2025年05月22日

月刊PR誌『機』2025年5月号 巻頭「『清らに生きる』言葉」(岡部伊都子)

 

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社主の出版随想

▼早やゴールデンウィークも明けたが、気持ちの良い日も長くは続かないだろう。近年、異常気象が世界に蔓延しこのまま行くと地球はどうなっていくのか、との疑念を持つ人は多い。若者や子ども達の不安はいかばかりかと思う。この百年余、人間は、便利で快適な生活を求めて猛烈なスピードで技術革新(イノベーション)を進めてきたが、将来を想定していたか甚だ疑わしい。
▼「『見えないものを見る』力を養わないといけません」とは、植物生態学者・宮脇昭博士の言葉である。博士は、「本物か偽物か」という言葉もよく使われた。日本の植生の99.4%は、土地本来ではないものが植えられていることを、四半世紀をかけ、北海道から沖縄における植生を調査され『日本植生誌』全十巻にまとめられた。本来の植生は、根の張り方が違う。大災害にも堪えうるものであると。これは日本だけではなく、諸外国も当然そうで、この数百年間に、地球の生態系は、まるで変化してしまったといっても過言ではないであろう。
▼かつてマルクスは、「この地球上のすべてが商品化する」と語ったが、死後150年も経たないが、今やマルクスの予言通り、万物の商品化がみごとに進んでしまった。しかも、情報も電波を介して一瞬の間に飛び交い商品化される。この情報たるや厄介な産物で、忽ち氾濫するから、取捨選択する能力がないと贋物によって混乱の極みに陥る。老年者はいざ知らず、若い時にこんなことに時間を割かれる人達は、これからどうなってゆくか心配である。
▼今月は、小社のロングセラー二点を体裁を新しくして廉価版で読者にお届けする。初版が91年10月だから34年間静かに読まれてきた『声の文化と文字の文化』。この本は、イバン・イリイチが『H₂Oと水』で参考にしていたもので、取り寄せて桜井直文氏他に邦訳してもらった本だが、こんなに長く売れ続けるとは、当初予想していなかった。とにかく興味深い本だ。こういうことに関心があれば、この本が、本物であることはすぐわかると思う。AI社会の今こそ、こういう本を読んでもらいたい。かつて紀伊國屋書店本店の店員から、コンピュータ本の隣に平積みしたら『声の文化』が面白いように売れたと聴いたが、紙の本が読まれない現在も、こういう気の利いた書店員が現れることで、出版業界も活況を呈する時が来るかも知れない。そういう日を期待したい。(亮)

5月号目次

■日本の進む道を鋭い批評のまなざしで見つめる
岡部伊都子 「『清らに生きる』言葉」

■〈金時鐘コレクション〉第11回配本
多和田葉子 「狼が見えた少年」
金時鐘 「ぼくの羊飼い少年」

■E・トッド『世界の多様性』普及版刊行
荻野文隆 「“世界の多様性”という価値」

■W・J・オング『声の文化と文字の文化』普及版刊行
桜井直文 「文字の文化以前以後」

〈連載〉叶 芳和 日本ワイン 揺籃期の挑戦者13「ガリヴァーと小零細の共存」
    山口昌子 パリの街角から29「貧者の教皇」
    田中道子 メキシコからの通信26「復活祭」
    宮脇淳子 歴史から中国を観る65「キリンがシナにやって来た」
    鎌田 慧 今、日本は73「「視えない手錠」を解く」
    村上陽一郎 科学史上の人びと26「クリック(承前)」
    方波見康雄 「地域医療百年」から医療を考える47「キケロとセネカに学ぶ老いの医学」
    中西 進 花満径110「天蓋の松」

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