2010年11月01日

『機』2010年11月号:アナール派最高権威が選択した『アナール』の八〇年 ル=ロワ=ラデュリ

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「長期持続」の歴史
 アナール派の歴史は、マルク・ブロックおよびリュシアン・フェーヴル以後の第二世代においては、フェルナン・ブローデルとエルネスト・ラブルースの名前およびそれ以上にこの二人の個性によって圧倒的な影響を受けている。前者は、数世紀にわたる、さらには一〇〇〇年あるいはそれ以上にわたる「長期持続」の(万一に備えての)認識論的使用を大いに強調した。
 これとは非常に異なる歴史のジャンル、すなわち伝記のことだが、これは原則として、一人の人生についてしか語らない。あるいはせいぜい、一人の男(アンリ四世)または一人の女(カトリーヌ・ド・メディシス)を通して見た過去の世界を語るのみである。
 そのような展望から、歴史人口学のアンシアン・レジームのもとで、ある特定の個人の生活の比較的短い時間を考慮に入れると、それぞれの人の場合、歴史の女神クリオの眼からは、研究対象の人物の若いときや老年の数十年をいったん差し引いてしまえば、本当に役に立つ二〇年か三〇年だけを調査することになる。


歴史家の唯物論
 長期持続について言えば、これはとどのつまり気候に関わるものなのだが、ブローデルはさまざまな経済=世界に言及した資本主義に関する大研究〔『物質文明・経済・資本主義』〕の際に、結局は彼の言う規模の大きさを長期持続という言葉に与えた。
 それぞれの経済=世界には中心であったり周辺であったりするのだが、それぞれが順に検討される。つまりフェニキア人の経済=世界からヤンキーの経済=世界までなのだが、当然途中では十七世紀、十八世紀にはアムステルダムとロンドンに中心があったことが検討される。そして次には日本版地中海における江戸=東京という具合である。
 ブローデルもまた、哲学的な自負を帯びた、ほとんど時代遅れとなった史的唯物論、厳密な意味でのマルクス主義者の唯物論と区別するために、「歴史家の唯物論」または「歴史家唯物論」と呼ばれてもよいようなものを支持する人である。もっとも、このマルクス主義者たちについて、少なくとも彼らのうちの何人か、最良のマルクス主義者で最も優れた年代記編者であった人たち(たとえばギー・ボワ)については、その功績を軽視してはならない。ブローデルの場合には、金きん、小麦、香辛料、ワインが歴史生成の「原動力」(その数は多い)として時にはかなり重要な役割を果たしている。
 このことは、われわれにとってそれ自体としてまったく正当な現代(二十世紀末と二十一世紀)の学問領域としてのある種の「文化史」を気持ちよく変えるものだ。しかし文化史は時折、純粋観念の成層圏の天空に向かって、あるいはたとえば一度ならず散文的な食糧暴動から生まれた諸革命の基礎またはむしろ諸革命の複雑な回路を忘れがちな天空のイデオロギー的オゾン層に向かって逃避してしまう傾向がある!
 結局ブローデルは『地中海』によって、モンテスキュー流の種の不変説的凡庸さに代わるものとして、変わりやすく変動する気候の役割を明らかにした最初の人なのである。そしてわれわれは地中海について話している以上、ブローデル流の広大な「構図」をピレンヌの莫大な貢献から切り離すことができるだろうか。


(後略 構成・編集部)
(Emmanuel LE ROY LADURIE)
(浜名優美・訳)