2011年07月01日

『機』2011年7月号:外からみた日本と中・朝の交易史 鈴木靖民

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モノが語る交流
 本書(『モノが語る日本対外交易史 7-16 世紀』)の特色は多様である。まず一人の研究者が単独で叙述した日本の古代・中世対外関係の通史または概説であることが挙げられる。これまでにこの分野の似通った書物はあるが、共同執筆であったり、日本と中国の交流史であったりするもので、朝鮮を含む東アジア国際交易史、東アジア交流史としては初めてである。従来、日本と唐宋元明などとの関係を通観した論著も余りなく、あっても中世などのある時代に限られ、中国一辺倒の視点からの考察が普通であったが、本書は新羅、高麗、朝鮮王朝にも目配りがなされ、東アジアの視線から全体を俯瞰している。
 その先行研究の摂取と史書、資料による裏づけの結果、著者は時代ごとの傾向を、【1】八世紀までの知識、技術の導入、【2】一二世紀までの唐物の輸入、【3】一二世紀以降の中国銭の輸入、【4】一四世紀以降の輸出の増大、と大きく時代区分を行い、それが章立てにも反映している。特に一二世紀後半に日本の権力構造の大変化があり、物々交換から貨幣経済システムへの進展を促した。さらに一四、一五世紀にも日本の地方権力が商業の発達を担う社会経済的構造の変化が起こり、国内経済と対外交易が連鎖する。このように全時代を通して、交易が続き増大し得たのは、中国や朝鮮の国家による中華イデオロギーと一体的な貿易システムと違い、日本が相手に合わせた実用主義の対応を上手く行ったせいであると捉える。
 次に、本書はモノに即した交易史が主流となっている。交易において輸入品、輸出品ともモノが対象となり、ある段階までは物々交換が行われるのは当然であるが、著者はその双方のモノの形状、法量、特に原料から始まり製作技術に至るまで、事細かに究めようとしており、微に入り細をうがつ感さえある。口絵の高級工芸品の解説からして、実に正確な観察に基づくことを思わせる。
 これは、ヴェアシュアが例えば常日頃交易品に関連する目録、図録類に目を通し、毎年のように秋の奈良・正倉院展に出かけ実物を観察していることが想い合わせられ、納得がいくのである。交易の実態は史書のうわ面をなぞるのではなく、今日まで遺存する交易品つまりモノの熟覧、観察、計数的確認のうえに立って、その輸出、輸入元の国内の朝廷、幕府、大名、豪族の政治、政策、活動などの事情、ことにその歴史的特徴をいちいち的確に指摘する。

外からみた東アジア史
 次に、古代・中世の日本の対外交流を中国、朝鮮半島との関係でみるだけでなく、相手国の対外関係や周辺国、地域の動向にも論及して、広い視野で日本の国際交易、交流の事実を説明していることである。明の交易の相手はシャムなど東南アジアが先で約六○カ国にも上るが、美術工芸品を大量輸出するのは日本だけであること、同じく明は日本、琉球、朝鮮との交易のほかに、北方の北元、女真、オイラートとの間の侵略と紙一重の辺境貿易にも腐心したことなどの記述は、あらためて中華世界、アジア世界のなかの日本の客観的なありようを思索させる著者の隠喩法のように思われる。
 ヴェアシュアは日本など東アジアの歴史を専門としフィールドとするが、研究、教育の場は生まれ育ったドイツではなく、一九七○年代後半以来、フランスにほかならず、そこを拠点に風靡したアナール派の強い影響を受けた。本書は、著者が外国人であること以上に、いわば外からみた日本と中国・朝鮮との交易史の積極的なアプローチである点が特筆に価する。日本古代・中世の交易史の成果を網羅的に摂取し、しかも論点が明晰に整理され、テンポ良く論が展開する。通史としても大著ではないが、ミクロな分析とグローバルな見通しが見事に調和した歴史書である。

(構成・編集部)
(すずき・やすたみ/國學院大學教授)
※Charlotte von Vershuer ドイツ生まれ。フランス高等研究院歴史学部教授。専門は古代・中世日本の対外関係史および物質文化史。