2021年07月20日

『機』2021年7月号

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社主の出版随想

▼“知の巨人”と謳われた立花隆氏が今春亡くなられた。氏との出会いはなかったが、かつて氏の「田中角栄研究」が大評判になった時、清水(幾太郎)研究室で編集長の田中健五氏の講話を聞く機会があった。出版界に入って間もない時であったが、立花氏にこういう仕事をさせた田中健五という男と“文藝春秋”という会社の人の育て方に興味を覚えた印象がある。
▼1998年暮に、小社から白木博次著『冒される日本人の脳――ある神経病理学者の遺言』という書を出版した。著者白木博次氏(1917-2004)は、神経病理学のパイオニアであり、国際神経病理学会会長も歴任された方である。氏との出会いは、97年夏の頃であった。氏の肩書きが、元東京大学医学部長とあるのを不審に思い尋ねてみた。「私は、東大紛争の時に医学部長になりましたが、一度も学部長室の椅子に腰を下ろしたことなく、あんなバカな学生と付き合う時間がないと思い、学部長を下り、定年前に東大を辞めました。」「その後、自宅に私設の白木神経病理学研究所を作りましたが、その翌日から家内は保険の外交員として働き、一家を支えてくれました。」と。それから白木先生とは、毎週のように御宅にお邪魔し、先述した本を一気に作り上げた。白木先生は、生涯を賭けて、「白木四原則」を軸に自然科学の手続きを踏みながら、その手法の限界を超える「医の魂」から、水俣病、スモン、ワクチン禍の三大裁判に長年に亘って証言を続けられた。
▼翌年2月18日号の『週刊文春』で立花隆氏は、次のようにこの書について言及した。「『冒される日本人の脳』を読んで、この著者に対する認識を根本的に改めさせられた。白木博士は、医学部からはじまった東大紛争の渦中の人物である。あの頃学内の立看板を読むかぎり、極悪人としか思えないような教授だった。しかしこの人は、三大裁判で患者側に立って闘いつづけてきた大変な人なのである。……水銀汚染の激しい日本人はみな潜在性の水俣病になりつつあるという恐るべき警告を、72年に衆院の社会労働委員会で行っている。……このような警告を真剣に聞かなかったとがめがいまきているわけだ」と。合掌。(亮)

7月号目次

■「在日を生きる」詩人と、鉛筆画家の対話
生とは何か 金時鐘/木下晋

■「漢字」をめぐる特殊な事情を鋭く見抜いた岡田英弘
漢字とは何か 宮脇淳子

■親を亡くした子どもたちの作文集刊行
何があっても、君たちを守る 玉井義臣

〈リレー連載〉近代日本を作った100人88「ギドー・フルベッキ――日本近代化の恩人」 井上篤夫
〈連載〉「地域医療百年」から医療を考える4「社会へのまなざし(2)」 方波見康雄
    沖縄からの声XIII―1(初回)「戦後沖縄精神の腐食」 伊佐眞一
    歴史から中国を観る19「清朝の新疆統治」 宮脇淳子
    今、日本は27「撃ちてし止まむ」 鎌田慧
    花満径64「窓の月(3)」 中西進
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―59「EDFへラクレスの敗北」 加藤晴久

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