2007年01月01日

『機』2007年1月号:政党と官僚の近代 清水唯一朗

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●“政党―官僚関係”の構造と歴史を初めて読み解く!


 本書は明治維新から昭和の政党内閣期に至る時代、立憲政治の導入から定着に至る過程を政党と官僚の関係から捉えなおすことで、近代日本における統治構造の形成と展開を論じるものである。
 政党と官僚の関係はこれまで主として対立構造の上で捉えられてきた。藩閥・政党間の政権獲得競争として論じられる近代日本政治の中で、官僚は藩閥政府を支えるテクノクラートとして理解され、政党の勢力が伸張してくると官僚はそれを牽制する対抗組織として論じられてきた。
 しかし、ひとたび政権獲得に着目した政局史的な理解から離れて近代日本政治を俯瞰していくと、そうした理解は歴史のある一面に過ぎず、政党と官僚の関係は単純な対立構造では捉えきれないことが明らかになってくる。
 そこから見えてくるのは、両者の関係が時代を進むにつれ緊密化し、政党政治は両者の関係の中からこそ生み出されていくという姿に他ならない。
 そうした統治構造の展開は、実際に政党政治を担った政治家たちの経歴に端的に現れている。原敬、加藤高明、浜口雄幸といった政党内閣の首班たちはいずれも官僚としての長い経験を有したのちに政党に転じ、政党政治の頂点に立った。
 彼らを官僚と政党政治家の二分法で峻別することは不可能であるし、そこに単一の属性を付与することは政治家としての形成や経験を無視すること以外の何物でもない。ここで彼らが官僚としての経験を有しながら政党に参加したことの意味を、改めて考える必要があろう。
 このように考えるならば、藩閥=官僚、政党≠官僚という図式的な理解が政党政治に至る胎動への本質的な理解を妨げることは明らかである。近代日本政治には、官僚出身者が政党政治の実現に向けて努力しその果実を得るというパラドックスが存在しているからである。この点に注目することで、近代日本における政党と官僚の関係、さらには政党政治の構造の新たなる理解に向けた突破口が見えてこよう。このパラドックスから複雑な政治構造を紐解いていくには、政党と官僚の関係をその端緒である明治維新期から丹念に論じていくことが必要となる。
 如上の問題意識から、本書は次に挙げる三つの視角から論を進める。第一の視角は立憲統治構造をめぐる議論とその構築過程である。そこでは政党が早期から政党内閣に則した立憲統治構造のあり方を模索したこと、それから立憲統治構造をめぐる政党間の相克が二大政党制を規定する重要な論点となったことが明らかとなる。
 第二の視角である政党・官僚関係の展開からは、二大政党のいずれもが官僚との現実的な接触を経ることによって変質し、成長していったことが見えてくる。
 大正期に至りいよいよ政党内閣の実現が政治日程に上るようになると、以上の二つの視角が交錯する中で政党政治が現出することとなる。そこからは、政党が官僚出身者と旧来からの党人の分業体制によって政権政党へと脱皮していくこと、そして政党内閣型の統治構造が官僚出身の政党政治家たちによって構築されていく過程が明らかとなる。
 如上の議論からはもう一つ、大きな問いが立ち上ってくる。近代日本における政党とは、官僚とはいったい何であるのか。政党にとって、官僚にとっての近代はどのように位置づけられるのか。これが本書が取り組んでいく、もう一つの課題である。

(しみず・ゆいちろう/東京大学先端科学技術研究センター)