ゾラの文学作品は巨大である。(…)彼の作品がひとつずつ積み上げられていった時、人々はその規模を知って驚いた。賛嘆し、あるいは驚愕し、誉めそやし、あるいは非難した。称賛と非難は同じくらい激しかった。(…)そして作品はますます大きくなっていった。
その大がかりな形式が全体的に明らかになった現在、作品にみなぎる精神もまた認識される。それは善良さという精神である。ゾラは善良だった。彼にはすぐれた人間にそなわる偉大さと素朴さがあった。そして根本から倫理的な人間だった。彼は厳しく、同時に高潔なしかたで悪徳を描いた。見せかけのペシミズムと、作品のあちこちのページに浸透している鬱々とした気分の背後には、確かな楽天主義と、知性や正義の進歩にたいする根強い信念が看取できた。社会の研究にほかならない彼の小説において、ゾラは怠惰で軽薄な社会、卑俗で有害な貴族を激しく憎み、金権という時代の悪と闘った。民主主義者であるゾラはけっして民衆に媚びることなく、無知がもたらす隷属状態を示し、民衆を愚かで無防備なままあらゆる抑圧、あらゆる悲惨、そしてあらゆる恥辱にゆだねてしまうアルコールの危険を示そうと努めた。社会の悪を見つけると、いたるところでそれと闘った。彼の憎悪とはそのようなものであった。晩年の作品において、ゾラは一貫して熱烈な人類愛を表明し、より良い社会を洞察し、予言しようとした。(…)
彼が耐え、苦しんだからと同情することはない。むしろ彼を羨もうではないか。愚鈍と無知と悪意が積み上げたもっとも驚くべき侮辱の山のうえに聳えたつ彼の栄光は、今や近づきえないほどの高みに達している。ゾラを羨もう。彼は巨大な作品と偉大な行為によって祖国と世界の誇りになったのだから。ゾラを羨もう。彼の運命と心は彼にもっとも偉大な天命をもたらしたのだから。ゾラは人類の良心を体現したのである。
(ゾラ追悼演説より、小倉孝誠訳)