2011年01月01日

『機』2011年1月号:「病いと医の歴史」の先駆的成果 立川昭二

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病いや医の歴史を扱えなかった歴史学
 人は病むとき、その人の本質をもっともはっきりと表わす。社会もまた、その社会が体験させられている病気をめぐる対応に、その社会の本質がもっとも鮮やかに露呈する。そして、病気に密接する医療に、その社会の構造がもっとも鋭く反映している。
 それなのに、これまでの歴史学は病いや医の歴史を扱うことができないまま経過してきた。それは人の生老病死の史料操作の困難、また医学的アプローチへの逡巡があったからである。こうした壁を打破したのがアナール派の歴史家たちであった。本書(叢書・歴史を拓く〈新版〉3『医と病い』)に収録されている諸論文は、そうした先駆的な成果の一部である。

アナール派の貢献
 冒頭には、わが国にいちはやくアナール派の歴史学を紹介した樺山紘一によって書かれた「医と病いの歴史学」と題したきわめて適切な解題が置かれている。
 「病いと医とをかたらぬ歴史学は、ひとの生活感覚をうらぎり、体温のぬくもりに氷水をかけるような、冷酷な学にとどまるであろう」という発語に、歴史学者は耳をかすべきである。以下、アナール派の語源になったフランスの『経済社会史年報』に載った諸論文が並ぶ。
 ミルコ・D・グルメクの「病気の歴史研究序説」は、病気が生態学的に拮抗と共生の二相を経て最終的には均衡状態に達する力学的過程を論理的に跡付けようという試論である。
 エリザベート・カルパンティエの「黒死病をめぐって」は、これまでの黒死病研究に見られる一般化を批判しつつ、地域的・局地的研究の重要性を細かい資料によりながら論じている。まさに「神は細部に宿る」という姿勢である。ここに黒死病がヨーロッパを汚染していく波を六カ月ごとに図示した地図が掲載されているが、これはきわめて示唆的な資料で、黒死病流行のダイナミズムが一目でわかる貴重な資料である。
 ダニエル・ロッシュの「能力・理性・献身」は、十八世紀後半のフランス王立医学協会の事務局長が書いた弔辞五〇通を分析し、啓蒙時代の医療者の教養度や人間像を描き出した論文で、今日の日本の医師像解明のヒントにもなる。
 ジャン=ピエール・グーベールの「病いを癒す術」は、十八世紀後半のフランスの衛生委員会が行った各地のいかさま医療の実態調査を通して、体制側のエリート医師たちの技術独占への姿勢をあぶり出している。
 アルレット・ファルジュの「労働現場の病いと医」は、十八世紀の医師たちの職業病への関心の低さについて論じており、ルネ・ベレルの「悪疫の流行と階級憎悪」は、疫病流行のさいにかならず発生する憎悪(ルサンチマン)と犠牲(スケイプ・ゴート)という社会現象を論じている。最後に補論として、立川昭二の日本人と病気との関りを民俗学的にアプローチした「病いのフォークロア」が置かれている。

歴史のなかの「生老病死」へのまなざし
 歴史学は、過去の痛みを語りつぐことであるとよくいわれる。たしかに戦争や貧困の歴史は語りつがれてきたが、戦争や貧困につきものの病気という心身の痛みは、ながく置き去りにされてきた。医学史という分野があるが、そこでは主に医学医療の発達史あるいは功績史が語られるにすぎなかった。
 今日ようやく、人の生老病死への社会的関心の高まりを背景に、歴史のなかの生老病死へのまなざしが認識されてきた。
 ミッシェル・フーコーは「世界の歴史という大いなる営みは、目に見えぬ営みと裏腹になっている」とし、それは「耳をかたむけてきく人に歴史の裏面のにぶい物音、ある言語がただ単独に語っている執念深いつぶやき」を聞かせると語っている。まさにここで語られている病いと医の歴史こそ、目に見えぬ歴史の裏面のにぶい物音なのである。

(たつかわ・しょうじ/北里大学名誉教授)