2005年07月01日

『機』2005年7・8月号:「白ちゃん」へ捧げる歌 李広宏

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岡部伊都子先生
 私の友人で奈良の原さんが、一冊の童話を私に勧めてくれました。日本語も理解できますし、奈良のことも少々知っているつもりでしたので、何気なく読み始めたのですが、そのうち涙がポロポロこぼれてきました。「シカの白ちゃん」、なんて悲しくて優しいお話なんだ! 心に何かずしりとしたものを感じました。この感動が原さんを通じて原作者に伝わるところとなり、作家・岡部伊都子先生と中国人歌手・李広宏のご対面ということになりました。恐れ多くも岡部先生のご自宅におまねきいただき、感動のひとときを過ごさせていただいたことを、今もはっきり覚えています。爾来すっかり先生のファンになりました。もの静かな中にもピンと筋の通った素晴らしい日本女性だと尊敬申し上げております。私の歌手活動へのご声援をいただくなど、親しくお付き合いをさせていただいていることを大変喜んでおります。

日本と中国の文化・芸術交流
 さて、本書『シカの白ちゃん』のけなげで哀れなお話の中に、人間たちの身勝手な生活のために、動物や草や木も不自然な世界へ追いやられてゆく悲しさを感じずにはおられません。自然との「共存共生」、これが無ければ、いずれ人間たちは自然界から大きな仕返しを受けることになるでしょう。このお話は子供さんたちだけではなく、大人たちへの警鐘でもあるのではないかと私は感じました。
 多くのご家族で「白ちゃん」のお話が読まれるといいなと思っておりました折、韓国語でも出版されたとのお話を伺いました。私はこの日本の古都奈良発の童話が、アジアやアメリカやヨーロッパや世界中の人々に読まれるといいなと思いました。今、私、歌手・李広宏は、音楽を通して日本と中国の文化・芸術の交流の一助になればと両国で歌っています。親子、兄弟、家族の情愛、忘れがたいふるさとを思う心、美しい自然に感動する心、これは世界中どこでも同じ。これが私の歌い続けるテーマです。そして日本の素晴らしい童謡の世界を、中国の人々にも知ってもらおうと訳詞活動を続けています。「童謡と童話」、歌うか語るか、そこには共通のものがあると感じています。
 童謡唱歌の美しいメロディーのみごとなハーモニー。これにもう一つ日本の童話を加えて中国の人々にも知ってもらおう。そうだ、『シカの白ちゃん』を中国語に翻訳してみよう! 早速岡部先生のご了解を得て、大胆にも翻訳を開始したのですが――。

美しい自然や清らかな人の心
 歌の訳詞もそれなりの難しさはありますが、童話には違った難しさがありました。日本人なら理解し合える情緒、空気、心の動きなど、又子供さんたちへの語りかけ、中国の人々へはどんな漢字を当てて説明すれば物語の感動を味わってもらえるだろうか、などと悩み、学習し、日本の先輩諸氏にも教えを乞いました。さびしさをこらえて、けなげに生きようとする「白ちゃん」。突然襲った不幸。「白ちゃん」は私たちに何かを言いたかったのでは、などと翻訳しながら又ポロポロと涙がこぼれてしまいます。私は筆を擱いて、いつも私の歌を聞いていただいている周りの人々にこの話をしました。皆さんも感動して本を買って読んでくれました。「白ちゃん」誕生から五十年以上たった今でも、否、今だからこそ、飛躍的に進歩する機械文明の中に追いやられてゆく美しい自然や清らかな人の心に思いをやることの重大さをこの本は教えてくれます。
 「白ちゃん」、今あなたたちは天国で静かに暮しているでしょうね。私は鎮魂の気持ちを込めて「白ちゃん」へ捧げる歌を作りました。翻訳に併せて中国語と日本語の朗読のCDも作ります。
 岡部先生、どうかつたない翻訳をお許し下さい。そして「白ちゃん」の歌、一緒に歌いましょう。


(り・こうこう/中国人歌手)