2003年11月01日

『機』2003年11月号:文化の大転換期をどう読み解くか 根本長兵衛

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総勢17名の世界的知性による、激変する文化状況をめぐる討論の記録!

文化の大転換期
 グローバル化に関する本が相次いで上梓されている。ほとんどは経済・金融、あるいは超大国アメリカの「帝国主義」をテーマとしており、文化のグローバル化を正面から論じた本は皆無に近い。しかし今日、世界が直面しているのは未曾有の文化の危機ではないのか。世界同時進行のデジタル革命とメディアの肥大化の影響で、アジアでも欧米でも若者たちの「伝統と教養離れ」が急速に進行している。たしかに、「ポスト国民国家」時代のグローバルな市民対話の道が開かれ、国境を越えた多彩な異文化交流を促進する気運も高まっている。だが一方で、世界の芸術文化の基盤を支えてきた活字文化の独占的な地位が大きく揺らぎ出した事実も否定できない。この文化の大転換期をどう捉え、どう読み解くべきなのか。
 一九九五年の阪神淡路大地震、オウム・サリン事件以降、日本列島は「崩壊感覚」の深い霧にすっぽり覆われたかのようで、世相の暗さはつのり、日本人の多くが価値観やアイデンティティを喪失する深刻な文化の危機に喘いできたと言っても過言ではあるまい。ところが景気回復論議ばかりが過熱先行し、われわれの生活を根底から脅かす文化の危機を巡る論議はあまり聞かれない。

文化の危機を巡るシンポジウム
 本書『グローバル化で文化はどうなる?』は、この“空白”を埋めるべく、昨今の文化大変貌を「世界の中の日本」という広い視座から捉え直そうとする試みであり、その元になったのは、本年二月に東京で二日間にわたって開催された同名の国際シンポジウム(EU・ジャパンフェスト日本委員会主催)である。このシンポジウムでは、日欧の大知識人、エドガー・モラン、加藤周一両氏を中心に、日欧、韓国、カナダの知識人・文化人総勢一七人が、芸術文化の大変動を縦横に論じ、二十一世紀の文化創造の方途を多角的に検討した。第一日目は、加藤周一、初来日の国際政治学者バッサム・ティビ、エドガー・モラン、辻井喬の四氏による基調講演で始まり、続いて座談会「デジタル時代の芸術文化の役割」は筑紫哲也氏の司会で進められた。二日目は「異文化交流と言語の創造力」、「情報のデジタル化と文化の将来」という二つの分科会で構成され、司会はそれぞれ三浦信孝氏と黒崎政男氏。各分科会の冒頭では、カリブ海出身の女流作家マリーズ・コンデ、フランスの映画評論家ジャン=ミシェル・フロドンの両氏がクレオール文化の現状、映画の危機について講演した。二日間の討議終了後、「総括」をかねて八十二歳のモラン氏が再度登壇、壮者を凌ぐ雄弁で「複雑性の哲学」に基づく壮大な二十一世紀の文化の展望を披露、聴衆を魅了した。
 本書の性格上、その内容は文化の危機への具体的な対応策、解決策の提示というより、多彩な問題提起になった。読者諸氏には、討議全体から発せられる文化の将来に対する不安と期待のポリフォニックな共鳴に耳を傾け、それぞれの文化への思いを深めて頂ければと念願している。本書がわが国における文化を巡る活発な多事争論のきっかけになることを期待したい。

(ねもと・ちょうべい/前共立女子大学教授)