2020年09月24日

『機』2020年9月号

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社主の出版随想

▼この夏の暑さは、コロナ禍との相乗作用で気が滅入ることも多かった。世界の状況は、まだ沈静化の様相を呈しているとは思われない。途上国では感染者は急増の一途を辿っている。
▼19年前の9月11日、ニューヨークが大惨事に見舞われた。21世紀に入った年に。すべてのメディアが、アメリカの報道を真に受けて、同じ翻訳語で「同時多発テロ」と、一面最上段にゴシック大活字の白抜きで掲載した。このあとも、「同時多発テロ」という6文字は、各種メディアの共通用語となって国民の頭に刷り込まれた。しかし、20年近く経ってもこの事件の真相は闇の中だ。本当にアルカイダの首領たるオサマ・ビン・ラディンによって引き起こされた事件なのか?   なかなか捕えることができなかったビン・ラディンを、或る日、突然射殺した報道が流され、アメリカのオバマ以下主要な政府関係者がその作戦の一部始終を見ている姿は映されたが、当のビン・ラディンの殺戮風景は、まったくわれわれの前に見せられることはなかった。イラクのフセイン大統領のようには。
▼テクノロジーとメディアの長足の進歩に至った100年。人間の大量殺戮や白を黒に塗り替えることなども、いとも簡単にやることができるようになった。コンピューターによるネット社会では、発信元が誰なのか不明のまま拡散されてゆく。誹謗中傷は日常茶飯事で、喧しい。
▼そういう時代の今こそ、人間にとって何が大切なことか、が問われているのではないか。人倫の道である。後藤新平は、若くして“医の道”を志したが、医だけでは、世の中の“生”を全うすることができないことを悟り、“衛生の道”をめざすことになる。国民1人1人の“生”をどう衛っていく社会や国家を作り上げてゆくか、これが後藤の終生の大問題になり、インフラを導入する時にも、その衛生観を下敷きに構築していった。
▼今や「後藤新平」という名前が日本のメディアに載らない時は1日たりともない。それ程、後藤は生涯をかけて、この日本の国土を愛し、人民を愛して数々の仕事を遺したのである。われわれは、この後藤新平の思想と遺産を、今1つ1つ学んでいる途上にある。(亮)  

九月号目次

  ■〈特集〉アイヌは、「ウポポイ」をどう見ているか?
「ウポポイ」をいかにして育てるか 宇梶静江
「生きたアイヌ文化」に触れる「ウポポイ」に期待 山本栄子
「民族共生象徴空間」見聞記 清水裕二
アイヌへの歴史認識の欠如 木村二三夫
まだ「迷い」の中に 結城幸司
「ウポポイ」から色々はじまる 原田公久枝

■〈追悼〉後藤新平に私淑した“台湾民主化の父”
後藤新平と台湾、そして私 李登輝

■アナール歴史学の権威が「寝室」を通して見る
「寝室の歴史」とは何か M・ペロー

■〈中村桂子コレクション〉Ⅲ(第6回配本)
いのちを愛おしむ、いのちに学ぶ 鷲田清一
「人間は生きものである」 中村桂子

〈リレー連載〉近代日本を作った100人78「乃木希典――予は諸君の子弟を殺したり」 佐々木英昭
〈新連載〉沖縄からの声Ⅹ―1「彦山丸事件と朝鮮人軍属の埋葬」 安里進
〈連載〉歴史から中国を観る9「チャイニーズネス(中国人らしさ)」 宮脇淳子
    今、日本は17「積極的平和主義」 鎌田慧
    花満径54「高橋虫麻呂の橋(11)」 中西進
    アメリカから見た日本9「現大統領の暴露本」 米谷ふみ子
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―49「国籍の売り買い」 加藤晴久

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