2021年09月17日

『機』2021年9月号

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社主の出版随想

▼また、1人の大切な方を喪った。宮脇昭。まだお会いして10年足らずだが、この方のお仕事には、人類の希望があった。日本の将来の希望があった。お会いした頃、80代半ばにはとても見えない精力的な言動・行動にいつも圧倒された。「昨日タイから帰ってきて、あと1週間後には、アメリカに行きます。」と何の高ぶる調子もなく平然と語られる。それは、その土地の植樹の指導もあれば、植生調査の時もある。世界中の木を植えたいと思っている人々が、アキラ・ミヤワキを待っているのだ。
▼その合い間を縫って、わが社での会議に顔を見せられる。ある時、朝9時からの会議に、30分前に来られたということを聴いて、ああ、この先生との会合は、1時間前に準備しておかないといかん、と思ったものだ。先生は、“人、人、人”とよく言われ、“現場、現場、現場”ともよく言われた。まさに小社が出版している大先達、後藤新平の言葉そっくりではないかと苦笑いしたものだ。ある時、突然先生が、「社長、この本全部でいくらですか?」と問われた時には、正直面喰った。これまで出版した本1300点余の価格の合計がいくらか、考えたこともなかったからだ。「そうですね、大体平均定価4000円位だから、1300点で5千万位ですかね」と応えて、「待てよ、一桁少ない500万円ですね」と言い直した。この時自分でもこの30年近く命懸けで作ってきたもの全てで“500万か!”と、我ながら本は安いものだな、と考え込んでしまった思い出がある。その時先生はすかさず、某会社社長の秘書に電話して呼び出し、これを買うよう勧めてくれた。秘書は、茫然としてすべて見廻し帰っていった思い出がある。先生は、思ったら即断即決。迷ってる時間がない。やろうと決めたら即やる。“本物、本物”も口癖であった。
▼2015年1月、『見えないものを見る力』校了寸前に、脳梗塞で斃れられた。少し疲れておられるのでは?という姿を垣間見たこともあったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。その後、月1回は、施設に出向いて、先生を囲む会をしてきたが、このコロナ禍の中でそれもできなくなって久しかった。惜しい方を亡くした。合掌(亮)

9月号目次

■宮脇昭さんを悼む
宮脇先生を悼む 細川護熙
ヨーロッパの植生理論を、「宮脇方式」の森づくりに発展させた人 藤原一繪
秦野でのリハビリから復活植樹祭へ 草山清和

■あなたの心の中に、青空はありますか?
「かもじや」のよしこちゃん 西舘好子

■国家はどうあるべきか、政治はどうあるべきか
後藤新平の「国家とは何か」 楠木賢道

■「世界史」が生まれる瞬間の鮮烈なドキュメント
パリ日記――特派員が見た現代史記録1990-2021 山口昌子

〈リレー連載〉近代日本を作った100人90「信時潔――武士道の上に接木されたる西洋音楽」 新保祐司
〈連載〉「地域医療百年」から医療を考える6「死の臨床と母の読経」 方波見康雄
    沖縄からの声XIII―3(最終回)「沖縄シンパの試金石」 伊佐眞一
    歴史から中国を観る21「六つの文字で書かれた地名・人名辞典」 宮脇淳子
    今、日本は29「再び、馬毛島」 鎌田慧
    花満径66「窓の月(5)」 中西進
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―61「ある遺骸の運命」 加藤晴久

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