2002年10月01日

『機』2002年10月号:「女性学の新しい解読装置」 H・ヒラータ、F・ラボリ、H・ル=ドアレ、D・スノティエ

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批判的事典
 このすこし特殊な事典の目的は、以下のとおりである。じっさいこの著作は、フランスでは、この種のタイプとしては初めてのものだが、これまでに獲得された知識の総体や、かりに限界を定めた知の各項目を、五十音順に並べようとしているのではなく、ひとつの問題意識と、それを解くための方法のいくつかとに通じる道を開こうとしている。さまざまな用語が、個々の学問によって、あるいは、個々の研究分野において生産されている。だが本書は、そうした用語の網羅的な一覧ではなく、さまざまな概念の組み合わせを呈示している。これらの概念は、多様な学問の領域に属するものであるが、それらを組みあわせることを考えたのは、社会に関する別な見方が出現することを、あるいはその見方が定着することを可能にするためなのだ。そして、この見方が生まれるのは、男性と女性とのあいだの上下の階層関係を知覚し、性別に対する中立的立場を拒否することによってである。手短にいえば、新しい解読装置を伝達して、ありきたりの意味を、批判的な意味に変えるためである。ここから、本書のタイトル〔Dictionnaire critique du feminisme〕が生まれた。この事典は、フェミニズムの立場に立っている。というのも、本書が中心に据えた問題意識が、男女両性間の支配関係と、その影響のかずかずだからである。またこの著作は、二つの意味で批判的である。まずそれは、フェミニズムの思想と運動とを貫く理論的 = 政治的論争のかずかずを呈示してみせ、さまざまな社会科学の古典的な考え方のいくつかを、脱構築しようとしている。社会的現実を、その原動力と複雑さにおいて正しく理解しようとすれば、男性たちと女性たちとのあいだの社会的諸関係の、構造化した結果を排除してはならない。本書はまた、このことを示すさまざまな分析を呈示している。

項目選択の三つのポイント
 わたしたちは、この目的に達するために、三つのタイプの項目をとり上げた。
1 最新の考え方。それも、フェミニズムを理論化する際に直接導きだされた考え方のなかで、もっとも重要なもの(たとえば、「性別による労働の分割」、「ジェンダー」、「性別をめぐる社会的諸関係」、「家父長制」)。
2 フェミニズムの闘争の関係領域を指す項目。ひとつは、身体をめぐる闘争に関して(たとえば、「妊娠中絶と避妊」、「セクシャル・ハラスメント」、「母性」、「人間再生産のテクノロジー」、「売春」、「性行為」、「暴力」などなど)。つぎに、労働という領域(「家事労働」と、その職業労働との連関、「失業」、「流動性」などなど)ないし、政治という領域(「支配」、「数的対等」、「権力」、「公的なもの対私的なもの」などなど)において。
3 男性と女性とのあいだでは、さまざまな関係によって、いくつかの社会的分割が起こっている。そのために、一般的項目も、こうした分割を考慮に入れて、その内容は再構築され、定式化しなおされている。最後に、これらの項目を複数カヴァーする概念を、いくつかあげている。これらの項目は、その多数が社会学と労働経済学からきているが、一種のサンプルとしての機能をもっている。これらの項目によって、フェミニズムの問題意識が、社会現象をよりよく理解するのに適していることが示されるからである(「市民権」、「失業」、「平等」、「労働」など)。

男性中心主義に関する問いかけの体系
 この事典の特異性は、したがって、なにかを指すためのことばを呈示するのではなく、むしろ、わたしたちが主張することに意義を与ることにある。社会に性別がもち込まれ、そこからさまざまな影響が生じている。この事典は、こうした性別化とその影響を、体系的に眼にみえるものにしている。だから、この事典は、その本質自体からして、認識論的なねらいをもっている。この事典はじっさい、男性中心主義に関する問いかけの体系を、結果としてもたらそうとしている。男性中心主義が、事物を表象する際に、また、ことばや、観念や、思考体系を生産する際に、作用しているからである。この事典は、以下のような考え方を必然的なものたらしめようとしている。すなわち、経済の金融〔資本の蓄積が進み、金融経済が実物経済より巨大化した状態〕や、情報機器によるコミュニケーションの普及といった現象は、一見したところ、男性と女性との関係からははるかに離れているようにみえる。だが、こうした現象もふくめて、あらゆる現象がつくり上げられるとき、人々の精神が性別に関して中立だなどということは、もはや考えられないのである。

学際と国際の視点
 また、それが可能なときにはいつでも、男女の執筆者たちは、複数の学問を対話させようとした(たとえば、人類学と心理学、歴史学と社会学を)。そして、国際的次元に大きな位置づけを与えた(「世界化」、「開発」、「人口移動」、「民族性と」などである)。たしかに、いくつかの項目はフランスを中心としている。だがそれは、社会的現実、アプローチの方法、慣習行動が、国ごとに異なっているため、そのテーマが複数の項目を必要とするのではないかと思われたからである。たとえば「労働組合」の項目が、そのケースにあたる。
 論争と国際的な比較の導入の程度は、項目によってまちまちである。また、歴史という次元の導入についても、同様――「市民権」の項では、古代にまでさかのぼる必要があったが、「性別をめぐる社会的諸関係」は、ごく最近の概念である――になっている。さらには、おびただしい数の論争の紹介に、中心的な位置づけが与えられていることもある。そしてそのことは、当該の領域の活況ぶりと、そこでの既存の業績の重要性を反映している。そこでは、一九六〇年代末のフェミニズム運動の登場以来、多くの業績が蓄積されてきているのである。

「ジェンダー」概念をめぐる論争
 いくつかの論争のなかから、二つに言及しておこう。ひとつは、理論のレヴェルにあり、もうひとつは、政治のレヴェルにある。第一の論争は、ジェンダーという概念の多様な意味についてである。この用語は、アングロ = サクソン系のことばであるが、フランス語という背景のなかでは、「性別をめぐる社会的諸関係」と定式化されている。たしかにこの概念は、きっちりと構築されたかたちで直接現れるわけではない。だがそれは、かず多くのテクストの基底をなしている。じっさい、一部の男性や女性たちにとって、この概念は、男性と女性という二つの集団ないし階級間の、あい矛盾し、あい対立する関係を指している。そしてこの関係は、本質的に、当該社会の基礎をなす他の諸関係と結びついている。また、これとは別の男女にとっては、この概念が、両性間関係の不平等な形態を指すだけの場合がある。この場合、この概念は、性別による役割分担に関する交渉とか、調整などといった諸概念に統合されることになる。ところで、さまざまな社会的関係(階級・性別・「民族・人種」)は、たがいに連結しあっているが、この連結は相互に依存する関係なのか、それとも、上下関係であって、性別をめぐる社会的諸関係こそが、他のすべての関係の基盤にあるのか? 答えはさまざまである。

「ジェンダー」売春をめぐる論争
 第二の論争は、売春をめぐってのものだが、今日の政治的、社会的状況と結びついている。売春は、労働として分析される場合もあれば、暴力として分析されることもある。売春は、そのどちらであるかに応じて、あい対立する権利要求に行きつく。すなわち、職業として認知せよという要求と、廃止せよという要求とにである。この二つの視点は、今日のフランスでは、まったくあい容れないものとなっている。わたしたちはそのため、この二つの視点を、二つのあい矛盾する項目として呈示している〔「売春」と「売春」〕。本書の他の項目、たとえば「手仕事、職業、アルバイト」、「性行為」、「暴力」、「女性性、男性性、男らしさ」も、いくつかの観点を提供しており、それらはいずれも、この論争に欠くことができない。

(志賀亮一訳 *全文は『読む辞典・女性学』に収録。)