2020年05月19日

『機』2020年5月号

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社主の出版随想

▼今月は、戦後、ようやく本格的に光が当たり出してきた後藤新平を特集してみた。小社が、後藤新平に着目し、プロジェクトを起ち上げて20年になる。まず、各巻1000頁は優に超える鶴見祐輔著『後藤新平』全4巻(後藤新平伯伝記編纂会編)を素読するところから始まった。この大冊は、鶴見も序文で書いているように、自分がやったことは、後藤伯の一次資料をつないだだけである、と。この伝記編纂の仕事は、新渡戸稲造を中核に、当時一級の歴史学者などが協力して、集め、編集され、アンカーとして鶴見がまとめたものである。1937~38年の出版というから、後藤の死後10年足らずで出版に至ったとは驚くべき速さである。しかも、現在においても、この本を超える後藤新平の全体像を捉える本はない。「集中力恐るべし!」だ。
▼後藤新平の命日は、1929年4月13日である。その3ヵ月後に、400頁近い『吾等の知れる後藤新平伯』が出版されている。徳富蘇峰、大川周明、石黒忠悳、新渡戸稲造、下村海南、白鳥庫吉、松岡洋右、星一、藤原銀次郎、辜顕栄、岩永裕吉ら錚々たる名士56人が長文の追悼文を寄せている。その後も、幾多の人が折りに触れ、後藤新平を語り描いている。一国の宰相には成れなかったものの、真の政治というものを後藤ほど知り抜いていた人間はいないのではないか。関東大震災が起きて1ヶ月後の文章だ。 「国家は一人のための国家ではなく、政府は一人のための政府ではない。したがって、責任を国家に負うものは必ず無私の心で奉仕し、常に国民とともに、国民のために貢献しようと目指さなければならない。」
▼後藤新平は、有事の男である。平時にあっては、誰が政事(まつりごと)をしてもそう変わらないだろうが、事、有事に至っては、誰が舵を取るかで全く変わってくる。今政府は、「国難」という言葉を使うようになったが、後藤が、関東大震災半年後に使った「国難」の言葉の意味を、今わが国民はしかと味わう時ではないか。 「国難を国難として気づかず、漫然と太平楽を歌っている国民的神経衰弱こそ、もっとも恐るべき国難である」(後藤新平『国難来』より)(亮)  


五月号目次

■〈特集〉今、なぜ後藤新平か?
 石をくほます水滴(しだたり)も 鶴見和子
 「生活」こそすべての基本 中村桂子
 未来の日本の創造は、後藤新平論から始まる 下河辺淳
 「放送開始!」あの気宇を 吉田直哉
■最後の「マタギ」を収める無二の写真集、刊行
 最後の湯田マタギ 黒田勝雄
■司馬遼太郎も絶賛した関寛斎伝の決定版
 極寒の地に一身を捧げた老医、関寛斎 合田一道
■名著『資本論の世界』の著者を解剖する
 内田義彦の学問 山田鋭夫
■〈追悼〉木村汎さん
 木村汎教授の遺著を読んで対ロ交渉を進めてほしい 市村真一

〈リレー連載〉近代日本を作った100人74「田口卯吉」 河野有理

〈連載〉今、日本は13「コロナショックに想う」 鎌田慧
    沖縄からの声Ⅷ―3(最終回)「琉球処分140年」 高良勉
    花満径50「高橋虫麻呂の橋(七)」 中西進
    歴史から中国を観る5「儒教は漢字の教科書」 宮脇淳子
    アメリカから見た日本5「銃器店だけが開いている」 米谷ふみ子
    『ル・モンド』から世界を読むⅡ―45「コロナと『ペスト』」 加藤晴久

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