2011年02月01日

『機』2011年2月号:迫る鳥インフルの実態 岡田晴恵

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新型インフルエンザの誤った認識
 二〇〇九年春、鳥型ウイルスが豚に感染して、豚の中で維持されて豚型となったウイルスとの交雑が生じて発生した「新型インフルエンザ」。それほど大きな健康被害を出さずに済んだのは、実はこのウイルスはスペイン・インフルエンザや季節性のソ連型と同じH1N1型の弱毒性で、病原性が低く、ほとんどの成人が交叉性の基礎免疫を保持していたからであった。
 この結果、現在「新型インフルエンザは大したことはない」「これでパンデミックは済んだ」との誤った認識が広まっている。ワクチンや抗インフルエンザ薬、マスク等の備蓄、行動計画の策定等、国をはじめ、各分野で不十分ながらも進められてきたH5N1型強毒性新型インフルエンザ対策も、大きく後退しているのが現状である。

強毒性はスペイン・インフルエンザ以上の被害も
 しかし、人類がいまだ経験したことのないH5N1型強毒性鳥ウイルスが、人の間で流行する人型ウイルスに変異することこそ、新型インフルエンザ問題に関する目下の最大の脅威なのである。
 現在のH5N1型鳥ウイルスは、特に病原性の強い強毒ウイルスであり、人に対しても全身感染や多臓器不全を起こし、致死率は六〇%である。これに由来した新型ウイルスが大流行した場合も、五~一五%の高い致死率が想定されている(シンガポール政府内部資料)。
 このウイルスによるパンデミックが起これば、その健康被害、社会的影響は二〇〇九年とは全く比較にならず、一九一八―一九二〇年に、国内で四八万人(速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』)、世界で五〇〇〇万~一億人の死者をもたらしたスペイン・インフルエンザ以上の被害も想定されている。

いつ発生してもおかしくない
 二〇一〇年秋以降、島根県の養鶏場、鳥取・富山県の白鳥、鹿児島県のナベツルなどの強毒性H5N1型鳥インフルエンザの感染事例に加え、韓国でもより大規模な流行事例の報告が相次いでいる。いずれも、越冬のために南下してきた渡り鳥に関連した感染事例であり、ウイルス学的にも特定の遺伝的系統に属していることから、シベリア等の北極圏の営巣地帯に強毒性H5N1型ウイルスが"定着"した可能性が高く、今後、毎年冬季に、恒常的に強毒性H5N1型鳥インフルエンザが発生、流行する恐れがある。
 さらに、H5N1型ウイルスは、インドネシアや中国では豚での不顕性感染も報告され、遺伝子交雑による新型インフルエンザの出現可能性が指摘されている。また国内だけが注目されて十分に報道されていないが、エジプトなど海外では、人への偶発的な感染例、死亡者の報告は、二〇〇九年に再び増加傾向に転じ、鳥型から人型に徐々に変化しつつある兆候も認められており、いつ人型ウイルスが発生してもおかしくない状況である。

柱はプレパンデミックワクチン政策
 新型インフルエンザは、大多数の人々が免疫を持つまで流行する。つまり誰もが感染するかワクチンを打つ以外にない。実はH5N1型ウイルスのワクチンはすでに存在する。このプレパンデミックワクチンは、ウイルス感染や発症そのものは完全には阻止できないが、接種を受けた人にH5N1型ウイルスに対する基礎免疫を賦与することで、重症化、死亡のリスクを大幅に軽減する効果が見込める。
 また、国民の大多数に事前に接種して免疫を持たせることができれば、その国での大流行を回避できる可能性もある。個人の重症化を阻止し、社会全体としては大流行を回避して、社会機能を維持することで二次被害を免れることが見込める。

希望者にはワクチン接種を
 こうした理由から二〇〇六年から三年間に亘り、国家備蓄されてきた三〇〇〇万人分のH5N1型プレパンデミックワクチンも、すでに二〇〇〇万人分が使用期限切れとなり、残り一〇〇〇万人分も本年の秋には使用期限が切れる。今こそ、ワクチンの備蓄を強化し、事前接種を積極的に検討すべきである。
 プレパンデミックワクチンの安全性と有効性をさらに検証しつつ、自己負担を前提に、希望すれば誰でも接種できるようにすべきだ。そうした措置自体がこの問題に対するメディアや世論の関心を高めることにもなろう。ワクチンの安全性、有効性のデータを開示し、H5N1型プレパンデミックワクチン政策の国民的議論が為されることを願ってやまない。

(おかだ・はるえ/ 21世紀政策研究所シニア・アソシエイト、感染免疫学者)