2011年01月01日

『機』2011年1月号:『次代への名言――政治家篇』 関 厚夫

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政治家たちの名言を集成
 終戦から六十五年をへて、宰相・政治家の器とは何か、を改めて問うのが本書(『次代への名言――政治家篇』)のテーマである――と書けばかっこうがよい。が、正直にいえば、そう考えるようになったのは担当している産経新聞連載「次代への名言」で、本書の底本となった「政治家篇」を立ち上げてからしばらくたってからのことだった。
 少し説明すると、新聞連載としての「次代への名言」は、まず本人の発言や文章を六十字以内の大活字で紹介し、約五百字の本文でその「人とことば」を、伝記形式で十回前後にわけてつづっている。
 今回、藤原書店から出版される本書はこのスタイルを踏襲している。本文は加筆・修正をほどこしたうえで、「気概の政治家」「凛々の政治家」「波瀾の政治家」の三章構成で計百二十四回を収載した。内容的には、明治維新期から終戦まで、それぞれの時代を代表する政治家たちをクロニクルに追っている。
 話を戻そう。昨二〇一〇年正月、「政治家篇」は初代内閣総理大臣、伊藤博文の次のことばで幕を開けた。


苟も天下に一事一物を成し遂げようとすれば、命懸けのことは始終ある。依頼心を起こしてはならぬ。自力でやれ。


 新聞上の「次代への名言」は週七日、日替わりの連載である。この年正月の一カ月間は「政治家」で飾りたい。伊藤の次はだれにしよう。彼は立憲政友会の初代総裁だった。二代目は西園寺公望で、三代目は原敬。どちらか、とすれば平民宰相の原だろう。でも待てよ、岩手県出身、豪腕のイメージが強すぎて"悪人列伝"に転じないか? ともあれ、資料を読み込んでから決断しよう……。

戦前の日本の民主主義の系譜
 選択は正しかった。詳しくは本書を読んでいただくとして、民主党・自民党を問わず、後輩の政治家たちが銘ずべきことばを原が持っていたことは、収載した次の一例に明らかだろう。


一年有余の歳月は国家の命運より之を見れば瞬間に過ぎざれども、政事家として局に当れば随分数多の事業をなし得べき時間なり。


 原の連載も終わりに近づくころ、考えた。このまま政友会の二人で終わってしまうならば「偏している」のそしりはまぬがれない。少し時間をおいて、二人のライバルだった立憲改進党の大隈重信をとりあげよう。ならば立憲民政党のライオン、浜口雄幸も候補だろう、それに、犬養毅はどうだ――。
 構想はふくらんでいった。そして、資料収集と取材、出稿が進むにつれ、筆者は、宰相・政治家の器を問うているだけでなく、憲政、そして政党政治という戦前の日本の民主主義の系譜をたどっているのだ、ということに気がついた。


藩閥は最早実体はありません。あれはシャドウです。政党は憲法政治の迷想から出来た一種のフィクションです。この二つの空な勢力が日本を陥れる危急のときに備えねばなりません。


 これは「気概の政治家」に登場する小村寿太郎のことばだ。名外相とうたわれた小村だが、私見では彼には対米、対中、対露のそれぞれの分野で一つずつ、計三つの誤算があったとみている。
 小村の享年は五十六。あと十年の寿命があれば、伊藤や原、大隈、浜口、犬養と同様、宰相の道を歩んだことだろう。「歴史のif」が許されるなら、彼は宰相として、これらの外相時代の誤算にどう対応したであろうか。
 最後にもう一つ。本書におさめられた「波瀾の政治家」の前半部の主人公は、順に高橋是清と斎藤実である。後半部は群像伝の形式をとりながら、筆者は一人の人物をひそかに"主役"として書き進めた。それがだれなのか、また的を射ているか否かを含めて、ご指摘やご意見をいただければ幸いである。


(せき・あつお/産経新聞編集委員)