2024年11月22日

月刊PR誌『機』2024年11月号 巻頭「「被団協」ノーベル平和賞受賞に寄せて」

 

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社主の出版随想

▼ある時代、官能小説の世界で活躍した宇能鴻一郎(本名・鵜野廣澄、1934-2024)さんが、今夏8月、90歳で没した。半世紀近く前、東京大学名誉教授で経済原論を担当された鈴木鴻一郎(1910-1983、享年72)氏のお宅によくお邪魔した。“宇野派”の重鎮である。今も尚世界でも愛読?されているマルクスの主著『資本論――経済学批判』をいかに読むか、について日本でも喧しい議論が闘わされてきた。戦後でも正統派、宇野派、市民社会派……など。拙は、そういう三大主流派とはズレる佐藤金三郎氏の一学徒としてマルクスを学んだ。氏は、『資本論』が研究の対象であったことは言うに及ばないが、現行版(アドラツキー版)に、問題を抱き、つまり、マルクス生前に出版されたのは、全3巻中1巻のみで、残り2巻は僚友エンゲルス編集でマルクスの死後出版されたこと、2、3巻のマルクスの草稿と現行版の異同調査にアムステルダムの国際社会史研究所に丸1年通いながら、あのマルクスの難解な文字と格闘してきた類い稀な学者である。だから、先述した派を超えて佐藤金三郎といえばマルクス研究者なら知らぬ者は居なかった。
▼鈴木鴻一郎先生も、温かく拙を迎えて下さった。『世界資本主義論』で知られた大家は、卓れたエッセイストでもあった。生前最後の本となった『一途の人――東大の経済学者たち』という書名の、黒い布表紙で貼函の浩瀚な1冊を作らせていただいた。打合せの時はいつも高価なナポレオンのコニャックを頂きながらご高説を拝聴した。その中で「小説を書きたいのですが、先生のお名前を使わせて頂けませんか」という学生が居たと。どんな物を書くのかわからんが、仕方ない奴だなと思いながらも許諾した。ところが、その後、数年を経て、1冊の本が届けられた。エロ小説である。著者名を見ると、宇能鴻一郎とある。苦笑せざるを得なかった。その鴻一郎氏、本屋のあちこちで見かけるではないか、益々困ったなあと思いつつ、過ごさざるを得なかったよ、と苦笑いしながら話されたことを、思い出した。
▼その宇能鴻一郎さん、芥川賞を受賞してデビューしながらもなかなかそれでは飯が食えなかったのだろう、たしか川上宗薫も同様のことを読んだことがある。今は益々本が売れない時代になってきた。書く人は多いが、読む人は年々少なくなってきている時代をどう切り拓いてゆけばいいのだろうか。(亮)

11月号目次

■2024年ノーベル平和賞を受賞した「被団協」は、いかにして誕生したか
池田正彦 「「井戸を掘った」先人たち――「被団協」ノーベル平和賞受賞に寄せて」

■『ひとなる』『人薬』の著者 山本昌知さん
 岡山県「三木記念賞」受賞

■悪臭を嫌悪し、芳香を愛でる感受性は、いつ、どこで誕生したのか?
鹿島 茂 「コルバン史学の出発点となった記念碑的書物――『においの歴史』新装新版の序」

■生涯を遺児救済運動に捧げてきた稀有の社会運動家の軌跡!
玉井義臣 「世界の遺児に「教育」を!――「あしなが運動」の創始者・玉井義臣の自伝刊行」

■“日本”を問いながら、差別に苦しむ生徒たちとともに歩んだ教師がいた
「在日朝鮮人・外国人と生きる私を求めて――「木川恭遺稿集」を出版委員会が編集・刊行」

■〈書評〉カレール=ダンコース『崩壊したソ連帝国』2
宮脇淳子 「ソ連の民族政策はなぜ失敗したのか」

 

〈連載〉叶 芳和 日本ワイン 揺籃期の挑戦者7「世界と勝負するワイン」
    山口昌子 パリの街角から23「マクロン大統領はジュピターかガキ大将か」
    田中道子 メキシコからの通信20「『女性の時』が始まる」
    宮脇淳子 歴史から中国を観る59「『大蔵経』はシナ成立の言葉」
    鎌田 慧 今、日本は67「二世三世議員花盛り」
    村上陽一郎 科学史上の人びと20「ケストラー」
    方波見康雄 「地域医療百年」から医療を考える42「プライマリ・ケアとゴーギャン」
    黒井千次 あの人 この人20「走る子供」
    山折哲雄 いま、考えること20「『フリー』に復帰した大坂なおみ」
    中西 進 花満径104「桃李の歌(7)」

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