2007年09月01日

『機』2007年9月号:廃墟からのスタート 小沢信男

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平林たい子「終戦日記」
 1945年8月15日は晴天でした。私は勤労動員の中学生で、大崎明電舎の屋上に整列して玉音ラジオ放送を聴いた。足許に、正午のみじかい影があった。以後、ずうっと晴天つづきだった気がします。なにしろ、もう空襲がないのだからね。日本全国晴れ、というあんばいではなかったか。
 長野県の諏訪市近郊の農村では、15日はやはり「油絵の如き炎熱」だったと、平林たい子「終戦日記」にあります。
 東京は再三の大空襲で一望の焼け野原。地平線までつづいて、武蔵野とはこうであったか。そこで猫も杓子も疎開さわぎ、とりわけ無用の文学者各位は、帰郷または縁故を頼って全国的に散在しておられた。いうならば未曾有の地方分権時代 戦後の文学活動は、そこからスタートしたのでした。
 敗戦は、だれしも「あっと驚く」ことだったが、平林たい子の驚きは、荷風とも風太郎ともちがう。躍りあがる歓喜なのに「すぐに解放の感覚は起らぬなり。」それほどに緊縛がつよかった。翌16日、わが肌に荒縄の痕をみるくだりが、本篇のサワリでしょう。供出用の草をかついだ痕なんだが、若年よりの検挙、留置、拷問の、屈辱の弾圧史と重なる。その体験が彼女の洞察を深くしている。

八木義徳「母子鎮魂」
 八木義徳「母子鎮魂」は、亡き妻と子へ語りかける文体です。やっと復員したら、愛する者らの死が迎えたのでした。
「ぼくには分った。戦争とは、家が焼け、人が死ぬことではなかった。それは、自分の家が焼け、自分の妻や子が死ぬことであった」大発見。本篇の鍵です。
 兵士たちの楽天性について。「彼らの内面生活は放恣であり、悦楽的であり……一日の大半は何となくニヤニヤ笑って」いて、その秘密は「軍服」にある。これは仮りの姿の非現実で「戦争さえも一つの〈仮象〉にすぎない」戦時強姦も平民虐殺も「軍服」の仕業でニヤニヤやってのけ、やがてそれを脱ぎ捨て「背広と半纏と菜っ葉服と野良着」の「真の生活」へ、ぶじ復員した謹直な人々の大群だったのだ……と、読みとる義理が、こんにちの読者にはあるのではあるまいか。

それぞれにユニークな面構え
 ともあれ、敗戦の廃墟から、日本の文学は、このようなスタートを切りました。スタートラインにならんだ諸作は、それぞれにユニークな面構えでありますなぁ。
 六十年をへだてて、このたび通読する機会をえて欣快でした。やや奇異の感をおぼえることもあった。諸作のうち、男女を主題とする作品がおおむね精神と肉体を対立的にとらえ、精神を優位に置いている、ようにみえることです。女体を賛美しながら悪魔であったり、没入するのは堕落だったり、汚れだったり。童貞処女をとうとぶのは、はたして日本の美風か。美しいも、醜いも、精神優位の価値観の裏表。してみると近代教養主義このかたの、むしろ脱亜入欧思想ではありませんか。
 「肉体の悪魔」の張玉芝。「戦争と一人の女」の女。作中の女性たちの言動のほうが、よほどすなおに納得できます。前者は異邦のインテリ行動派、後者は本邦の底辺生活者。女性がもつ自然の叡智は、さまざまな差別もやすやすとこえてゆくかのような。
 いったいこれはどういうことなのか。歴代の男たちの観念過剰に、歴代の女たちは心底あきれながら付きあってくださったのか。
 公平とか控えめとかの徳を欠いて、もっぱら私にひきつけ、私はこう読むと、まっしぐらに語りました。あなたはどうお読みになりますか。おのがじしの読み方の勧めと、お受けとりいただければ幸甚です。

(おざわ・のぶお/作家)