2011年01月01日

『機』2011年1月号:日本の居住貧困 早川和男

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安心して暮せる住まいとは
 近年の「貧困」問題の議論はもっぱら失業や多重債務などの経済面(フロー)からで、「住居」(ストック)への関心は希薄である。住むことに不安がなければ、人は生きていける。住居は生存の基盤なのである。ホームレス、ネットカフェ難民、低質老人ホームの災害等々の「ハウジングプア」は氷山の一角で、階段からの転落などの家庭内事故による死者は毎年一万二~三千人、一〇〇万人以上と推計される骨折等による寝たきり化の増大、狭小低質住宅の抱える日常の生活困難、災害時の危険、地域福祉機能の後退等々は、母子・子育て家庭や高齢・障がい者、難病患者など心身機能にハンディを有する人たちにとって、想像を超える障害物として立ち現れている。
 私は保健師養成学校で「住居と健康・福祉」について講義をしてきた。保健師は新生児から障がい者、高齢者まで、家庭を訪問してアドバイスやケアをするのが仕事である。既に看護師の資格をもつ彼女たちが見た「住宅問題」は次のようなものである。


保健師が見た住宅問題
■マンションが傾斜地に建っていて、子どもをベビーカーに乗せ外出することが難しい上、近所に公園もありません。外出や他の母子との触れ合いは子どもの成長発達を促し、母親の育児不安を和らげ、気分転換ができ、心身を良い状態に保ちますが、その機会がありません。住宅を建てる際は、小さな公園や自由に利用できる談話室などの配慮が必要です。
■地域は転入出者が多く、子どもを安心して外に出しにくく、母子が孤立しやすい状況です。とくに母親は一日中「多動」の子どもと一緒に狭い部屋で過ごし、身体的・精神的ストレスを受けていました。子どもも狭い空間で活動が制限されていると、肥満など身体の発育が影響を受ける恐れがあります。母子が一日中電気のついた部屋で過ごすことが、生活のリズムを乱します。この住環境は、子どもの成長や母親の健康状態に悪影響を及ぼすでしょう。
■彼女はパーキンソン病特有の症状である無動・振戦、筋固縮・姿勢反射障害が顕著で、日常生活に大きな影響を与えていました。古いアパートの二階へ上る階段は幅が広く手すりもあり、健康な私には何の不自由も感じられませんでした。しかし、彼女にとって状況は全く違っていました。片側に細い手すりのある階段を外出の度に通らなければならず、部屋は一番奥で廊下には洗濯物干しや物置きがあって歩きづらく、日当たりも悪く、転倒の危険が高まります。社会的にとりくまないと解決は困難です。
■左半身麻痺、肥満の女性です。肥満の原因の一つに活動量の不足があり、住環境が大きな要因となっています。日中はキッチンのあるテーブルのいすに座って過ごし、右手を伸ばせばガス、水道に手が届き、テーブルの上にはポットや炊飯器その他が置いてあります。屋内での活動はトイレに行くときが主です。歩行すると転倒する、動くのが億劫という意識が要因です。外出は歩道がなく道路は車で危険なこと、本人の恐怖感が強いこと、下足への履き替えが自力では難しいことが原因のようです。マンション内での付き合いが希薄で、近隣の人との交流が殆どありません。それらが閉じこもりの原因だと思います。


 本書(『ケースブック 日本の居住貧困』)は、保健師たちが家庭訪問の際に高齢障がい者や子育てなどの面から見た住居の問題を観察した報告を集め、解説を付したものである。すべての人々が「安心して暮らせる住居の条件」の逆説的解明になっている。


(はやかわ・かずお/神戸大学名誉教授)