2012年01月01日

『機』2012年1月号:〈対談〉東北の被災地をめぐって E・トッド+三神万里子

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青森から南相馬へ
【三神万里子】 今回の東北の被災地をめぐる旅は、岩手県の大槌町から被災三県の太平洋岸を南下しましたが、実は、青森市から出発しました。今回の旅はエネルギー問題と不可分ですので、どこを回るべきか、事前に東北電力の元幹部の方にうかがうと、「ねぶたで地元の人と一緒に跳ねて、東北の人間の精神に同化しないとインタビューは難しいのでは」と助言されたからです。後でお話ししますが、地域を守り復興する力は、普段のおまつりや消防団を担う青年団の共同性がどの程度強いかに比例します。
 ただし、青森ねぶた祭は祭りの行列の中心を企業グループが担っています。まず東北電力の社員が踊り、日本原燃を含む関連企業が続く。同じようにパナソニック、東芝、JAL……。私も行列の中で一緒に跳ねましたが、一大企業グループの序列がそのまま表れていると感じました。


【エマニュエル・トッド】 全般的な旅の印象は、何か天から地下へと降下したような感じでしたね。青森の日常から一歩一歩落ちていき、最後に南相馬で、ぼんやりとした不安定な雰囲気を感じた。


【三神】 青森はいわば「幸せ」のモデルです。企業が祭りを支え、家族ぐるみで参加している。そこから、企業城下町の釜石(岩手)を経て女川(宮城)の原発、そして南相馬(福島)。ホットスポットがいつどこで見つかるか分からない、死んでも生きてもいないような破壊のされ方に行きつきました。


【トッド】 可視的な日本から日本社会の深層へと降りた印象もあります。私は今回初めて、日本の庶民に触れて、彼らの私、つまり日本語をしゃべれず写真まで撮る「外人」への寛容さに感動しました。また、旅を続けるうちに土地の人から日本人の形式主義的な側面が消え、むしろフランス人的に見えてきました。福島県南相馬市でお会いした理髪店や酪農家の奥さんは、まるで南フランスの庶民でした。


【三神】 より厳しく被災している、秩序だった日本らしさが失われた場所ほど、トッドさんは、「フランスに似ている」と仰っていましたね。


東北日本の家族構造
【トッド】 まず、改めてねぶた祭から見える日本社会の構造を話しましょう。


【三神】 大企業の人々は、支店のトップから一般社員の家族まで跳ねる。そして、グループ企業の末端ほど、行列の後ろに並ぶ。跳ねているときは、自分の立ち位置から先頭までの距離が分かり、周囲に自分の子供がいるという状況です。家族を支えるために後何年この組織やグループの中で生きていくのか、無意識に立ち位置を理解する。電力、メーカー、系列、家族、全員が同じリズムで同じ衣装で同じ振り付けで踊る。
 この集団のかたちは、魚群に近いかもしれません。リーダーははっきりしないが、防御的・制御的に全体が動く。個々にある程度意思決定しながら、影響し合って同じ動きをする。


【トッド】 この行動形態は、部分的には東北の家族構造から説明できます。伝統的に、東北の家族では、ときには長男ではなく長女が家を継ぐ。また、兄弟の横の関係が緊密で、かつ上下関係がある。比較的早く父親が引退し長男が父親役をする。その延長上で、なんであれ東北の集団は他地域にもまして強く大きく広がり、より序列的になる。逆説的ですが、より水平的なものも強まり、さらに柔軟になる。まさに魚の群れです。


【三神】 一般に東北の人は我慢強いと言われますが、被災後、「自分は一番悲惨な人と比べてどのくらい無事なのか」という全体の中での序列把握がまずあり、反射的に「文句を言ってはいけない、もっとひどい人がいるから」となった。同様に、被災地同士でも序列的で水平的でもある支援の広がりがありました。それと、親の早い引退というご指摘に関連して、被災への反応や農漁業の再建について、六十歳を境に意思決定の仕方が違うといくつもの場所で聞きました。


【トッド】 それは興味深い。私はちょうど六十歳なので(笑)。 堀茂樹・通訳

(Emmanuel Todd /人類学者)
(みかみ・まりこ/ジャーナリスト)