2008年02月01日

『機』2008年2月号:ロシアとは、一体何者か?  エレーヌ・カレール=ダンコース

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●ソ連の崩壊を予言した著者による、初のロシア史。

1989年――革命の再検討
 1989年、フランスはフランス革命200周年を祝う。同じとき、欧州の別の最果てであるソビエト社会主義共和国連邦でもこれらの式典に呼応して、自らの存在それ自身でもってロベスピエールのメッセージが永遠に持続していることを立証するのである。
 レーニンがフランス革命とパリ・コミューンの継承を唱えながら、ロシアの大地の上で権力を掌握してから70年以上が経過していた。彼の強権発動は、革命の歴史上初めて永続革命の特権を名乗る強力な国家体制を誕生させた。ソ連は、世界を震撼させただけでなく、新しい人民、すなわちホモ・ソビエティクス、もしくは、それを越えたホモ・コムニスムスを創造することによって永続的に世界を変革するという革命家の能力を示したのではなかったか?
 ソ連は、ある国がその土地の、もしくは人民の名前ではなく、政治計画の名称そのものを国名に冠する意味論のシンボルであろうとした。ロシアはこうして、いまや社会主義とソビエトの土地へと座を譲ったが、これこそ歴史との断絶を示す反論の余地ない証拠である。
 だが奇妙な運命の転換によって、1989年は諸革命の栄光の年――フランスにとっては記念すべき年、その永続性を他国に見せつけるための年――となるはずだったが、あちらでは疑念の年であり、こちらでは崩壊の年、となってしまった。フランスでは、過去2世紀もの間さんざんけなされていた最後の国王ルイ 16世が、突然、革命の遺産なるものについての既成概念を問題視する集団意識の中に再登場した。

ロシアの自己への回帰
 しかし東欧では、歴史の加速化は、過去の神話だけでなく、レーニンと彼の後継者たちによって設立され、あれほど堅固に見えた体制さえもたちまち一掃してしまう。ロシアでは70年間も、隣接共産主義諸国では約半世紀にわたり作り上げられた「新しい人間」は、この1989年という年に彼らを生み出した世界をじっと眺め、突然、怒りに駆られてこれを拒否してしまう。
 まずベルリンでは11月9日、過去の革命の追憶の空間と、今世紀の革命だとして長期約束されているかに見えた空間とを分ける象徴的な壁が打ち壊された。次いで、一国から次の国へと中部欧州と東欧へと壁は壊された。ついには2年後の1991年、反乱は体制の心臓部であるソ連に到達し、あれほど長く廃絶されていたロシアが突然、長い過去の廃墟の瓦礫をはねのけて立ち上がり、そのはずみで社会主義とソビエトの祖国である国を揺り動かし、破壊してしまう。
 世界全体があれほど強く1917年の不可逆性を信じていたのに、この予期しなかった世紀末の展開を、どう理解しようと試みるのか?
 欧州共産主義を一掃してしまった天変地異の発端となったのが結局はロシアの再生だったことから、なによりもまず成すべきことは、きちんとロシアに向き合うことだ。今世紀の全ての革命的プロセスが端を発したロシア、70年もの間自分自身の歴史から不在だったロシア、そのロシアが突如として共産主義世界の舞台を去ってしまったために、もはや共産主義世界には何も残っていないのだ。
 このロシアの自己への回帰こそ、まず検討に値する。次いで、かくも異例な歴史的運命の根源について熟慮して見るべきではないか? 自らの抹消を受け入れたこのロシアとは、一体何者なのか?
 それを見極めるために、さあ行こう、ロシア人自身がそうしたように、ロシア発見の旅に出かけよう。

(Helene CARRERE D’ENCAUSSE/アカデミー・フランセーズ/国際政治学)