2011年10月01日

『機』2011年10月号:ストレステスト実施の動きをめぐって 井野博満

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ストレステストとは何か
 七月七日、菅首相は、参院予算委員会で、「全原発を対象にストレステストを実施する」という発言をおこなった。この発言によって地元了解にまでこぎつけていた玄海二号機と三号機の再稼働の動きはストップした。その後、どうやら古川佐賀県知事を発生源とする九州電力の「やらせメール」が発覚して、この全国初の定期検査後の運転再開の動きは頓挫した。
 七月一一日、枝野・海江田・細野三閣僚連名による「我が国原子力発電所の確認について(ストレステストを参考とした安全評価の導入等)」という声明が出され、七月二二日には、原子力安全・保安院が「(福島第一原子力発電所における事故を踏まえた既設の)発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価に関する評価手法及び実施計画」を事業者に指示した。
 ストレステストというのは、三・一一福島原発事故を受けて、欧州理事会が、EU傘下のすべての原発の安全性を見直すべく、その仕様を作成し、各国にその実施を求めたものである(『ENSREG(欧州原子力安全規制部会)の声明――アネックスⅠ・EUストレステスト仕様書』、二〇一一年五月十三日。翻訳:プラント技術者の会)。事業者は今年の一〇月末までに最終報告書を作成し、各国政府はそれを受けて一二月末までに報告書を提出することになっている。その内容は、原発の安全余裕度を定量的に再評価することを目的として、地震や洪水(津波)などの災害および多重防護機能の喪失という極限時にプラントがどのようなふるまいをするか、また、どのような対応や予防が可能か、を検証するとしている。その際、設計基準を超えた事態での頑健性(ロバスト性)の評価を、確率論ではなく決定論的手法でおこなうことを求めている。頑健性を調べるために、設計に余裕があるか、システムに多様性や冗長性があるか、構造的な保護や物理的隔離ができるか、というような項目をあげている。
 留意すべきは、EUストレステストでは、「公開と透明性の原則」を基本としていて、当事者(国)に属さない専門家によるピアレビュー(査読)と公開の場での議論をおこなうとしている点である。

「日本版ストレステスト」
 さて、このようなEUストレステストを手本として、実施が決まった「日本版ストレステスト」であるが、原子力安全・保安院が作成した「実施計画書」(NewsRelease 経済産業省原子力安全・保安院、平成二三年七月二二日、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所における事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価の実施について」、別添二「同評価手法及び実施計画について」、七月二一日)をみると、”骨抜き”になっていると考えざるを得ない。まず、実施手順だが、事業者が実施した報告書を保安院が評価し、安全委員会が妥当性を確認する、それで終りである。これでは、今までの安全審査手順とまったく同じではないか? EUストレステストが謳っているピアレビューや市民参加の発想はまったくない。
 次に対象であるが、一次評価は定期検査中の原発、二次評価はすべての原発としている。また、その中身は、一次評価は「設計基準上の許容値との比較」、二次評価は、「機能喪失に至る実際の値との比較」による安全余裕を評価するとなっている。「実際の値」とは、被災した柏崎刈羽原発の健全性評価でも問題になった悪名高き(?)「実力値」のことで、実際に材料はそういう余裕をもっているから材料が変形しても機能は喪失しないとする考えである。これは安全性評価には危険な考え方である。なぜなら、材料強度にはばらつきや不確実なことがあるからである。また、「過度の保守性を考慮することなく現実的な評価を行う」ともある。語るに落ちたというべきではなかろうか。いうところの「過度の保守性」を切り詰めた結果として起こったのが福島原発事故だったのではないのか。
 原発の安全性を確保するための筋道は、基本となる安全設計審査指針および安全評価審査指針の見直しからスタートするべきである。また、曲がりなりにも進められていた原発耐震強度のバックチェックを厳格に実施することである。その上でのストレステストであろう。また、それをきちんとやるためには、審査基準の作成過程からの公正さと透明さの担保や原発批判の専門家や市民を加えての審査体制のつくり直しが不可欠である。

(いの・ひろみつ/金属材料学)