2011年10月01日

『機』2011年10月号:災害に負けない「居住福祉」 早川和男

前号   次号


防災と「居住福祉」
 「災害は忘れた頃にやって来る」と言ったのは寺田寅彦であるが、私は「災害は『居住福祉』を怠ったまちにやってくる」と考えている。「居住福祉」とは、主権者としての市民の安全と暮らしと幸福の為に、まちや村や山里や海辺に根ざして生きてきた人々の生なり業わいを守ることである。住民が力を合せてつくりあげてきた地域の伝統文化を外からの力で壊さず、維持し発展させる。それらによって、その土地に住む人々の安全と暮らしを支え、いっそう豊かにする。森や農地や川や海辺を保全し、必要な住居の保障、コミュニティの維持、各種老人福祉施設、障がい者施設、公民館、幼稚園、保育所、公園、ちびっ子広場、緑陰、水面の保全などの生活環境施設を整備する等々。要は日常の生活基盤の充実と社会保障に力を注ぐことである。一言で言えば、それは基本的人権としての「居住の権利」を守ることである。
 阪神・淡路大震災後、「危機管理の欠如」が指摘された。だが、行政が日常から住む主体としての市民のいのちや健康を守ることに取り組まないで、どのような防災対策も成立しない。危機管理とはまず日常、市民が安全に暮らせる町にすることが基本である。それを放置したままで、いのちを救うことはできない、というのが「居住福祉」の基本的な考え方である。
 従って、防災は役所の「防災対策課」だけの仕事ではなく、すべての行政とかかわっている。防災とは、日常から市民のいのちと生活を大切にする自治体・政府であるか、それを住民主権で行っているか、である。その実現には、主権者である市民・国民が、安全で安心できる「居住の保障」を権利として自覚し、常に要求していく姿勢と努力が必要なのはいうまでもない。

巨大災害からの教訓
 神戸在住で阪神・淡路大震災に直面した私は、その後、鳥取県西部地震、新潟県中越大震災、新潟大地震、能登半島沖地震、宮城・岩手大地震、福岡県西方沖(玄界島)地震、北海道南西沖(奥尻)大地震、有珠山、三宅島噴火等の被災地を何度も訪れた。そして、災害と復興の過程から見えてきたことの中心課題は、人が生き、地域社会をつくる基盤としての「居住福祉資源」の再評価、再生、創造であり、日本の居住政策や国土計画のパラダイム的転換である。
 本書(『災害に負けない「居住福祉」』)では、第一に阪神・淡路から東日本大震災までの、いわば歴史的教訓を四つの視点から述べる。【1】学者・専門家の責務と警告の尊重、【2】住宅土地政策の市場原理から社会保障と公共政策への転換の必要性、【3】復興の主体は居住者という「居住民主主義」の実現、【4】原発克服の一環としての生産・生活様式転換の課題である。第二に著者が近年提起している「日常的な居住環境整備が暮らしと福祉の基盤となり、防災につながる」という前述の「居住福祉」概念の延長線上にある「居住福祉資源」という考え方とその意義について述べる。
 あいつぐ巨大災害から教訓をひきだすことで、防災の考え方と取り組みに少しでも寄与できることを期待している。

(はやかわ・かずお/神戸大学名誉教授)