」
    黒井千次 あの人 この人4「見知らぬ隣人」
    山折哲雄 いま、考えること4「ユートピアからディストピアへ」
    中西 進 花満径88「目の話(5)」

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