2007年07月01日

『機』2007年7月号:わが崩壊の町――オルハン・パムク『イスタンブール』を読む アルベルト・マングウェル

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●ノーベル文学賞受賞作家、待望の最新作『イスタンブール』刊行

イスタンブールの憂愁(ヒュズン)
 家族についてのトルストイによる有名な見解を言い換えるなら、幸福な都市はどれもよく似通っているが、憂鬱な都市はそれぞれに憂鬱である。リスボンの郷愁、ブルゴスの悲しみ、ブエノスアイレスの憂鬱、トリノの憂愁、ウィーンの哀愁、アレクサンドリアの倦怠、プラハの陰惨、グラスゴーの陰鬱、ボストンの落胆――これらに共通しているのは憂鬱ということばのほんの表面にすぎない。オルハン・パムクによれば、イスタンブールの憂鬱とはである。このトルコ語はアラビア語に由来し(クルアーンに五回現れる)、深い精神的な喪失感と人生への前向きな見方の両方、つまり「人生を否定するとともに究極的には肯定するような心の状態」を示す。イスラーム神秘主義においては、ヒュズンとは、十分に神に近づくことができないときに感じられる精神的な苦悩であり、聖十字架のヨハネによれば、この苦悩のゆえに、殉教者は深く降下し、結果としてその魂は神聖な願いへと飛翔する。それゆえヒュズンとは、非常に求められている状態であり、ヒュズンがあることではなく、それが無いことが、殉教者を苦しめるのである。パムクは言う。「殉教者は、ヒュズンを経験しそこなったことで、それを感じたいと思わされるのだ」。さらに、パムクによれば、ヒュズンとは、一人だけの精神状態ではなく共同的な感情であり、個人の憂鬱ではなく無数の人間に共有された暗い気持ちなのである。彼は、この楽しく、深遠で、驚くほど独創的な本で書いている。「私が説明しようとしているのは、ある町全体のヒュズン、つまりイスタンブールのヒュズンなのだ」。

いくつものイスタンブール
 パムクはまず、まずあるイメージの探究から始める。そのイメージとは、伯母さんの家にかけられていたヨーロッパ土産の安っぽい子供の肖像である。「ごらん、あれはあんただよ!」伯母さんは、その絵を指さしながら五歳の少年にそう言ったものである。パムクにとっては、描かれている少年(パムクに少し似ていて、彼が時々かぶるのと同じ帽子をかぶっていた)がもう一人の自分となった。同じ町の別の家で同時に生活しているもう一人のオルハンであり、夢のなかで遭遇すると、恐怖の叫びを上げるか勇気を振り絞って目を合わせ、「不気味で無慈悲な冷静さで」、どちらも相手をにらみ倒そうとするのだ。
 彼とその「もう一人」の絵がそうであるように、イスタンブールもまた、別のイスタンブール、影の中にある影のような存在につきまとわれていることを、パムクは示唆する。パムクはこの町を、本書を彩る古い版画や古い写真に反映された黒と白のなかに見る。廃墟となった建物は過去のそれら自身の亡霊を思い起こさせ、国家的な記念碑は、それがやがて崩壊することを暗示している。他の作家たち――何人かのトルコの大家と、旅行で訪れたさまざまな外国人たち――による描写を通じて、パムクは、自分の知っているイスタンブールの二重のイメージをさらに列挙する。詩人のヤヒャ・ケマルや歴史家・百科事典作者のレシャト・エクレム・コチュ、ジェラール・ド・ネルヴァルやギュスターヴ・フロベールによって見られるなかで、パムクのイスタンブールはロールシャッハテストを重ねるように展開し続け、インクのしみの亡霊を増殖させながら、読者を解釈の無限の可能性へと誘う。
 パムクはこの町の物語を、記憶の眼を通して語り、一歩進むごとに、読者に対して、「これは、はるか昔の若き日々の混沌とした思考を、何とかかたちにしようとしている五十五歳の作家の言葉なのだ」と警告する。両親のあいだのいざこざ、風変わりな祖母、兄とのあいだの衝突もふくむ友情、性の目覚め、そして初めて自分でおこなった芸術家としての探究――これらの記述が、この本の最後の、次のような断固たる言葉へと、止めがたく導いていく――「作家になるよ、ぼくは」。しかし、この過ぎ去りし日の決断でさえも、どこか作り事めいていて、夢のような、思い出のような質感を帯びている。英語には存在しないがトルコ語にはある過去の時制では、語り手が人から聞いたことと自分自身の目で見たこととを区別することができる。「夢やおとぎ話や目撃できなかった過去の出来事を話すとき、この時制を使うのだ」とパムクは説明する。彼の本は、この時制で書かれているようだ。現実のぎりぎりの縁にある声、実際にあったのを彼が知っていることと彼が想像の上で真実だと信じていることとの中間にあるような声で、書かれているのだ。この声、この調子、この時制は、憂鬱を描くのに完璧に適しているのだ。

パムク自身となった町
 共有された憂鬱としてのイスタンブール、二重写しのイスタンブール、崩れ落ちた建物と亡霊のような光塔のイスタンブール、高い窓やバルコニーから見ると道が迷路のようになった町イスタンブール、外国人が捏造したイスタンブール、初恋と葬式の場としてのイスタンブール――イスタンブールを定義しようとするこうした全ての試みは、最後には、自画像としてのイスタンブール、パムク自身としてのイスタンブールとなる。「ここで問題の核心部分にきたようだ」と、パムクは本の前半で述べている。「私はイスタンブールを離れたことはない。子供時代の家や通り、界隈を離れたことはない」。そんな町は、何重もの意味において、その住人のものとなる。「不幸せとは自分や自分の町を嫌悪することである」、パムクは34章にこんな題をつけた。したがって読者は、彼は不幸せな人間ではないという結論を導かねばならない。なぜなら『イスタンブール』は、この町を愛する人間が書いた本なのだから。
 ある人がある町に十分長く住み続けると、その町はその人自身の像に合うようになり、その人の人間性の特徴やその人の精神の特徴を獲得する。その町は、以前ホルヘ・ルイス・ボルヘスが「自分の屈辱と失敗の地図」と呼んだものになるのであり、パムクのイスタンブールについていえば、ある人間のヒュズン、つまり彼の個人的な悲惨や裏切りと秘められた勝利の地図となるのである。

(Alberto Manguel/1948年アルゼンチン生。
編集者・翻訳者・作家。『読書の歴史』など)
(『ワシントン・ポスト』紙05年6月26日付)