2006年05月01日

『機』2006年5月号:「知識人」の誕生 白鳥義彦

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ドレフュス事件と「知識人」
 「知識人」、今日の日本においてはこの言葉それ自体、あるいはこの言葉によって指し示される人々が、社会のなかで重要な位置を占めているとはとても言えない状況にあるかもしれないが、約百年前のフランスではそうではなかった。ドイツへのスパイの嫌疑をかけられた一ユダヤ人将校の逮捕に端を発し、フランスという国家・社会の理念そのものが問われることとなる、フランス社会を二分する大きな問題となったドレフュス事件(1894年~)のなかで、独自の社会的なカテゴリーとして重要な役割を担う「知識人」が「誕生」したのである。本書では、今日的な意味での知識人の誕生の時期として、現在でも常に参照されるこのドレフュス事件期の様相を軸に据えながら、知識界・文化界と政治・社会との関係が広い視野のもとで論じられている。


文人、……科学者、そして知識人
 本書において興味深い第一の点は、「知識人」に先行して社会のなかで同様の役割を担った人々、すなわち「文人」、「詩人」、「芸術家」、「科学者」、「哲学者」などの系譜的な流れのなかで、「知識人」の誕生が論じられていることである。この分析を通じて、フランスにおいては、政治の場そのものとは別のところからなされる、社会的な意味合いを有する発言が尊重され、重視される基盤がすでに早くから存在していたことが明らかになる。そうした基盤の上に「知識人」が誕生してきたわけである。

知識人の構造的分析
 興味深い第二の点は、ブルデュー的な界の概念をも踏まえながら、構造的な分析が試みられていることである。「知識人」が一つの社会的カテゴリーとして認知されるに至る背景には、ここに一括りにとらえられる人々の「数」の増大があった。ある個人の有名度といった「質」の重視から、人数の多さといった「量」の重視へという転換が、社会的カテゴリーとしての「知識人」を生みだす一つの契機となったわけだが、そこには例えば十九世紀末の第三共和政下における高等教育改革を通じて新たに出現した若手教員や学生の増大ということが背景として考えられる。そして、パリ―地方の関係や、学問的なヒエラルキーなど、学問界のなかでの位置づけによって、ドレフュス事件をめぐる論争のなかでの各人の立場が規定されてくるのである。また文学の前衛と政治の前衛との関係性の深さといったことも指摘されるが、そこには並立する界相互間の関係や、すでに地位の確立した人々に対する新参者による差異化の戦略という、世代間の闘争にもつながる普遍的な構図も見出される。

当時の状況を活写
 興味深い第三の点は、構造的・統計的な分析に加えて、豊富なエピソードを通じて当時の状況が生き生きと描写されていることである。こうした深みのある記述を通じて、本書の登場人物が現実にとることとなる道程の必然性がはっきりと感得されるであろう。

知識人とは何か
 著者のクリストフ・シャルル氏は近現代史の分野で現代のフランスを代表する研究者であるとともに、ARESER(高等教育と研究の現在を考える会)の事務局長として、まさに知識人的な立場から、学問界という枠を超えた社会的な発言も行っている。したがって本書は、新語としての「知識人」を生んだ、知識人の「栄光の時代」についての論であるとともに、社会における知識人のあり方を問うという実践的な関心にも裏打ちされている。
 こうして本書は、文学界の変容、大学改革の影響、大衆的な動員のインパクトといった諸論点を取り上げながら「知識人」の生まれてきた約一世紀前の出発点に立ち返るなかで、今日に通じる社会の変化を鮮やかに描き出している。

(しらとり・よしひこ/神戸大学助教授)