2011年11月01日

『機』2011年11月号:フリードリッヒ・リストの経済学批判――リスト『経済学の国民的体系』序文・抄 E・トッド

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自由貿易は経済不安を増大させる
 自由貿易とそのすべての帰結を受け入れることは、全世界的な富裕と調和を招来することになるなどということは全く考えられない。不安定、不平等、貧困。この第二千年期の終わりにあって〔このテクストの刊行は一九九八年〕、グローバル化(世界化)された経済は、万人にとって祝祭であるわけではなく、不安が増大している。もし、支配的な理論が断言するように、各国経済の国ごとの制御調節がなければ、資源の最適な割当システムが産み出されるはずであるのなら、なぜ成長率が低下するのか。
 先進国での若い世代の生活水準の下落をどうやって説明するのか。われわれの精神的安定を確保するために、東アジアの停滞と、第三世界の最も脆弱な諸国、とくにアフリカ諸国の経済の崩壊を、どのように説明したら良いのか。アメリカ合衆国の解消不能な貿易赤字は何を意味するのか。日本、中国、メキシコの工業製品を際限なく輸入し続けるこの自由貿易主義超大国の貿易赤字は。
 理論に背反する事例はますます大きな堆積となっていき、われわれとしてはそれをどうすることもできない。しかしそれは、自由貿易主義の古典――スミス、セー、リカード――を読むだけでは、世界を正しく理解するのに十分でない、ということを強く示唆している。


保護貿易は考えられない?
 しかし問題は、一つの観念、最小概念、もしかしたら単なるスローガンかも知れないもの、すなわち自由貿易を、分析し説明するということなのだから、われわれの反省の過程で、自由貿易の陰画的分身たる、保護というものに対面することになることは、予め分かっている。
 しかしそうなると、次のように断言する者が出てくる。すなわち、実際には保護主義の理論家などというものは存在しない。自由貿易の結果はパッとしないかも知れないが、知的には他の追随を許さないのであるから、再検討の必要などはいささかもない。自由貿易が悪いのは認めるとしても、その反対物は、文字通り考えられないのであるから、それを適用するもしないも出来ない相談だ。
 このようなわけで、フランス最良の経済史学者の一人であるジャン=シャルル・アスランは、次のような根底的な非対称性の状況を定義する。すなわち、一方には理論がある。何世紀もの間、不断に精緻に仕上げられて来た、安定した理論たる自由貿易。対するにもう一方には、諸国政府の日々の細かな工夫によってなされる実践。それが一連の保護主義的措置をなす、というのである。
 アスランは、幼稚産業の保護についての部分的な理論を簡単に紹介するだけで済ませている。実際、その一節に言及し、通常はそれをフリードリッヒ・リストの作品に結びつける、というのが、経済学の教科書の慣行なのだ。
 フリードリッヒ・リストの名は、歴史の教科書にも登場するが、彼の『経済学の国民的体系』の内容はこれまで詳細に分析されたことはない。決してこの本の深さと理論的力強さは、認められていないのである。リストはしかしながら、権利要求を掲げるナショナリストにして俄仕立ての経済学者などというものとは、全く違う。古典派経済学の最も素晴らしい批判者の一人でかつてあったし、いまだにそうである。
 保護主義の理論が存在しないのは、奇妙な理論的不在である。しかしながら、もしわれわれが、一七七〇年から一八七〇年までの産業資本主義の出現に伴って交わされた、近代経済分析の創成期の論争の中に再び身を沈めてみるなら、目に入って来るのは、自由主義、社会主義、保護主義の間の三つ巴の闘争なのである。
 一七七六年に発表されたスミスの『諸国民の富』と、一八六七年のマルクスの『資本論』の第一巻の間に介在するのは、なるほど一八一七年のリカードの『経済学および課税の原理』の出版に違いないが、それだけでなく、一八四一年のリストの『経済学の国民的体系』もそうなのである。(構成・編集部)

石崎晴己・訳
(Emmanuel Todd /歴史人口学)