エマニュエル・トッド

歴史観・世界像に革命をもたらした家族人類学エマニュエル・トッド(Emmanuel TODD、1951-)

歴史観・世界像に革命をもたらした家族人類学
世界中の家族制度の緻密な歴史的統計調査にもとづいて、従来の「常識」を覆すかずかずの問題提起をなす、今もっとも刺激的な知識人。
共産主義はなぜ先進資本主義国でなく、ソ連・中国……で実現したのか? マルクス主義が説明できないこの事実をトッド理論はこう説明する。――共産主義革命の成立した地域はいずれも「権威主義的な親子関係と平等主義的な兄弟関係」を価値とする《共同体家族型》の地域だからである、と。この価値観はまさに共産主義を支えたものではないか?……
実証的知見に裏づけられた分析から、ヨーロッパ統合・グローバリゼーションなどのアクチュアルな問題にもシャープに回答し、ジャーナリズムの論客としても活躍中。

1951年生。歴史人口学者・家族人類学者。フランス国立人口統計学研究所(INED)に所属。作家のポール・ニザンを祖父に持つ。L・アンリの著書を通じて歴史人口学に出会い、E・ル=ロワ=ラデュリの勧めでケンブリッジ大学に入学。家族制度研究の第一人者P・ラスレットの指導で、76年に博士論文『工業化以前のヨーロッパの7つの農民共同体』を提出。

同年、『最後の転落』で、弱冠25歳にして乳児死亡率の上昇を論拠に旧ソ連の崩壊を断言。その後の『第三惑星――家族構造とイデオロギー・システム』と『世界の幼少期――家族構造と成長』(99年に2作は『世界の多様性』として合本化)において、各地域における「家族構造」と「社会の上部構造(政治・経済・文化)」の連関を鮮やかに示す、全く新しい歴史観と世界像を提示。
『新ヨーロッパ大全』I、 『同』II(1990)では多様性に満ちた新しいヨーロッパ像を提示、『移民の運命〔同化か隔離か〕』(1994)では家族構造が各国の移民問題に決定的な影響を与えていることを分析、『経済幻想』(1998)では家族構造に基づく経済構造の多様性の認識からアングロ・サクソン型個人主義的資本主義を唯一の規範とするグローバリズムを批判し、金融に過剰依存するアメリカ経済の脆弱さをいち早く指摘。

「911」から1年後、対イラク戦争開始前の2002年9月に発表された『帝国以後〔アメリカ・システムの崩壊〕』では、「米国は唯一の超大国」といった世界の一般的な対米認識に反して、「アメリカの問題は、その強さにではなく、むしろその弱さにこそある」とアメリカの衰退、とりわけその経済力の衰退を指摘し、アフガニスタン攻撃に始まる米国の軍事行動を自らの覇権を演劇的に世界に誇示するための「演劇的小規模軍事行動」と断定。28カ国以上で翻訳され、世界的大ベストセラーとなり、独仏を中心とする対イラク戦争反対の理論的支柱ともなった。

『文明の接近〔「イスラームvs西洋」の虚構〕』(2007、Y・クルバージュとの共著)では、『帝国以後』でのイスラム圏分析をさらに深化させ、出生率の下降と識字率の上昇を論拠に、「イスラム原理主義」の表層的現象ばかりに目を奪われる欧米のイスラム脅威論に反して、着実に進むイスラム圏の近代化を指摘。

2008年秋刊行の最新著『デモクラシー以後』では、サルコジ大統領誕生に体現されたフランス社会とデモクラシーの危機を分析し、「エリートが自由貿易体制に疑義を呈さないことが格差拡大、金融危機につながっている」と需要を掘り起こし、ヨーロッパのデモクラシーを守る最後の手段として均衡のとれた保護主義を提唱している。

2009年2月28日(土)には、NHK-BS「未来への提言」で、「ソ連邦の崩壊を世界一早く見抜いた俊英は、今回、アメリカの金融危機をも予言していた」として、「人類学者、エマニュエル・トッド ~アメリカ“帝国”以後の世界を読む~」が放映。
2009年10月の来日に引き続き、2010年12月、2011年9月、2013年12月にも来日。大変な親日家でもあり、2011年9月の来日時には東日本大震災後の東北を回った。