2003年07月01日

『機』2003年7・8月号:思想家ミルから現代へのメッセージ 杉原四郎

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若き読者へ
杉原四郎

 私がはじめて教壇に立ったのは敗戦直後。二十六歳の私が学生に一読を推めたのは、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』であった。本書に丸山眞男や鶴見俊輔が強い感銘をうけたことが、末尾に丸山が書いた回想にでてくる。丸山によれば、本書の特色は、人生いかに生くべきかという倫理が、社会科学的認識とは何かという問題ときりはなさずに問われている点にある。当時のわが国では、倫理と論理を結びつけたものはなかった。それで私は、ミルや河上の『自伝』や、マルクスの『ドイツ・イデオロギー』、ミルの『自由論』、河上の『貧乏物語』などを学生に推薦しつつ、将来できたら私も自分なりの『君たちはどう生きるか』を書いてみたいと念願するようになった。
 今度の『著作集』を編むにあたって心がけたことは、私が書いてきた全著作を凝縮して全四巻にまとめ、その精髄――倫理と論理をむすびつけるもの――を読者につかんでもらうこと、いいかえれば社会科学の著作が同時に人生読本にもなって若い読者にはたらきかける作品になることであった。最年長のミルに対するマルクスや河上の思想的・人間的なかかわりの解明につとめたのも、三人の思想を私自身がどのように吸収したかを書いた文章を各巻に採録したのも、そのためである。網羅的な全集に対する立体的な著作集の独自な意義はここにある。ミルもマルクスも河上肇も、理想社会の言説を信じ、終生それに役立とうとする努力をつづけていった。私もこの著作集の編集をつうじて、またその完成の後も、吉野源三郎が書いたように、若い読者に話しかけるノートを書きつづけてゆきたいものである。
(すぎはら・しろう/元甲南大学学長)