2018年08月07日

完本 春の城

8/7朝日新聞 【上原佳久氏】

 <血煙りの幕が空にかかっているような一日・・・・斬り手たちは倦み疲れ、ほとんど心気朦朧となりながら刀を振り下ろしていた。最後に残した女、子どもも助命されなかった>
 作家、石牟礼道子さんは小説『春の城』(1999年、旧題『アニマの鳥』)で、戦のあとの処刑をこう描写している。構想を抱いたのは深く関わった水俣病闘争のさなか、原因企業チッソの東京本社前で一年以上続いた座り込みに加わった時だった。
 <(島原・天草一揆と)水俣病事件の様相を、わたしは重ね合わせて想わずにはいられない。当事者らにとって、いずれも未来の見えがたい絶対受難である>(「草の道」)
 過酷な年貢の取り立ての末に籠城したキリシタンと、命の重みに向き合った補償を求めて座り込んだ水俣病患者と支援者たち。相手に「幕府」と「大企業とその背後にいる国」という違いはあっても、勝算の見えないまま権力との闘いを始めざるをえなかった人々の姿が、石牟礼さんの中で重なったのだろう。
(中略)
 人間が人間の尊厳を奪われまいとする時、信仰の垣根を越えてつながる心。それは水俣病患者を支えようと、当時主婦だった石牟礼さんら支援者たちが、立場を超えて結集した様相と、やはり重なって見える。