2021年03月26日

『機』2021年3月号

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社主の出版随想

▼コロナ騒動は大分収束に近づいたようにみえるが、まだ予断許さずというところか。100年前と同様、秋に第二波襲来ということもあるかもしれぬ。今月は、東日本大震災、福島原発事故10年ということもあり、メディアは喧しい。
▼先日『日経』紙(21・2・28)の「文化欄」で青山文平という直木賞作家が「トーストと産業革命」の見出しの文章で、「アナール学派」のことに触れておられた。作家が「アナール学派」という固有名詞を出した文章を読んだのは初めてである。「小さな事象から入ると、逆に大きな歴史の実相が見えてくる……これを、学問として実践したのが、歴史学に20世紀最大の節目をもたらしたとされるアナール学派」。欧州におけるそれまでの歴史学研究では、「事件史」「大人物史」だった。それで当時の世の中が見えてくるか?  「アナール学派はそうは考えなかった。民衆そのものの日常に目を向け、さまざまな領域のミニヒストリーに迫って総合した」と。日常の何でもないものを観察することから描く日常の歴史。勿論、アナール学派(「新しい歴史学」と呼ばれる)は、これだけに留まらず、ロングデュレ(長期持続、長い時間)、マンタリテ(心性)、ソシアビリテ(社会的人間関係)、デモグラフィ(人口動態学)など幾多の概念を創造し、様々の歴史を作ってきた。気候・山・海の歴史、感情の歴史、性の歴史、においの歴史、音の歴史、都市の歴史、家族の歴史、病やエイズ・細菌の歴史、死の歴史……。
▼その中で、それらを大成した書が、フェルナン・ブローデルの名著『地中海』である。『アナール』誌を創刊した師リュシアン・フェーヴルは、この書を「のびゆく本」と題した長い達意の名文の批評を遺している。
▼わが国でも周知のイマニュエル・ウォーラーステイン、エマニュエル・トッドやピエール・ブルデュー、レギュラシオンなど、欧米の人文社会科学で今やアナール学派の影響を受けてないものなどないといっていい。それ程、アナール学派の歴史観、歴史認識は、世界の中で市民権を得ているものである。世界認識、社会認識の方法論としては、常識といっても良いだろう。
 わが国でも、青山さんはじめとする作家の方々や、ふつうの市民の自然や人間社会やものの見方にアナール学派がとり入れられてくる日もそう遠くないことを祈りたい。(亮)

3月号目次

■後藤新平が命をかけた「政治の倫理化」運動
今、なぜ『政治の倫理化』か!?
青年よ覚醒して起て! 後藤新平
後藤新平と西郷隆盛をつなぐもの 新保祐司

■政治記者として50余年、現場からの報告
政治家の責任 老川祥一

■アイヌによる『アイヌ新聞』発行者、初の評伝
「アイヌ新聞」記者 高橋真 合田一道

■〈連載〉沖縄からの声[番外篇]
沖縄のいま……「神武」を忘れた首里城の真実 海勢頭豊

■〈寄稿〉今、なぜブルデューか?
自由と明晰の用具としての社会学 石崎晴己
異文化理解の生きた方法論 水島和則

〈リレー連載〉近代日本を作った100人84「陸奥宗光」 佐々木雄一
〈連載〉歴史から中国を観る15「モンゴルの中央アジア遠征」 宮脇淳子
    今、日本は23「陰謀のリコール運動」 鎌田慧
    花満径60「高橋虫麻呂の橋(17)」 中西進
    アメリカから見た日本15(最終回)「戦争なんてしていられない」 米谷ふみ子
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―55「日本人の慰安婦」 加藤晴久

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