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〈ジョルジュ・サンド〉セレクション 第7巻

7 黒い町
La Ville Noire, 1855
石井啓子 訳=解説
四六変上製 256頁 2520円
(第5回配本/2006年2月刊行)
◇4-89434-495-5
Now Printing
 ゾラ『ジェルミナール』に先んじること20年、“世界最初の産業小説”として名高い作品。本邦初訳。オーベルニュ地方の刃物工場の町を舞台に、労働組合の先駆とも言うべきものが出来てゆく過程が描かれる。

【藤原書店PR誌『機』2005年2月号より】

究極の空想社会主義小説
石井啓子


「労働者を描く画期的な小説」
 「労働者の世界を描いた画期的な小説」「女性作家の手になる初の産業小説」――ジョルジュ・サンドの『黒い町』を語るときにしばしば冠せられるのが、これらのキャッチフレーズだ。
 フランス、オーヴェルニュ地方にあるティエールをモデルとした刃物製造の町を舞台にして繰り広げられるのは、セテペ(七本の剣の意)の異名をとる熟練の刃物武器製造工と、製紙工場で働く女工トニーヌの恋の物語である。
 しかし、その一見平凡な恋の物語の背景には、随所に児童労働や労働災害、あるいは主人公らを取り巻く質素な衣食住生活やブルジョワとの対立など、産業の近代化が進展しつつあった19世紀フランスの抱えるさまざまな社会的な問題が仕掛けられており、その意味では、この作品の刺激的な看板に偽りはない。

理想のユートピア協同体
 とはいえ、この小説で描かれている労働者の実態には、陰惨さや悲惨さは驚くほど希薄で、またこの作品を語るときにしばしばその名が引かれるゾラの『ジェルミナル』で描かれている、炭鉱労働者の悲惨な生活や壮絶な労働闘争とこの恋の物語とはまったく異質なものであり、主人公の結婚と理想的な模範工場の完成という、ユートピア幻想に満ちたハッピーエンドに、ある種のとまどいを覚える読者も少なくないかもしれない。
 ジョルジュ・サンドの、いわゆる空想的社会主義への傾倒は、その政治的関与に対する評価を貶めるものとして、どちらかといえば否定的に捉えられてきたうえ、19世紀前半の近代化の急速な進展に伴って、初期社会主義者たちが試みた社会協同組織(アソシアシオン)の構想がつぎつぎに破綻し、方向修正を余儀なくされていたことを考えると、1860年に発表されたこの小説の結末が理想のユートピア協同体建設であるという点に、いささか時代錯誤の感を禁じえないのも事実である。
 しかし、1840年代に共和主義者として活発に筆を振るっていたジョルジュ・サンドが、労働者の直面する過酷な現実に無知、無関心であったはずはなく、この作品でも、無邪気にユートピア幻想に浸っていたわけでは、けっしてない。

穏やかな理想主義
 空想的社会主義者の中でもサンドが深く信奉し、共感していた社会哲学者ピエール・ルルーは、ライノタイプの原型ともいえる文書作成器の開発に取り組んだ発明家・技術者でもあった。また『フランス遍歴の職人たち』のモデルともなったアグリコル・ペルディギエは、指物師から身を起こして労働組合運動家となったが、『黒い町』の主人公セテペには、こういった実在の人物たちの姿が色濃く反映されており、いっぽう、すぐれた知性と深い博愛主義精神で理想郷の建設を実現させる女主人公トニーヌに、みずからの姿を重ねることで、サンドは、理想の協同体を築くという、現実にはだれにもかなえることのできなかった自らの夢を小説の中で実現させ、そしてその夢の理想郷を、未来に明るい展望を開くポジティブなものとして描きだしている。
 その意味で、『黒い町』は究極の空想社会主義小説であると言っても過言ではないだろう。そして、この時点でその社会思想を貫いていたのは、厳しい目で現実を直視し、鋭く糾弾しようとしていたかつての共和主義者のそれではなく、すでに齢六十を重ねようとしていたジョルジュ・サンドの、どこかに諦観を含んだ、それでいてなお希望を失うことのない、一貫した穏やかな理想主義であり、すでに夢破れ、過去の運動から身をひいていた、かつての敬愛する同志たち、その思想や、過去の実践に対する、サンドの静かな、熱い共感とオマージュなのだ。
(いしい・けいこ/翻訳家)