2007年12月01日

『機』2007年12月号:〈講演〉希望のヨーロッパ  J・デリダ

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「新しいインターナショナル」
 かつて私は「抵抗」という言葉への昔からの愛着を公然と語り、この語を自分の書物の題名として選んだことがあります。また私は、数10年来、端的には 1993年の『マルクスの亡霊たち』と97年の『万国の世界市民たち、もう一努力だ!』の両著や、ほかの様々な場所で、世界市民のコスモポリタニズムを取り上げ、コスモポリタニズムそれ自体に対してではなく、主権と領土国家という一時代前の政治神学に未だしがみついている一部のコスモポリタニズムに対して、非難の論陣を張ってきました。私はまた、世界化と言いながら、実際には世界市場だけを意味しているにすぎないこの語彙の濫用や「道具化」した用法、イデオロギー的・経済至上主義的な偏向を批判してきました。私はこうして「新しいインターナショナル」を擁護してきたのです。かつて私は、抵抗の矛先を向けるべき諸悪を弾劾した後で、この理念を次のように定義したことがあります。「新しいインターナショナル」とは「数々の犯罪に対し国際法の刷新を図る役割だけにはとどまらない。それはまた、置かれた情況の近さや苦悩、希望を介して結ばれた絆である。まだ慎ましく(これを書いたのは1993年の時点でした)ほとんど秘匿されていながら、しだいに誰の目にも明らかに見えるものとなりつつある絆である。つねに反時代的な絆、身分も肩書きも名前も持たない絆、地下組織ではないにしても、公にされることの稀な絆である。契約も政党も故国も不在の絆、国民共同体とは無縁の絆、どんな国民的境界であろうと、この境界が引かれるよりも手前に、あるいはこの境界を横断して、あるいは超えて初めて作りだされるという意味でのインターナショナルとしての絆、特定の共同体が保有する市民権意識には帰属しない絆、ひとつの階級に帰属しない絆である」

ヨーロッパを守り、闘う
 私は、ヨーロッパ中心主義的な哲学者とは見られてはおりません。40年来、むしろそれとは逆の立場にあると言われて非難されてきました。しかし、私は次のように信ずるのです。啓蒙主義の記憶とともに、しかしまた過去にヨーロッパが犯した全体主義、民族大虐殺、植民地主義の数々の犯罪に対する罪の意識も同時に引き受けつつ、われわれは、ヨーロッパ中心主義的な幻想や言辞に耽溺せず、ヨーロッパ・ナショナリズムにいささかも屈せず、現在のヨーロッパ、そして今後変わろうとしつつあるヨーロッパのあり方に過大な信頼も寄せることなく、ヨーロッパの名が今日表象しているものを守って闘ってゆかねばならない、と。来るべき世界でヨーロッパが堅守してゆくべきその代替不能な役割に向けて、そして単一市場や単一通貨、ネオナショナリズムの巣窟、新軍事勢力を超えたものへとヨーロッパが生成していくために、われわれは闘ってゆかねばならないのです。

私の夢
 私はこうした観点から、イグナシオ・ラモネが〔ル・モンド・ディプロマティーク紙代表として署名を書き入れた同紙2004年5月号掲載の巻頭論説「様々な抵抗」において〕提唱した様々な「抵抗」のうち、特に一三番目の「ウイ」を強調し、これを別格に扱っておきたいのです。ラモネは書いております。より社会福祉を重視し商業主義を抑えたヨーロッパにウイ、と。私はラモネの言うウイをさらに展開してこう言います。超権力との覇権争いに自足せず、しかし同時に超権力を野放しにもせず、ヨーロッパ憲法の精神とその政治実践の上で「もうひとつのグローバル化」の推進力たらんとするヨーロッパに、そのための実験場たらんとするヨーロッパに、そしてイラクやイスラエル=パレスチナといった場への介入力をもつヨーロッパにウイ、と。
 二元論に陥らぬ判断に向けて開かれ、過去の啓蒙主義、来るべき啓蒙主義を継承した政治・思想・倫理とはいったい何であるのか、その範例を示すヨーロッパにウイ。
 反ユダヤ主義ともユダヤ嫌悪とも決めつけられることなく、イスラエル政策、特にシャロンとブッシュの政策を批判することができるヨーロッパにウイ。
 権利と土地の奪還と国家の樹立を求めるパレスチナ民衆の正統な祈念を支持できるヨーロッパにウイ。他方でまた、自爆テロや反ユダヤ主義プロパガンダを承認しないヨーロッパにもウイ。反ユダヤ主義とイスラム嫌悪の拡大に同時に不安を覚えることのできるヨーロッパにウイ。
 そして最後に、サダム・フセイン体制のおぞましさを拒否し、同時にブッシュ、チェイニー、ウォルフォウィッツ、ラムズフェルドたちの計画を批判できるヨーロッパにウイ。自国の政府や支配層を批判する勇敢さとわれわれ以上の警戒心をもち、私がこれまで列挙してきたすべての「ウイ」に「ウイ」と返してくれるアメリカ人やイスラエル人、パレスチナ人と、われわれが反米感情も反イスラエル感情もなく、イスラム嫌悪もなく連帯することを可能としてくれるヨーロッパにウイ。


 以上が私の夢です。同紙〔ル・モンド・ディプロマティーク紙〕に感謝を捧げます。こうした夢、ラモネによれば「もうひとつの世界は可能だ」という夢を見る手助けをしてくれたからばかりではありません。こうしたことがすべて実現するように、このもうひとつの世界が現実に可能となるために力を与えてくれたことに感謝いたします。世界の何十億の男女がこの夢を分有しています。彼らは産みの労苦とともにこの夢をゆっくりと実現させていくでしょう。実現するその日はきっと晴れやかなものとなるはずです。

(逸見龍生訳)
※全文は別冊『環』⑬に掲載(構成・編集部)