2006年12月01日

『機』2006年12月号:蝶と樹々の回帰線 今福龍太

前号   次号

◎〈石牟礼道子全集・不知火〉⑥今月刊!


九州から南島へ
 蛭でもあり蝶でもある黒虫が首を擡げる天の方角に、石牟礼にとっての聖樹がいつも聳えていた。いや、つつましく荘厳に立っていた、というべきだろうか。聖樹において、生と死は、前世と来世は、世俗の泥水と常世の清水は、たがいに豊かに触れ合っていた。そこで天草の浜辺に立つアコウは、与那国の岩室を蔽うガジュマルとひとつの樹として、南へとつづく「潮の道」を通じて結びあっていた。九州から南島へと巨木を求めてさすらう『常世の樹』という、この世におけるひとつの恩寵のような紀行文は、不知火の海から南九州・沖縄・八重山へと海月のごとく漂い流れる作者の、その旅にある魂の、樹々を媒介にしてそれを育む水と潮のなかに自ら溶け入ってしまおうというほどの、聖なる憧れを映しだす佳作である。

この世ならざる樹
 それはたしかに、この世ならざる「常世」の樹であった。「日常やむなくひとり離されて人間の方にいかせられている」と語る石牟礼にとって、幹にたっぷり風と潮を吸いこんで皮膚呼吸しながら生きる巨木らは、此岸の一時的故郷を離れて彼岸へと真に里帰りするための場を彼女に与えた。その常世とは文字通り死者の国でもあったが、同時に、いまだこの世に目醒めぬ胎児が柔らかい羊水のなかで無垢をまどろむ始原の母胎空間でもあった。だから、石牟礼の訪ねる巨木らの樹下には、かならずどこかで母の面影がゆっくりと立つのだった。それは、現実の母の死とともにいったん形を失ったのち、あるとき、彼女が行く先々の水の面や樹々の葉蔭に静かに現われるようになったという。そのハハの姿とは、肉親としての「母」の固有の像が誘い出した、より深い「妣」の顕現であり、列島の心性が思いつづけてきた族霊的な「妣」の集合的な像として、石牟礼の特別に鋭敏な感覚が引寄せたものにちがいなかった。そしてその死んだ妣たちの国とは、いうまでもなく、あれらの蝶に擬せられた久高島の神女たちがつながる霊的な世界の謂でもあった。


 陽の光が、神女たちの髪に挿したイザイ花や神苑の樹々の上に耀よい、そして翳った。アコウの巨樹が、そのような円舞をおおって枝をさしかけ、天と浜辺をつなぐ柱のように立っていた。
   わたしの心の遠い沖に、流竄の神々を乗せた小さな舟の影が、浮かんで消えなかった。 (「海のおもろ」)


 この流竄の精霊が乗る刳舟への同乗を、石牟礼はどこかで強く希求する。斃れた樹を刳りぬいてつくられた小舟の発散するなまなましい精気に守られ、「常世」の浪に棹さし、「妣」のくにへとたゆたい、海をわたる蝶に導かれてゆく海路……。それは、天草栖本の浜に立つアコウ樹の足元から船出して、沖縄本島金武村伊芸のフンシーガジュマルの緑陰の汀へと辿りつくはるかな航海でもありえたが、あるいはまた、いまだ見ぬ沖永良部島の「暗河」に湧きだす清水が、常世浪の送り込む海からの變若水と触れ合ってたてる遠音のなかを行き巡る、小宇宙のなかの水の旅であるのかもしれなかった。

地と潮を渡る旅
 そうした地と潮を渡るあらゆる旅のはざまに、天から降りて来た傘のようにして、いつも聖樹が立っていた。石牟礼の前で、巨木らは、静かに常世の理を旅人に告げるだけでなく、世俗の煩悩をすべて背負って苦しそうに枝葉を騒がしく震わせることもあった。だからこそ石牟礼は、これら樹々への「聞き書き」とも読める書『常世の樹』のなかに、つぎのような矛盾ともみえる文章を併置することで、聖樹たちのくぐもった声の多義的な響きを守ったのだった。


   なにかしらわたしたちの経験したことのない不幸の一大パニックの底
  流が、依り代の樹を求めて、ここに渦巻き来たっているのではあるまいか。(「精霊樹海」)


   ふとそこは宇宙の端っこで、屋久杉たちはその縁飾りのようにも見
  え、風が、そこからはじまる始源の音楽のように微かに鳴っていた。(「神は秋を装う」)


 日田高塚の恐竜のような形をした大公孫樹の疲れた姿は、人間の業が招き寄せた世界を襲う未曾有の災厄の予兆かもしれず、そうした世俗の臨界に触れているからこそ、逆に樹齢七千年にも達する屋久杉の天上的な音楽の透徹はいや増さるにちがいない――。現世と常世とがねじれの位置で交差する、この宇宙の縁飾りの場、この生の零落の汀に石牟礼道子は立ち、すべてのノイズと聖音の依り代として、巨木の幹にその不透明な身体と耳をあずけつづけるのである。

羽あることば
 つい先日、アダンゲやモクマオウの枝をピューピューと唸らせて颱風が去った奄美大島で、樹の生命にまつわる不思議な話を聴いた。島の考古学者の友人がいうには、祝女墓を抱き込んだガジュマルは死期が近いのだという。聖樹の傍らに珊瑚石を積みかさねて埋葬されたノロの逞しい骨は、数百年ののちにガジュマルそのものの生命力によって墓ごとその気根のなかにとりこまれ、やがて樹の幹に飲み込まれてゆく。だが、まさにそのような時間と歴史の経過は、ちょうどガジュマルに天が与えた樹齢に匹敵するらしく、ノロ墓を抱き込んだガジュマルの巨木はまもなく見事に枯れてゆく、というのである。珊瑚の遺骸が洞窟や白砂となって樹々の根を育み、珊瑚を透過した豊かな硬水が人々の骨をつくりなし、やがて死んで埋葬された者の骨が、珊瑚砂とガジュマルとに時を経て一体化してゆく。南の島は、このような輪廻と合体のことわりを、樹々を通じて静かに語っているのだ。そして、そこにはきっと「螺鈿細工の青貝の精のような羽肢」が、はらはらと舞い漂っている……。
 石牟礼道子による、蝶と樹々の回帰線から北上してきたこれら羽あることばにたいし、読者はおのれの個体としての生命時間を超える時の振幅への想像力と慈しみをもって、聞き耳をたてねばならない。

(いまふく・りゅうた/文化人類学者)