2007年10月01日

『機』2007年10月号:今日にまでつづく戦後 井口時男

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安岡章太郎のしたたかさ
 本コレクションは編年体で編まれている。編年体とは、いってみれば、歴史を1年ごとに輪切りにすることだ。輪切りにされた断面は、あたりまえのことだが、通史的展望にはおさまらない実に多様な相貌を見せている。
 そのなかで、安岡章太郎の「ガラスの靴」は抜群の鮮度を保っている。それはおそらく、この小説が、今日にまでつづく戦後という時代の本質をあざやかにとらえているからだと思われる。実際、歴史の断面図としての本書のなかに収録されるとき、この可憐な青春小説、恋愛小説が、あたかも戦後という時代のアレゴリーであるかのように見えてくる。
 「僕」にも悦子にも自分の住居というものがない。悦子は米軍軍医の家のメイドで、「僕」は猟銃店の夜番だ。それはいかにも「戦後占領期」的な状態だ。彼らの恋愛遊戯は、米軍軍医が接収家屋に買い蓄えてある豊富な食糧に依存し、かつ、軍医の休暇による3ヶ月の不在に依存している。つまり、この恋愛遊戯が成り立つためには庇護者としての米軍がいなければならず、かつ、権力者としての米軍がいてはならない。これは背理だが、しかし、戦後日本とはこの背理そのものだったのではないか。
 一方に米軍(しかし武官ではなく軍医)が配され、他方に猟銃店が配される。この猟銃店の夜番として、「僕」は侵入者を警戒する役目だが、万一侵入者が現れても、「僕」は周囲に豊富な武器を手にして闘うことはないだろう。「闖入してくる盗賊とたたかう勇気は、僕にはなかった。僕はただ、火事と泥棒とがやってくるのを待つだけだ。」この論理はまるで、戦力にして戦力にあらず、軍隊にして軍隊にあらず、と解釈された自衛隊(51年にはまだ警察予備隊だった)の論理のようではないだろうか。――こういう細部のさりげない仕掛けにおいて、安岡章太郎は実にしたたかな小説家だといわざるをえない。

軽さが輝きを発揮した最初の年
 彼らは自分たちの遊戯が「夏休み」限りのものであることを知っている。それはモラトリアム(猶予期間)である。モラトリアムという言葉が一般的に使用されるようになるのは70年前後からだが、もはや子供ではないがいまだ大人でもないという背理の一時期として、青春とは本質的にモラトリアムである。人生上のこういうあいまいな季節は近代の高等教育の普及によって長期化したが、戦後社会はこの期間をいっそう引き延ばした。同時に、モラトリアムは、マッカーサーによって「12歳の子供」だと評され、独立後もアメリカの庇護と抑圧(現実には核兵器の「傘」だが)を脱せない日本の状態のメタファーでもある。その意味でも、この小説は、たんに「占領期」に限らず、戦後という時代の本質をうがっているようではないか。
 「ガラスの靴」の世界は、軽くて明るくて子供っぽい。もちろん悦子の子供らしさが演技でなく心の病であるかもしれないように、この軽さ明るさ子供っぽさの背後には、切迫感と痛ましさとが貼りついている。そしておそらく、1951年には、この軽さ明るさも、国際政治の力学によっては、一瞬のあぶくのようにはじけて消えかねない危うさも含んでいたのだ。彼らの「夏休み」、すなわち猶予期間はまもなく終わり、「本当の夏は、これからはじまる」のである。
 しかし、実際には戦後日本の猶予期間は終ることなく継続し、軽さも明るさも子供っぽさも、ポストモダン、あるいは高度資本主義、高度消費社会と呼ばれた 80年代以後、いっそう拍車がかかって現在に至るのだ。そういう観点から振り返るとき、1951年は、重く苦しい戦後、そして、重さ苦しさと取り組んできた戦後文学の歩みにおいて、軽さというものがにわかにきらめきはじめた最初の年ではなかったか。そんな気もしてくる。

(いぐち・ときお/文芸評論家)