2005年12月01日

『機』2005年12月号:環境学を構築するための基本情報 西澤泰彦

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ファッション化する「環境」
 世の中、環境ブームである。ビジネスのネタを環境に求める企業は数多ある。大量生産・大量消費・大量廃棄の一翼を担っていた製造業の分野で、過去への反省と自らの生き残りをかけて、廃棄物処理やリサイクル事業に取り組んでいる例を耳にするようになった。環境教育ということばがあるように、学校や地域社会でも、「環境」を意識した行動が求められるようになってきた。ここまでくると、「環境」は、ファッションである。
 ところが、ファッション化した「環境」を支える学問は遅れている。地球温暖化をはじめとする地球環境変動、廃棄物処理や化学物質処理に代表される物質循環・資源循環の問題、自然と人間・都市との共生、人間の社会的活動を考える自然共生・都市再生の問題、という具合に環境問題は複雑多岐であり、それぞれの学者は多数いるものの、これらを総体として論じる学者は極めて少ない。なかでも一番厄介なのは、「自分の研究領域だけが環境問題に対する研究だ」と誤認している学者がいることだ。
 一方、学者には、それぞれの専門領域がある。専門領域を捨てて、新しい領域に立ち入ることは、学者にとっては難しい。野球の世界で、イチローのように投手が野手に転向する例はよくあるが、学者が領域を変えることはポジションの変更ではなく、野球選手が水泳選手になるようなもの。あるいは、高校で歴史の先生が物理を教えるようなもの。地球温暖化を研究している学者が、突然、廃棄物処理の研究を始めるのは容易ではない。となれば、環境問題を総体的に研究することなど不可能、という結論になってしまう。

環境問題を総体的に論じる
 『環境学研究ソースブック――伊勢湾流域圏の視点から』は、その疑問とジレンマに応える本である。この本は、ファッション化した「環境」に対して、それが広範囲なもの、その問題が複雑多岐であることを示しながら、環境問題を総体的に論じる基盤構築のため、それぞれの領域と問題に対して、その研究のネタや研究の基礎となるデータの所在を示したものである。
編集・執筆の主体となった名古屋大学大学院環境学研究科の所属教員は、さまざまな専門領域を持ちながらも総合的な「環境学」の構築を目指して集まった人々であり、そこに共通する認識は、環境問題を総体的に論じることを考えていることである。その方法は、それぞれの専門領域で有している知識と経験を使って、それぞれの視点から環境問題にアプローチしながら、その一方で他の領域を絶えず認識するという、一見すると平凡な方法であった。しかし、「学問に王道なし」というように、この平凡な方法による地道な研究こそが、環境学の構築につながるものであり、ファッションが廃れた時に、それは真価を発揮できるものである。

役に立つ基本情報
 今、「環境」のファッション化のおかげで、環境関係の職を目指して、また、環境学を極めたいと考えて大学や大学院に進学する若者が増えている。彼ら・彼女らが、ファッション化を乗り越えて、環境問題に向かい合うとき、この本は、その基本的情報を提供するソースブックとして大いに役立つはずである。これは、若者だけの特権ではなく、間もなく大量の退職者を輩出することになる団塊の世代が第二の人生を送る上で、環境問題に立ち向かうときにも役立つはずである。

((にしざわ・やすひこ/名古屋大学助教授)