2023年10月20日

月刊PR誌『機』2023年10月号 巻頭「「愛と勇気」――『反戦平和の詩画人 四國五郎』を書き終えて」

 

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社主の出版随想

▼A氏の訃報が先日届いた。A氏とは、30有余年前、小社出発前からの附き合いになる。A氏は、拙と齢同年で、70年代後半に渡仏し、苦学の後に、仏ボルドー大学教授の職を得た。出会いは、ラクー=ラバルトの“ハイデガー論争”火付けの書の翻訳である。
▼A氏は、手紙魔であった。しかもその手紙は、歯に衣を着せない言葉が溢れることも少なくなかった。だから読む方にしたら、又寂しくなったのかな? とか色んな憶測をしないと、まともに返答したら大変なことになる。彼は、異国フランスで経済的に恵まれなかった。東洋語学校(イナルコ)の教師時代、講師期間も長く、助教授にもなかなかなれなかった。色んな嫌がらせを受けた、とも言っていた。奥さんは、仏人。博士の学位をもち著書もある歴史学者だったが、電話交換手のバイトをしてると。だから、精神的にも非常に不安定だったのだろう。彼は、フランスに居ても日本のことが気になって仕方なかった。ひょっとしたら心は日本にあったのかもしれない。
▼デリダの講義には毎週顔を出し、一番前の中央に鎮座して、特別テープレコーダーを許された人、と言うのが彼の自慢であった。拙も初めて訪仏した時、是非デリダの講義を聴講したいと言うと、もし本当に聴きたいなら席を取りますと。デリダの聴講は、朝から並ばないと席が取れないことで大変で有名だった。A氏は、仏高等研究院の階段教室の最後列をとってくれた。授業風景の全体が見渡せる場所。一番前の席に、A氏をはじめ、東大教授たちが並んで聴講していた。デリダは入室するや、カバンから数冊の書物をとり出し大きな教卓に並べる。「前回は何を話したか?」と問うと、中段あたりのどこかの大学教授らしき男が、「前回は、『もてなし』云々についてしゃべられました」。「良し、始めよう」と、講義は始まる。途中、教壇の隅に座していた男が、ノオトを取り出し、右最前列の聴講生から全員にサインさせる。デリダは、教壇を動き回り、聴講者にも時折問いを発し、笑いと緊張の中で講義を進める。終わるや否や、待ち構えたようにドドッと数人が彼を取り囲む。最後に拙も『マルクスの亡霊たち』の出版者であることを自己紹介し、近くあなたと面会したい旨のアポをとれた。A氏のお蔭である。デリダがいつも使うホテルで、浅利誠氏と一緒に1時間位インタビューしたのが懐しい思い出である。合掌(亮)

10月号目次

■天才、四國五郎は、後世のわれわれに、何を伝え、何を遺そうとしたのか?
四國 光 「「愛と勇気」――『反戦平和の詩画人 四國五郎』を書き終えて」

■フランス庶民の戦間期の記憶を聴き取る
寺田寅彦 「名も無き庶民の言葉」

■世界を代表する経済学者との接点を語る
市村真一 「サムエルソンやソローとの交友録」

■人間を生かす知恵をたずね続けた哲学者
鈴木一策 「“ヨモギ文化”をめぐる旅」
「後藤新平は、熊沢蕃山から何を学んだか?」

〈連載〉山口昌子 パリの街角から10「フランス人の『アレ』」
    田中道子 メキシコからの通信7「大規模事業」
    宮脇淳子 歴史から中国を観る46「満鉄の後藤新平」
    鎌田 慧 今、日本は54「甘粕正彦の犯罪」
    村上陽一郎 科学史上の人びと7「デカルト再論」
    小澤俊夫 グリム童話・昔話7「自分が語る場面を見ながら語る」
    方波見康雄 「地域医療百年」から医療を考える30「後藤新平『生を衛る』の萌芽3」
    黒井千次 あの人 この人7「Y字路の人」
    山折哲雄 いま、考えること7「オレは弁証法を知らない」
    中西 進 花満径91「目の話(8)」

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