2002年09月01日

『機』2002年9月号:「世界システムはいかに研究すべきか」 イマニュエル・ウォーラーステイン

前号   次号


ウォーラーステイン責任編集〈叢書 世界システム〉待望の続巻刊行!

 ここにわれわれは、フェルナン・ブローデル・センターのいくつかの研究ワーキンググループからの一連の報告を読者に提供し、もって『レヴュー』(Revi ew)誌創刊一〇周年(一九八六年)を記念したい。これら諸報告から読者が、目下進行中のわれわれの知的営為の広がりについてだけでなく、それと同時に、われわれが研究活動を組織していくやり方についても、あるイメージが得られるようにと願っている。

第一のステップ――明確化の段階
 はじめに研究組織について一言述べたい。われわれのセンターにはいくつかの研究ワーキンググループが置かれている。各グループは通例五~一五人のメンバーからなり、かれらは各種分野出身の教授や大学院生である。多くの場合、第一のステップがいちばん困難にみちている。それは明確化の段階である。つまり、われわれが着手しようとする問題はたいてい、すでに誰か他の人によって手がつけられてきた。だがわれわれはそれらの問題を、世界システム論と自ら称するパースペクティブから研究しようとしているのである。他人はまだなしえていないとわれわれが主張でき、またそのように考えることさえできるのは、どういうことなのか。それをわれわれは、それぞれの場で明確にしなければならない。
 この作業はすぐに終わる場合もあれば、数年を要する場合もあり、また失敗してそのグループが解散する場合もある。こうした作業段階のものが、書かれた成果に至ることはめったにない。しかし時には、そのグループが、自らの当初の考えを公的な批判にさらすよう要請されていると感じることもある。南アジア・グループのケースがそれであって、このグループは本誌掲載の論文〔本書第五論文〕を一九八五年の第一四回南アジア・コンファレンスに提出した。この論文は、当該分野における論争点を検討したものである。そこでは五つの主要問題が選び出され、解答すべき方向が示唆されている。これは一種の下草刈りの段階にあるものだといえよう。


「世界化(モンディアリザシオン)」とグローバリゼーション
 グローバリゼーションという用語はアメリカ的なものに由来しているが、フランス語やおそらく日本語など多くの言語で、そのまま採用されてきた。この用語はもともと経営学の文献を起源とするものであり、多国籍企業が世界中いたるところで同じ製品を販売でき、国際的規模で価値の流通を組織できるという事実を説明するものであった。多国籍企業は、自らの販売経路、工場や生産現場、資金調達、研究、そして企業幹部の採用さえも世界中に配分するというわけである。そこから拡大解釈して、アナリストのなかには、トランスナショナル〔超国籍的〕なものからグローバルなものになった大企業の優位性を結論づける者もいた。大企業の権力たるや強大で、各国政府は結果的に財政政策、労働法、社会保障、金融制度をこれに適合させねばならないほどであったのである。
 だが、長期的な歴史研究によれば、このプロセスにはグローバリゼーションの語を引き合いに出すほど絶対的に新しいものがあるわけでなく、とりわけ交易・観念・生産の国際化のプロセスの起源は一六世紀以降にある。世界経済についてのフェルナン・ブローデルやイマニュエル・ウォーラーステインの仕事が思い起こされるべきである。こうした相互依存の高まりにもかかわらず、諸空間、諸空間、そしてやや遅れて諸空間は、それらが遠隔地貿易や金融の動きに接合されたなかにあっても、自律性を保っていた。およそ国際化の新たな発展は国内組織の不安定化となって現れるが、だからといって各領域内で組織されている連帯の終わりを告げるものではないのである。こうした理由から、本書のタイトル〔原書の主タイトルは Mondialisation et r€馮ulations〕は、グローバリゼーション(globalisation)と区別し対立させて、世界化(mondialisation)という語を使っている。両者は同義語ではないのである。

第二のステップ――具体的な研究の定式化
 だが、論争点を検討するというのはどんなに実りが多かろうとも、それ自身は研究でない。次のステップがおそらく最大の困難をなす。つまり、明示された知的難問を定式化し、その難問に着手しうる一連の具体的な研究ステップを定式化することである。これはつねに難題をなす。もっともこれを集団的に行なおうとすると、おそらく内部批判のプロセスがあるからはるかに注意深くなされることが多いとはいえ、困難はいっそう大きくなる。以下では二つの公式の研究提案を示したい。商品連鎖〔本書第四論文〕ならびに労働運動〔第三論文〕についてである。これら両プロジェクトは現在進行中である。

第三のステップ――実際の研究
 第三ステップはまちがいなく最も魅力的である。つまり実際の研究だ。われわれの場合、研究グループは集団で決めた相互の課題分担によって進められている。自らの仕事の中間報告を提出するに十分なグループが三つある。世帯構造〔本書第二論文〕、南部アフリカ〔本書では省略〕、東地中海港湾都市〔同〕にかんするグループである。これらの報告には進行中の研究が示されている。資料はまだすべてが収集されたわけでない。結論が出たわけでもない。だが、研究への明確な方向づけは示されている。
 最後に、こうした研究がすべてなされた時、モノグラフという形で成果が生まれる。これは多分、最も満足すべき局面であろう。モノグラフ的な研究は副産物として、いくつかの発見を総括することによって、後継者の研究に道を開くことも多い。半周辺についての論文〔本書第一論文〕は、まさにそうした完成された副産物である。
 以上のような諸論文を、ここでは順序をひっくり返して提示する。最初に完成品を、それから進行中の研究を、その次に研究提案を、そして最後に研究分野の検討を、という具合にである。

様々な研究グループ
 ところで、これら諸論文といえども、じつはわれわれの知的関心を例示するものでしかない。われわれは、史的システムとしての資本主義世界 ― 経済(world-economy)を分析しようとしているのである。われわれの研究のなかには、トピック中心に組織されているものもあれば、いろいろな地理的圏域(geographical zones)の枠内にあるものもある。だが、それらのすべてが課題としているのは理論的問題なのである。
 半周辺グループ 半周辺グループが関心を寄せてきたのは、世界 ― 経済の構造は継続的に三層的(trimodal)だということが証明されるかどうか、そしてもしそうであるなら、そういった三層的分布が維持されるメカニズムは何であるか、とりわけ半周辺群はいかに持続していくのかということである。 世帯グループ 世帯グループの関心は、賃金水準は世界 ― 経済のさまざまな圏域で大きく異なっているが、そういった不均等性は賃労働がどのように各種世帯構造へと編入されているかということによって説明可能かどうか、また逆に今度は、各種世帯構造のあり方はどの程度まで世界 ― 経済情勢が変化した結果なのかを確かめることにある。
 南部アフリカ・グループ 南部アフリカ・グループの関心は次の問いにある。すなわち、世界 ― 経済の枠組みのなかにあって、この地域内の諸国家にいくつかの経済行動を強制するような地域(regions)と呼ばれる何ものかが構築されたのかどうか、また、もしそうならば、そういった地域はどのように、誰によって、誰にたいして構築されたのかという問いである。
 東地中海グループ 東地中海グループが興味をもっているのは、かつての外部世界(external arena)が世界 ― 経済に合体され、ついでこれが周辺化されたわけだが、その政治的帰結は何かということである。オスマン帝国のケースがそれである。とりわけ、システムの内部で諸国家がどのように形成され、また周辺化プロセスにおいて中心となる人物(この場合は港湾商人)がナショナリズムの形成においてどのような役割を担ったかという問題である。
 世界労働グループ 世界労働グループの関心は、労働運動がその存在の全期間にわたって、また世界各国ごとに、その戦闘性の程度に差があるのはなぜかを説明することであり、世界 ― 経済の構造変化を反映するような体系的な運動パターンが存在するどうかを説明することである。
 商品連鎖グループ 商品連鎖グループが興味を寄せるのは以下の点である。すなわち、こうした連鎖を通じての世界 ― 経済における生産諸過程の統合は、世界 ― 経済の当初から存在したのだとどの程度まで証明できるか、またこうした連鎖は不断に様変わりするのだが、そういったことは情勢の変化と直接に連動しているのだと言いうるかどうか、ということである。
 南アジア・グループ 何らかの単一の知的焦点が定まっていないのは南アジア・グループだけである。というのも、他でもないこのグループは、まだ自らの研究提案を定式化していないからである。というか、このグループの仕事は、世界システムという理論的パースペクティブに敏感な人間の眼からは、特定の時 ― 空ゾーンにかんする既存の史料総体がいかに読まれうるかを示すものとして理解されるべきである。
 ある意味でフェルナン・ブローデル・センターは、われわれの全仕事――そう、全世界の学者共同体の仕事――は、多分に「進行中」(in progress)のものだと信ずる。われわれはそういった材料を、基礎諸概念をめぐるわれわれの討論、フィードバック、批判、集団的再検討に向けての継続的探求の一部として公表する。多くの方々の参加を歓迎したい。
(山田鋭夫訳)

(Immanuel Wallerstein/ニューヨーク州立大学ビンガムトン校フェルナン・ブローデル経済・史的システム・文明研究センター所長)