社主の出版随想
▼最近、加藤登紀子さんとお話しする中で、過日凶弾に斃れた中村哲医師のことが話題になった。そこで、不図、中村医師が一目置いていたインド緑化の父で、インドでは“グリーン・ファーザー”と呼ばれ敬されている杉山龍丸をご存知ですかと問うと、「知らない」と言われる。
▼杉山龍丸は、1919年に生まれ87年に亡くなった。祖父茂丸と父夢野久作の教えを守り、アジア、インドの貧困や飢餓に苦しむ民を救済した。龍丸は、デリーからパンジャブ州アムリッツァルを走る国際道路の両側470kmにユーカリの木を植え、砂漠を緑にしたばかりでなく、肥沃の大地に変えた。今やパンジャブは、インド一の穀倉地帯になった。それだけではない。龍丸は、ヒマラヤ山脈に続くシュワリック・レンジ(丘陵)で毎年大規模な土砂崩壊が起きていることを知り、この土砂崩壊に一人で立ち向かい、見事に、シュワリック・レンジは、緑の木々がうっそうと生い茂り土砂の崩落を食い止められるようになった。龍丸は、インド緑化のために一生を捧げた。茂丸、久作から受け継いだ全財産4万7千坪の杉山農園を売り払い、晩年は借家住まいをした。こんな杉山龍丸という男を、いまでは日本の誰も知らない。中村哲は、今は知られているが、半世紀前にそれだけのインド支援に大きな足跡を残した杉山龍丸を決して忘れてはならないのではないかと思い、巻頭を企画した。
▼拙は、17年前に亡くなられた鶴見和子さんから、龍丸の話はよく聴いていた。和子宅にも上京するとよく立ち寄られたこと、沢山の手紙も書斎を整理する時に見つけた。弟俊輔さんも、龍丸とは昵懇の関係であり、父夢野久作の評伝もある。つまり、この茂丸―久作―龍丸という杉山三代と後藤新平から始まる和子、俊輔と非常に近い関係にあることがわかる。祖父茂丸は、「アジアの国々と連帯して、西欧列強に対峙する」というアジア主義を主唱していた頭山満ら玄洋社の一員でもある。アジアが困っている時は、万難を排してアジアを救う。この精神が、孫の龍丸にも受け継がれ、同郷の偉人で『花と龍』で名を馳せた火野葦平の甥、中村哲にも受け継がれて来たのだろう。(亮)
5月号目次
■アジアの同朋に命を捧げた二人の男
杉山満丸 「杉山龍丸と中村哲」
■『高校生のための「歴史総合」入門』完結
浅海伸夫 「国際化と大衆化の時代」
■「戦争」の悲惨を伝えるため、絵と詩を描き続けた
四國光 「反戦平和の詩画人、四國五郎」
■“天皇”の役割を再認識し、再評価する
所功 「天皇の歴史と法制を見直す」
〈連載〉小澤俊夫 グリム童話・昔話2「昔話と音楽」
山折哲雄 いま、考えること2「断層亀裂の十字象徴」
黒井千次 あの人 この人2「靴磨く人」
村上陽一郎 科学史上の人びと2「ガリレオ・ガリレイ(2)」
田中道子 メキシコからの通信2「メキシコ石油会社(PEMEX)の再生」
方波見康雄 「地域医療百年」から医療を考える26「茶色の昭和」
山口昌子 パリの街角から5「パリ大改造」
宮脇淳子 歴史から中国を観る41「中ロの力関係が逆転する」
鎌田慧 今、日本は49「狼少年と自衛隊」
中西進 花満径86「目の話(3)」
4・6月刊案内/読者の声・書評日誌/刊行案内・書店様へ/告知・出版随想