2008年02月01日

『機』2008年2月号:死の歴史学――ミシュレ『フランス史』を読む  真野倫平

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●“死の物語”を通してミシュレ『フランス史』を読み解く。

歴史の肉体に触れる
 本書は、ジュール・ミシュレ(1798―1874)の『フランス史』を死の物語を通して読もうとする試みである。
 ヨーロッパ文明において特別に重要な死の物語がふたつある。言うまでもなく、ひとつはソクラテスの死、もうひとつはイエス・キリストの死である。これらの物語が西洋哲学とキリスト教の原点に位置するという事実は、人間が哲学や宗教という営みを作り出した背景に、いかにして死を克服するかという課題があったことを示唆している。人々は、死を前にしたこれらの人物の姿の中に、死のもたらす不安や恐怖を乗り越えるための知恵を見出そうとしたのである。
 死にゆく者と彼をとりまく人々の織りなすドラマは、哲学や宗教をわれわれにとって一層身近で親密なものにしてきた。これらの物語の具体的な細部は、ともすれば抽象的な思弁に陥りがちな哲学や神学に、人間的な感情と確固たる実在感を与えるものである。ソクラテスの次第に冷たくなる身体と、イエス・キリストの血を流す身体、われわれはこれらの具体的なイメージを通して、いわばヨーロッパ文明の血の通った肉体に触れることができる。
 われわれは同様に、死の物語を通して『フランス史』という作品の肉体に触れてみたい。おそらくは歴史もまた、哲学や宗教と同様に、人間が死を克服するために作り上げた営みにほかならない。誰も死を遁れることはできない。しかし個人は死んでも集団は生き残る。人間は自分が属する共同体の歴史の中に、死を克服する可能性を探し求めた。それゆえに死はしばしば、歴史家の重要な関心事となったのである。そしてミシュレにおいて、このことは他の誰におけるよりも真実である。

「歴史は復活である」
 ジュール・ミシュレはフランス近代歴史学の礎を築いた歴史家である。彼は、生涯の作品である『フランス史』によって、フランスの民衆にとっての「国民の歴史」を創設した。今日人々が思い描くジャンヌ・ダルクやフランス革命のイメージは、ある程度ミシュレによって創られたと言っても過言ではない。この作品は、フランス人にとって一種の建国神話としての役割を果たしてきた。
 この『フランス史』を、死の物語を通して読むことにしたい。このような着想を得たのにはいくつかの理由がある。
 第一に、「歴史は復活である」という定義からうかがえるように、ミシュレは歴史研究を死と復活をつかさどる一種の聖職と見なしていた。死は彼の歴史における最重要概念のひとつなのである。そして、ミシュレにおける死の概念を考える上で、理論的な文章を検討するだけでは十分でない。多くの具体的な死の物語を参考にすることで、それをより多面的な角度から把握できるはずである。
 第二に、『フランス史』においてはしばしば特定の人物の生涯によって時代区分がなされ、巻や章がその人物の死によって閉じられる。つまり、死の瞬間に特権的な重要性を与えるのは、必ずしもわれわれの恣意的な選択ではなく、作品の構造自体から必然的に導かれる読解方法なのである。ここには、個人の死を通じて社会の変動を描くという、ミシュレ独自の歴史記述の方法が認められる。
 第三に、死はミシュレにとって重大な強迫観念のひとつであった。彼の『日記』からは、彼がどれほど近親者の死に影響を受けたかが読み取れる。とはいえ、それが単に私的な体験にすぎないならば、われわれはそれを『フランス史』の読解とは切り離しておいたことだろう。しかしこれらの体験は、『日記』に記されるにとどまらず、歴史作品の中でも言及されることで、歴史家の職務と不可分なものになっている。それゆえに、われわれはこれらの私的体験を避けて通るわけにはいかないのである。

(まの・りんぺい/南山大学准教授)