2019年12月23日

『機』2019年12月号

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社主の出版随想

▼今年もあともう残りわずかになった。年々、地球全体の異常気象化。地球温暖化はいわずもがな、暑い日寒い日と寒暖の差が激しい日々。真夏日が少なく、いつまでも梅雨のような雨が降り続いた夏。台風が多かった。しかも前代未聞の風速60メートルの大風に見舞われた。大台風の残した傷跡は、広範囲な各地に及び、今なお、その回復にしばらく時間がかかるだろう。こういう時に、この国の日頃からの防災対策の甘さを痛感する。

▼治山治水は、明治以前からわが国の大きな問題であったはずだが、今もって根本的対策をこの国はとろうとしない。しかも、大災害が起きると、道路は自動車で埋まる。新幹線はむろん、電車もストップする。電化製品は使えない。水路も断たれる。日常の最低の生活をすることができなくなる。自然災害は、すぐに社会災害に拡大する。社会的機能が完全に麻痺する。とくにこれが、首都東京を襲うと、百年前の関東大震災の百倍、千倍の被害をもたらすだろう。政府は、今こそ大国家計画を立て、壮大なるビジョンを国民に一刻も早く示す時だろう。三ヶ年計画で現在の年間の国家予算規模を投入してでも、国民を衛る国家の威信を示して欲しい。

▼この一年も本当に早かった。昨暮、仏の最高権威アカデミー・フランセーズから、出版者として初めて「文学顕揚賞」を戴いた。思いがけない受賞は、嬉しくもあり身が引き締まる思いがした。出版物が売れない読まれない社会状況は、年々酷さを増し、このままいけばマトモな本は出なくなるかもしれない。スマホという怪物の影響か、情報社会化、AI化の進展かどうかわからないが、十年一昔といった状況を呈している。そういう中で、日本の伝統芸能を求めて、日本にやってくる外国人が増えているのも近年の傾向だし、若い人々の中でも、情報化社会に批判的言辞を弄する人も時折り見かける。崩壊と同時に新しいものが誕生していく瞬間かもしれない。

▼人類は、この二〇世紀から二一世紀にかけて、科学技術社会を大胆に進もうとしたが、すでに色んなところでほころびが見えてきた。快適かつ便利な世の中を科学技術で作り上げようとしたが、それはできない、ということがわかってきた。もう便利すぎる世の中より、われわれを生かしてくれている自然にもっと目を向け、われわれを取り巻く生き物――年々絶滅種は増加しているが――たちと共に生きてゆこうという考えが静かに広まってきている。選択は、われわれ一人一人の自治的自覚にかかっているのだ。

▼今年も多くの大切な人を喪った。ドナルド・キーン氏、「生物物理」の創設者・大沢文夫氏、世界システム論のI・ウォーラーステイン氏、「排日移民法」時の米全権大使埴原正直の評伝著者・チャオ埴原三鈴氏、難民等を支援して来られた緒方貞子氏、放浪詩人の高木護氏、『新・古代出雲史』の関和彦氏、ロシア学の第一人者・木村汎氏、歴史人口学のパイオニア・速水融氏。合掌。(亮)

十二月号目次

■ブルデュー社会学の集大成 畢生の大作、『世界の悲惨』 P・ブルデュー

■フランス現代思想“最後”の巨人の主著 『存在と出来事』をめぐって 藤本一勇

■鉛筆画の世界を切り拓いた画家、初の自伝 いのちを刻む 木下晋 城島徹編著

■全著作〈森繁久彌コレクション〉(第2回配本)

    モリシゲ節に酔ってきた モリシゲの芸に泣いてきた 松岡正剛

    唄う人、森繁久彌 伊東四朗

〈連載・新シーズン〉沖縄からの声Ⅶ―1「首里城燃える。」 石垣金星

〈リレー連載〉近代日本を作った100人69「児玉源太郎」 小林道彦

〈連載〉今、中国は5(最終回)「普遍的価値を尊ばない「人類運命共同体」」 王柯

    今、日本は8「あぁ、ニッポン無責任男」 鎌田慧

    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―40「歴史の書き換え」 加藤晴久

    花満径45「高橋虫麻呂の橋(2)」 中西進

    生きているを見つめ、生きるを考える57(最終回)「生きものか機械かの選択」 中村桂子

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