2020年10月19日

『機』2020年10月号

前号    次号



 

社主の出版随想

▼「百年先をみて政治はやらねばならん」と言ったのが後藤新平だが、それを聴いた男はニヤリと微笑みながら、「私は9千年先を見ながら木を植えている」と。植物生態学者であり、森の匠、宮脇昭の言葉である。
▼9月末、久しぶりに宇梶静江さんらと北海道を訪ねた。今製作中の「大地よ!」の映画ロケ。地域医療に生涯を賭けた医師、方波見康雄氏との打合せ。それらを済ませた後、道内のアイヌの友人の計らいで「ウポポイ   民族共生象徴空間」を見学することができた。国家予算270億をかけて作ったものなので、内心期するところ大なるものはあった。
▼かつて数年前に、白老のアイヌ民族博物館を訪問したことがあるが、特に強い印象を残さなかった。この博物館と同じ場所に作られていたが、運営母体が、民間から国立になり、ガラス張りのいかにも近代建築の立派な建物が建っていた。アイヌの住居は少し新しくなっていたようだ。開館してまだ間もないということもあろうが、とにかくその仰々しさ、画一化が気に入らない。コンクリート作りでアスファルトの上には、観光バスが何台も乗りつけられていた。中高生の修学旅行か、若者たちが礼儀正しく並んでいた。案の定、中に入ると、いかにも「博物館」そのものであった。これでは、内外の観光客が嬉々として足を運ぶとは思われない。
▼一体この「ウポポイ」の企画は、誰がどのようにして立てたものか。アイヌの人々の意見は反映されているのか。色んな疑問が湧いてきた。今ようやくアイヌの存在が、日本人の意識に少し上るようになってきた。国も「アイヌは先住民である」ことを認め、世界でも「先住民の権利」も認められる時になったというのに。
▼この場所が、アイヌの存在の象徴空間であるならば、やはり今求められている「アイヌの精神性」をどう表現するか、が最も重要なことではなかったか。宮脇昭が提唱し実現している「いのちの森」の中に、アイヌ自身が望む“場”を作りあげていたらどんなに良かったかと思う。箱物ではなく、アイヌの魂が込められた“場”が欲しい、と切に思った。(亮)  

10月号目次

■ウイルス学の第一人者が語る
新型コロナ「正しく恐れる」 西村秀一

■生命誌、科学史、情報学…各分野の第一線から
ウイルスとは何か――コロナを機に新しい社会を切り拓く 中村桂子+村上陽一郎+西垣通

■150年前の“地球史家”ミシュレの日記、完結
「愛」と「自由」 大野一道・翠川博之

■『地中海』のインパクトを徹底討論
ブローデルの歴史観革命 川勝平太

〈リレー連載〉近代日本を作った100人79「原敬――現実主義の『平民宰相』」 福田和也
〈連載〉歴史から中国を観る10「日本の建国とチャイニーズ」 宮脇淳子
   沖縄からの声Ⅹ―2「首里城の大龍柱はどこに向いていたのか?」 安里進
   今、日本は18「コロナの壁」 鎌田慧
   花満径55「高橋虫麻呂の橋(12)」 中西進
   アメリカから見た日本10「世界の将来がかかっている」 米谷ふみ子
   『ル・モンド』から世界を読むⅡ―50「教会の売り買い」 加藤晴久

9・11月刊案内/読者の声・書評日誌/刊行案内・書店様へ/告知・出版随想