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エミール・ゾラ没100年記念出版

◆ゾラの挑戦



Corbin

 ゾラの主人公たちは、においのメッセージによって自らの欲望にめざめ、内奥の自我にめざめるのであり、そのメッセージが彼らを行動にかりたてたり、あるいは制止したりする。レオポール・ベルナールがすでに指摘しているように、『ルーゴン=マッカール叢書』の登場人物にとって、「自分が意識していると否とにかかわらず、行動の第一原理でありしかも究極の原理であるもの」は、たいてい、においによびさまされた感覚なのである。ボードレールが娼家のしどけなく濃厚な雰囲気を家庭のなかにまでもちこもうとしたのを世間は許そうとしなかった。ましてやゾラが匂いにドラマチックな役割をあたえようとするのは許しがたいことであろう。視覚と聴覚という知的かつ美的な感覚と、嗅覚と触覚という植物的かつ動物的な生命の感覚とを同次元におくことによって、おそらくゾラはもっともスキャンダラスな挑戦をなげかけたのだ。  ゾラの世界のなかで、性の誘惑にかかわる感覚は、社会階級によって変化する。民衆のあいだでは、触覚が重要なはたらきをしている。田園でも街中でも、身体がふれあうと、くっきりからだの線が感じられて、たちまち欲望に火がつくのだ。ここでは、男性的な征服欲が有無をいわさぬ力をふるっている。ブルジョワジーにおいて、欲情と感情の動きをつかさどっているのは嗅覚である。視線には隠されているから、たとえちらとでも肌と肌がふれあった折に、ふと匂うからだの色香をかぎとらずにいないのだ。異性からただよってくる匂いに、あれこれと空想がひろがり、ひきよせられるように血が騒ぐ。そうしながら、いざなうようなあたりの雰囲気に誘われて、ついには結ばれ合うのである。

『においの歴史』より、山田登世子・鹿島茂訳)