2021年08月24日

『機』2021年8月号

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社主の出版随想

▼2011年3月11日、東日本大震災。巨大な津波がコンクリートの防潮堤を越え、破壊した。その後、同じコンクリートの、もっと巨大な防潮堤の建設が始まったと聞き、呆れ、焦燥にかられていた矢先、「森の防潮堤」という新聞の見出しが目に止まった。宮脇昭さんという植物生態学者が「コンクリートは百年もたない。森で防潮堤を作れば、津波の水位と速度を落とし、逃げる時間がかせげ、引き波の時は人がつかまることもできる。本物の森を作れば維持管理費もかからない」と語っている(『東京新聞』2013.11.3.)。早速インタビューを申し込み、学芸総合誌・季刊『環』(2014冬)に掲載した。
▼宮脇昭さんが語る「本物の森」とは、戦後まもなくドイツでチュクセン教授から学んだ「潜在自然植生」に基づく。日本の殆どの潜在自然植生はシイ、タブノキ、カシ類の森だという。宮脇さんは“人、人、人”と人との関係を大切にし、現場での植生調査、森づくりを重ねられた。この人について行こうと決意し、毎月宮脇さんを訪ね、話を聞いた。宮脇さんも度々小社を訪れてくれた。朝の9時という集合時間には驚いたが、8時半に来られた時はもっと驚いた。『見えないものを見る力』『人類最後の日』の刊行直前、宮脇さんは脳出血に倒れられたが、「人類は男は120歳、女は130歳まで生きるポテンシャルがある」「まだ90歳!」と力強く仰った。幸い、秦野市の落ち着き先で、出雲大社相模分祠の草山分祠長が「いのちの森づくり2020」の活動を支えられた。宮脇さんの生涯を綴った『いのちを森づくり』の序文にはこうある。「日本の1億3千万人、世界の70億人が、4年に一度のオリンピック・パラリンピックという大イベントに、1人3本、10本と植え、森をつくったらどうなるでしょう」と。享年93歳。合掌。(亮)

8月号目次

■自然を語る天才、宮沢賢治と“生命誌”
自然から物語を引き出す天才、賢治 中村桂子

■私自身の中にある「生命」に向かって 田中優子
往復書簡より 若松英輔・中村桂子
今福龍太/小森陽一/佐藤勝彦/中沢新一

■天動説を唱えた異貌の僧侶の初の本格評伝
文明開化に抵抗した男 佐田介石 春名徹

■「会食禁止」の時代に必読、『「共食」の社会史』
「共食」の社会史・補遺 原田信男

〈リレー連載〉近代日本を作った100人89「チャールズ・ビーアド――自治の精神を訴えた歴史家」 開米潤
〈連載〉「地域医療百年」から医療を考える5「死の臨床と父の死装束」 方波見康雄
    沖縄からの声XIII―2「琉球諸語で臍を嚙む」 伊佐眞一
    歴史から中国を観る20「三つの言語で書かれた清朝史料」 宮脇淳子
    今、日本は28「東京五輪余話」 鎌田慧
    花満径65「窓の月(4)」 中西進
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―60「「赤肉」にご注意」 加藤晴久

7・9月刊案内/読者の声・書評日誌/イベント報告(後藤新平の会シンポジウム、後藤新平賞授賞式)/
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