2021年06月24日

『機』2021年6月号

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社主の出版随想

▼2021年。新しい世紀も早や20年経つ。令和になって3年目。小社が誕生して31年余。この出版業界に身を入れて48年余。あのニューヨークの大惨事9・11が起きて9月で20年。未曽有の東日本大震災、福島原発事故が発生して10年余。月日の経つのは早いものである。
▼今は亡き友、鈴木一策について語りたい。今から40有余年前、渋谷の駅前喫茶店で初めて会った。自己紹介をしていく中で、われわれ2人は、高島善哉門下の孫弟子に当たることがわかった。彼の師は一橋の鈴木秀勇氏、わが師は大市大の佐藤金三郎氏。われわれはお互いマルクス学徒であった。当時東京は宇野派の牙城。それに較べると関西は、市民派、正統派、その他諸々とかなり自由なマルクス研究が行われていたように思う。
 いきなり彼は一杯詰め込んだ重そうなカバンの中から『資本論』の原書を取り出し、「この中の第1章商品論の冒頭のマルクスの注は間違ってますよ」と平然と云った。それから「その注のイタリア語原書の該当箇所を読むと、『資本論』の引用と違う。ケアレスミスか、わざとマルクスが間違えたのか?」この第1巻は、マルクスの生前に出版されているのだからまさかケアレスではないだろう。ならば確信犯か? それでは何故マルクスは、こういう間違いをわざとやったのかなどと、話は最初から盛り上がり、いつの間にか何年も付き合ってきた友人であるかのように思えた。彼の思いがけぬ一撃が、拙の心を動揺させたのは間違いない。東京にはド偉い奴が居るもんだ、と。
▼それから今日に到るまで、途中10年余のブランクはあったものの、お互い励まし合い、共に仕事をしてきた。2000年以降に、学芸総合誌『環――歴史・環境・文明』、『石牟礼道子全集』、『後藤新平の全仕事』などの発刊、創刊が続いたが、それらへの協力も惜しまなかった。かなりこだわりの強い男であったので、反応は決して速いものではなかったが、一旦自分のどこかに引っかかると、徹底的に突き進んでいくタイプであった。4月18日、享年74。もう少し一緒に仕事をやりたかった。惜しい友を亡くした。合掌。(亮)

6月号目次

■新型コロナウイルスへの本質的な対策とは?
問題の本質は何か 西村秀一

■「ウマイ」はユーラシア共通の生命の母神
いのちの原点「ウマイ」 荻原眞子

■「人生を賭けて番組を制作した者たちの感動の物語」
テレビ・ドキュメンタリーの真髄 西村秀樹

■〈金時鐘コレクション〉(全12巻)第7回配本
なぜ長篇詩『新潟』を書いたか 金時鐘

〈リレー連載〉近代日本を作った100人87「下田歌子――もう一つの女性の『国民化』」 広井多鶴子
〈連載〉「地域医療百年」から医療を考える3「地霊の声に耳を傾けて」 方波見康雄
    沖縄からの声XII―3(最終回)「『隠れ念仏』をめぐって」 金城実
    歴史から中国を観る18「新疆ウイグル自治区の成立――新疆はいつ中国になった?2」 宮脇淳子
    今、日本は26「虚構の巨大開発」 鎌田慧
    花満径63「窓の月(2)」 中西進
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―58「ドイツの脱原発」 加藤晴久

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